502.水の迷宮⑧
――自分の家は良いものだ。
仮に元の世界に戻ってしまったら、家なんていうのはなかなか持てないだろう。
ここはやっぱり、異世界様々ってやつかな。
「アイナ様、お帰りなさいませ!」
食堂でまったり過ごしていると、ルークが少し慌てた感じで帰ってきた。
時間にすればまだ夕方だし、いつもよりも早い気がする。
「ただいまー」
「お兄ちゃん、お帰りなさいなの!」
私の挨拶に合わせて、リリーも挨拶を続ける。
ちなみにリリーは今、私の膝の上に乗っている状態だ。ふふふ、可愛いでしょう。
「ご無事で何よりでした。
リリーちゃんもずっと『水の迷宮』の方に行っていましたし、心配していたんですよ」
「ごめんね、グリゼルダが我儘を言うものだから……。
でも魔法の方は上達したよ! すぐに見せてあげたいくらい!」
「おお、それは楽しみです!
……ところでエミリアさんとセミラミス様は?」
「えっと、ちょっと疲れて寝てる……かな?」
「そうですか。2週間以上、ダンジョンに籠りっきりでしたからね」
……ちなみにエミリアさんは食休み、セミラミスさんはコミュニケーションのオーバーヒートで休憩中だ。
ルークが考えているのとは、休憩の理由がちょっと違うかな。
「ところで私のいない間、ルークの方は何かあった?」
「いえ、特には……。
引き続き自警団の修練と、体制化に向けての作業を進めていました」
「お疲れ様ー。
ルークもどんどん、偉くなっていくね」
「そうですね……。
私としては、ある程度形にしたら他の方に引継ぎを行いたいのですが……」
「んー、そうだねぇ……。
良さそうな人がいればねぇ……」
正直言って、ルークが適任すぎるんだけど――
……それでも彼の希望は、私の側にいることだ。
きっと今回の『水の迷宮』にだって、誰よりも一緒に行きたかったはず……。
「――そうそう。ひとつ、良いことがあったんですよ」
暗くなりそうな話の中、ルークが明るく切り出した。
「ん? なになに? どうしたの?」
「アイナ様が作られた『ガチャの殿堂』があるじゃないですか。
実はあのあと、私も試しに行ってみたんです」
「おぉ……!」
『ガチャの殿堂』ができたとき、私たちは全員で遊びに行ってみたものの、ルークはガチャをまわさなかった。
武器をクジで手に入れるという発想に、少し付いていけなかったようなんだけど――
……でも今は、それなりに理解してくれたのかな?
「みなさんがとても楽しそうにやっていましたので……、私も覚悟を決めて、まわしてきました」
「それでそれで? B賞くらいは当たった?」
「それがですね、S賞が当たってしまいまして」
「……っ!
な、何回やったの?」
ちなみにS賞は1%の確率だ。
100回まわしてこの結果なら生暖かい目で見ることも出来るが、しかしこの流れはあれだよね。やっぱり――
「1回だけと決めて、1回目で出ました!!」
――ですよねーっ!!
しれっと幸運をつかむ男、それがルークッ!!
「お、おめでとう……!
私の知り合いの中で、当たりを引いた唯一の人……。
……それで、S賞の何が当たったの?」
「はい、『スピードスター』の魔法が使える剣です。
どれかと言えば、それが欲しかったので、とても嬉しかったです」
……まさかまさかの、0.1%を当ててしまうとは……。
やっぱりイケメンはやることが違うな!
「んー……。
でも、ルークはアゼルラディアがあるじゃない?
その剣はどうするの?」
「ずっと神器を振り回しているわけにもいきませんからね。
サブウェポンとして使おうかと思っています」
……これは贅沢なサブウェポンだ。
メインの武器にしようと狙っていた人は多いだろうに、まさかその剣がサブで扱われようとは……。
「ま、まぁ実力のある人に渡って良かったよ、うん……。
ちょっと身近な人すぎるけど……」
「私も驚きました」
私も驚きだよ!!
……でもまぁ、結果的には良かったのかな?
