5.そして、宿怨が生まれる
柔らかな陽射し。爽やかな風。
私は今、街の外の森に来ている。
「はぁ、気持ち良い……」
朝の綺麗な風をまとい、独りつぶやく。
いや、そもそも元の世界よりも空気がずっと綺麗なんだけど、今はその中でもさらに綺麗な感じなんだよね。
さて、私が何でこの森にいるかというと、錬金術の素材集めが目的。
冒険者ギルドをのぞいたら錬金術の素材集めの依頼があって、これをこなすのと一緒に自分用の素材も集めようかと思ったのだ。
ちなみにその依頼は、実は受けていなかったりする。
いや、だって実際のところどれくらい集められるか分からないし。
今回は安全策を取って、素材を集め終わってから依頼を受注、即納品……という流れにしようかと考えている。
ちなみに集める素材は『癒し草』っていう……まぁそのままの名前なんだけど、これが『初級ポーション』の材料にもなるみたい。
10本で銀貨1枚。宿屋の普通の部屋が銀貨7枚だから、毎日70本集めれば一生泊まれるね!
……あ、食事代を考えるともう少し必要か。
そうそう、素材そのものを売るんじゃなくて、初級ポーションを作って売るっていう手もあるんだよね。
初級ポーションは冒険者ギルドでの買い取り価格が銀貨2枚銅貨5枚らしいから、金銭効率は断然こっちのが良いのだ。
最低限の収入が確保できればあとは好きなものを作っていけるから、まずはその流れを押さえていこう。
「さてと。ここら辺で大丈夫かな~」
草の群生地を前に、街で買ったナイフをアイテムボックスから取り出す。
「はい、鑑定、鑑定~♪」
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【パピテ草】
雑草
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【パピテ草】
雑草
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【パピテ草】
雑草
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……おっと、雑草ばっか。あと、鑑定のウィンドウが流れるのがちょっと早くて鬱陶しいかも……。
表示の調整は出来るのかな?
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【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】
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あ、出来た。いろいろと応用できるのね、なるほどなるほど。
でも、もうちょっと何とかならないかな?
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【パピテ草】×13
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そうそう、これこれ。こういうのが良いんですよ。鑑定スキル、愛してる!
さて、それじゃ続行~。
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【パピテ草】×17
【癒し草】×1
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……あ、ようやくひとつ発見。
癒し草に手を添え、根本をナイフで切り取る。
「ふう、これで1本か。思ったより生えてないんだなぁ……。」
出来るだけ採集して帰ろうと思っていたのだが、今日はひとまず依頼達成用に30本、自分の素材用に20本を集めることにした。
5分で1本だと、50本で250分……だいたい4時間ちょっと。夕方には街に戻って、冒険者ギルドに納品できるかな?
うん、こっちの世界に来て二日目だし、慣らし運転としては十分でしょう。はい、決定~。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「50本達成~!」
夕方よりも少し早い時間。大体14時くらいかな? ようやく目標の50本を達成した。
70本(銀貨7枚分)集めてエンドレス宿屋をするにはもう少し必要なのか……と思うと、生活費を稼ぐのもなかなか大変だなと感じた。
それじゃ癒し草を全部アイテムボックスに入れて……っと。そろそろ街に戻るか――と、思った矢先のことだった。
「ガアアアアアアッ!!!」
ドシンッ!! ズシャァアアッ!!
太い吠え声と共に、身体に強い衝撃が走った。
――え? 何が起こったの?
気が付くと、先ほどまで見えていた森や空は見えず、今は目のすぐ前に地面が広がっている。
地面――と、地面を認識したところで、右肩から強い痛みが伝わってきた。
――何かに襲われた……?
混乱しながらもどうにか身体を仰向けに持っていき、上半身を起こす。
目の前には大きな獰猛な――狼のようなものがいた。
もしかしてこれ、魔物ってやつ……?
ちょっとちょっと!? こんなのが出るなんて聞いてないよ!?
魔物は上半身を起こした私に詰め寄り、そして――
「ガルウゥウッ!!!」
再び大きく太い声を上げた。
その一瞬後、私の左肩に強い衝撃と鋭い痛みが走る。
痛みが溢れ、熱さが溢れ、そして赤に染まる。
赤。血。紛れもない、自分の血。自分の血が、溢れ出す。
――――ッ!!
声にならない声。
ええ……何なの……? やだよ……誰か……助けて――
そのとき、どこからともなく少女の声が響いた。
「どうしたの?アーデルベルト、そこに何かいるの?」
誰か……人が来た? お願い、助けて――……
気力を振り絞って顔を上げ、人影を探す。
人影は果たして、魔物の後ろにいた。
「あらやだ、狩りをしていたのね。最近遊ばせてやってなかったせいかしら」
少女は感情を示すでもなく、独りつぶやく。
「もう、人間狩りはやめなさいって言ったでしょう。今度、楽しいところに連れていってあげるからね」
少女は魔物の頭を撫でる。魔物はまんざらでも無さそうに尻尾を振っている。
この少女は、助けでは無く、この魔物の主……?
「……お、お願いします……た、助けて……?」
痛みを何とか堪えながら、私は少女に救いを求める。
死に瀕しては恥も外聞も無い。この魔物の主だろうが……、生きるためには情けなくもなってやる。私は……懇願した。
「あら凄い。まだ喋る元気があったのね。でもその傷じゃもう遅いわ。諦めなさい」
冷たく言葉を放つ少女。
「――でも、そうね。こんなところじゃすぐに人に見つかっちゃうわね。ここで誰か死んだなんてことになったら、私も困っちゃうわ」
考える素振りを見せる少女。
もしかして、私を助けてくれる……?
「そうね……、分かったわ。アーデルベルト!」
何かを決め、魔物の名を呼ぶ少女。
「この娘、森の奥に捨ててきなさい」
――――ッ!!
その言葉に絶望した瞬間、全身から力が抜けていく。
この世界には神も仏もいないのか――と思いながら、そういえば神様にはもう会ってたなぁ、などと悠長なことを考え、私は気を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ッ!」
痛みで目が覚める。
ここは森の底だろうか。
周囲は暗く、星明かりが木々や地面を儚く照らしている。
全身に力が入らない。
身体が冷え切っている。
命の炎が消えかけているのを感じる。
ああ、私もうすぐ死ぬんだな、という思いが駆け巡る。
この世界に生まれてまだ一日ちょっとなんだけどな、さすが異世界は怖かったわ――
悠長に諦めかけたとき、先ほどの少女と魔物の姿が脳裏にちらつく。
いやいや、そうじゃない。なんであんな連中にやられなきゃいけないの……!
そう思った瞬間、この窮地を脱するひとつの手段を思い出した。
いろいろ悩ましい、悩むべきところはあるのだが、今は考えている時間は無い。
私はアイテムボックスから一つの瓶を取り出した。
中の液体を口にする。
その瞬間、私の身体が淡く輝き、すべての痛みを取り祓った。
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【アイナ・バートランド・クリスティア】
すべての傷・疲労・欠損が回復しました。
レアスキル『不老不死』を獲得しました
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どこかで、そんなことを言われた気がした。