503.水の迷宮⑨
次の日、私たちは『水の迷宮』に向かった。
今回来たのは、私とリリー、ルークとジェラードの4人。
エミリアさんも来たがっていたけど、今日は久し振りに孤児院の方に行くとのことだった。
私に錬金術のお店があるように、ルークに自警団があるように、エミリアさんにも活動の場所がある。
特に子供たちは未来の宝だから、私としても手厚く援助をしていきたいところだ。
――というのは置いておいて。
今は『水の迷宮』である。
「とりあえずは来てみたけど……」
何となくリリーに向かって話し掛けてみる。
そもそも『水の迷宮』との対話なんて、リリーがいなければ出来ないのだ。
最下層まで行けば出来るかもしれないが、さすがにそこまで行くのは難しい。
ルークやジェラード、グリゼルダみたいな、攻撃力が強い仲間を全員集めていけば、もしかしたら行けるかもしれないけど――
「この前はね、入口のところに立ってたらお話をしてきてくれたの。
……少し待てば良いの?」
リリーがきょとんとした目で私を見てくる。
いやいや、私に聞かれても、ちょっと困っちゃうなぁ。
「それじゃ、のんびりと待ってみよっか。
お腹が空いたら露店もあるし」
「かしこまりました」
「じゃ、飲み物でも買ってくるよ♪」
「いろおとこー。私も飲みたいの!」
しばらくすると、ジェラードが人数分の飲み物を買ってきてくれた。
受け取って飲んでみると、スポーツドリンクに近い味がする。
……何となく、懐かしい感じがするジュースだ。
「今日も平和だねぇ……」
「そうですね」
「だねぇ♪」
――平和。
身近すぎるとまったく気付かず、遠すぎると毎日切望するもの。
平和っていうだけで、環境としてはとても恵まれているんだよね。
……本当、平和を切望していた時代には戻りたくないものだ。
しばらく『水の迷宮』の横でまったりしていると、これはもうピクニックに来たとしか思えなくなってくる。
当初の目的が何だったのかも、徐々に忘れてきてしまうような――
「……なの!」
「お?」
突然のリリーの反応に、私たちの注目が集まった。
もしかして、『水の迷宮』から話し掛けられたのかな?
「ママ! こんにちはー、って言ってるの!」
「おお、挨拶のできる良い子だ!
そ、それじゃ……、こんにちはー……?」
「こんにちはー、なの」
リリーは『水の迷宮』の方向を向いて、そこに誰かがいるような感じで話し掛けた。
「……何だかリリーちゃん、『見えないお友達』と話しているみたいだねぇ」
「あはは。実際に見えませんしね♪」
ジェラードの言葉に、私は差し障りのない返事をした。
本来の意味とは違うだろうけど、私たちに見えていないのは確かだからね。
「……ねぇ、ママ。アクアマリンは持ってるの?」
「え?」
突然の脈絡のない質問に、私は驚いた。
「『水の迷宮』がね、このままだとお話し難いよねって言ってるの。
よりしろ? みたいなものがあれば、もっと簡単に話せるって言ってるの」
「アクアマリンで……依代を?
んー、ちょっと待ってね」
私は『創造才覚<錬金術>』を使って、それっぽい何かを探してみた。
……すると、使えそうなものをひとつだけ発見することができた。
よし、早速作ってみようかな……。れんきーんっ
バチッ
私の手の中に出来たのは、小さなアクアマリン製の人形だ。
人形とは言っても、デフォルメ掛かった、三等身くらいの可愛いもの――
……そう! 今回は奇跡的に、可愛くできた!!
シンプルな作りだから、きっとそれが良かったのだろう。
細かい造形は、私の錬金術は得意じゃないからね。
「とりあえず作ってみたけど、これでどうかな」
「可愛いの! ちょっと聞いてみるの~♪
『水の迷宮』~。これでどうなの?」
そう言いながら、リリーは人形を宙に差し出した。
リリーの目には何がどう映っているのか分からないけど、傍から見ているとやはり不思議な光景だ。
しかししばらくすると、その人形のまわりにキラキラしたものが集まり始め、次第に人形の中へと吸い込まれていった。
「――ママ、準備が出来たみたいなの!」
「え? 準備?」
私がオウム返しをしたあと、その人形は浮いて、リリーの手から離れていった。
人形が浮いてる――
……この時点でちょっと不気味……というか、ポルターガイストっぽい現象に見えてしまう……。
「……ぴー……が……お……」
「んん?」
「……っと……しつ……失礼、しま……した……」
突然聞こえてきた声は、徐々に聞こえやすくなっていく。
最初は雑音のような感じだったが、次第に女の子の声に変わっていった。
「いえいえ。
……えっと、あなたが『水の迷宮』さん?」
「……はい……。
初めまして、お母様……」
「おか……」
……私、まだ未婚なのに。
「アイナちゃん、もう二児の母親なんだねぇ♪」
そんなことを明るく言うジェラード。
改めて言われると、何だかちょっとショックだったりするんだけど――
……その流れのまま、私はついついジェラードのことを睨み付けてしまったかもしれない。
でもまぁ、それも今更だ。
実際に『疫病の迷宮』も『水の迷宮』も私が創り出したのだから、そこは素直に受け止めることにしよう。
「初めまして、私はアイナ。
あなたのお名前は――……まだ、無いんだよね?」
「……はい。だから、リリーが羨ましくて……」
……お。
リリーのことは呼び捨てなんだ。
関係としては、姉妹みたいな感じになるのかな?
そうするとリリーがお姉ちゃんか……。うーん、何だかちょっと、不思議な気分。
「ママー。『水の迷宮』にもお名前を付けてあげて?」
「うん、そうだね。
『水の迷宮』さん、あなたのことはこれから『ミラ』って呼んでも良いかな」
「ミラ……。
……ありがとうございます、それが私の名前――」
その声と同時に、アクアマリン製の人形は明るく輝き出した。
これは……喜んでいるのかな? ……きっとそうだよね。
ちなみに名前の由来は『鏡』の『ミラー』から。
『水の迷宮』の20階にあった、鏡のような湖面をイメージして付けたものだ。
それに優しい性格なのであれば、物事にあまり波風を立たせない……とか、その辺りも含めていろいろと。
「ミラ、よろしくなの!」
リリーもすぐに、新しい名前を使ってくれた。
なかなか響きも良いんじゃないかな?
「……リリーも、ありがとう。
改めまして、私は『水の迷宮』ミラです。
みなさま、今後ともよろしくお願いいたしますわ」
話していくにつれて依代に順応してきたのか、喋りも流暢になってきた。
これならスムーズに話が出来そうだ。
……それじゃ、いろいろと聞いてみようかな。