ここは素直に喜んでおこう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナちゃーん♪」
引き続きお喋りをしていると、扉の方から軽妙な声が聞こえてきた。
「あ、ジェラードさん。お久し振りです」
「本当にお久し振り、だよ!
気が付いたら『水の迷宮』に行ってるんだもん。どこかに行くなら、たまには僕も一緒に連れていってよ!」
「あはは、ごめんなさい。
ルークも行きたがってますし、今度みんなで行ってみましょうか」
「おお、それは良いね!
20階に向かったって聞いたけど、どこまで行ったの?」
「予定通り20階まで行って、一通り探索してから戻ってきました。
……ああ、そうだ。『水の迷宮』の中で、不思議なことがあったんですよ」
「「不思議なこと?」」
私の言葉に、ルークとジェラードが同時に反応した。
そういえばまったりしすぎて、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
「帰り道の17階で、知り合いのパーティに会ったんですよ。
でもその人たち、10階を下りたら17階だったって言ってて……。
そんな話は初めて聞いたから、ちょっと調べないといけないかなって」
「えぇ? 一気に7階も進んだってこと……? それはかなり怖いねぇ……」
ダンジョンは基本的に、1階進めば敵もがらっと変わってしまう。
一気に7階も進んでしまうことがあれば、その変化に対応できない冒険者は大勢出てくるだろう。
「ふむ……。
自警団の訓練に、少し活用しようと思っていましたが――」
「ママー。私、それ知ってるの」
ルークの声を遮って、膝に乗っているリリーが私を見上げて言った。
「え? ……何で知ってるの?
っていうか、どういうこと?」
「あのね、『水の迷宮』はね、優しい子なの」
「……うん? そうだね?」
確かに『水の迷宮』を創る際、必要となった『宣言』は『優しさと抱擁の宣言』というものだった。
そこから察するに、きっと優しい性格になってくれたことだろう。
……ちなみに素材のひとつの『魔物の魂』は、近くにいたスライムにお願いしていた。
リリーの成功例を踏まえて、申し訳ないけど手伝ってもらうことにしたのだ。
「それでね、りーだーがママに会いたい、会いたい、って、思っていたんだって。
だから早く会わせてあげたいって、17階に飛ばしたって言ってたの!」
「へぇ~……。
……え?」
「うにゅ?」
私の反応に、リリーは可愛く反応した。
ああもう、可愛い――のは置いておいて。
「もしかしてリリーって、『水の迷宮』とお話ができるの?」
「なの!
ずっと入口のところにいたらね、たまに話し掛けてきてくれたの♪」
「えぇ……。そ、そんなこともできるんだ……。
……あ、そうだ。その子、一人で寂しがってなかった?」
リリーと同じであれば、ダンジョンの奥底で、一人寂しがっているかもしれない。
ただのスライムとして生きているところを、私の勝手な判断でダンジョンというものに変えてしまったのだ。
……もしも手を差し伸べなくてはいけないのなら、私は早く行ってあげないといけない。
「んー、それは無かったの。
でもね、ママにお願いがあるって言ってたの」
「え? お願い……?」
「お名前が欲しいって言ってたの。
私の名前、とっても羨ましがってたの♪」
「……なるほど。
そうだね、それくらいならお安い御用だよ。
……そっかぁ、名前……かぁ……」
ダンジョンに明確に人格が宿るだなんて、正直リリーの場合が特別なのだと思っていた。
でもやっぱり、ダンジョンっていうのは基本的に同じような存在なんだね。
……それなら『水の迷宮』も、私の子供同然か。
「それじゃ、明日は『水の迷宮』に行ってみようか。
リリーは私の代わりに、お話をお願いできる?」
「お安い御用なの!」
「アイナ様、私もご一緒しましょう。
明日は休みを取ってきたので、いくらでもお付き合いいたします」
「あ、それなら僕も行くよ!
ふふふ、楽しみだなっ」
……おっと、思いがけず人数が増えてしまった。
でもせっかくだし、今回はこのメンバーで行動することにしよう。
「ありがとうございます。
それでは明日、みんなで一緒に行きましょう!」
――『水の迷宮』から戻ってきた次の日も、引き続き『水の迷宮』へ。
予想外の展開だけど、明日はどんな話ができるのかな。




