499.水の迷宮⑤
――帰り道、『水の迷宮』の17階。
この階の敵は、前後の階に比べれば少し弱い。
新参の冒険者であればかなり難しいレベルだけど、熟練の冒険者にとっては少しだけ息の抜ける場所だ。
……ただ、敵の量が半端ないんだよね。
いないところにはいないけど、いるところにはいる――敵の分布がかなり偏っている階でもあるのだ。
「アイナさん、この階はどうしますか?」
「素通りしましょう」
エミリアさんの言葉に、私は即答した。
敵の強さは問題無いけど、敵の数だけ魔法を使うのは勘弁して欲しい。
私の持っている魔法は、全部がいわゆる単体攻撃なのだ。
全体攻撃っぽい魔法があればもっと楽になるんだろうけど……次に覚える魔法は、是非とも全体攻撃であって欲しいな。
「あはは♪ アイナさんの魔法、単体攻撃ばかりですもんね」
「バレましたか!?」
「だって、私もそうですから。気持ちは分かりますよっ」
……そういえばエミリアさんのシルバー・ブレッドも単体攻撃だ。
私の考えていることがバレるのも、これはもう仕方が無いというものだろう。
「それじゃ、セミラミスさんも良いですか?
道順は大体覚えているので、最短ルートで……って、あれ?」
セミラミスさんに話し掛けると、彼女はダンジョンの彼方を注意深く見ていた。
今いる場所は大きく開けていて、かなり向こうの方まで――いくつかの通路が交差しているところまで見えている。
「何だか……、誰かが来るみたいですね……」
「おー、凄い!
今の到達階って、最大が20階でしたよね」
「はい! 私たち、タイ記録ですよ♪」
私の言葉に、エミリアさんが楽しそうに繋げた。
タイ記録かぁ……。それなら21階への階段を探して、記録を更新しておいても良かったかもしれない……?
さすがに今からだと、戻る気にはなれないけど。
そうこう話をしていると、遠くの道を3人組の冒険者が全力で走り抜けていった。
そのあとには魔物が続いており、その量もかなり多くいるようだった。
「……あちゃぁ。あれ、絶対にダメなパターンじゃないですか」
「逃げてました……よね……。
進んだ先に敵がいなければ良いですけど、この階は……固まっていますからね……」
「アイナさん、どうします?」
エミリアさんが心配そうに聞いてきた。
……ダンジョンの中ではすべてが自己責任だ。
そこで手に入れたものはすべて、その人たちのものになる。
しかしその代わりに、そこで失うものも、すべて自分たちで受け止めなければいけない。
だからここで見殺しにしようが、私たちには何の責任も無い。
逆に助けに入って、そこで私たちが全滅したら、それは私たちの責任になるのだ。
とは言え――
「……助けましょう。
ここは線引きの問題ですけど、私は、目の前で危ない目に遭っている人くらいは助けたいです」
このダンジョンで死者を出したくないのであれば、単純にこのダンジョンへの出入りを禁止にすれば良い。
しかしそうしていない現状を踏まえると、つまり私はどこかで、このダンジョンで誰かが死ぬことを容認しているのだ。
ただ、どこまで容認しているかと言えば……ちょっと、ふわっとしてしまっていたかな。
「分かりました! それではそうしましょう!」
「わ、私も、応援します……!」
セミラミスさんはこの期に及んでも応援にまわるつもりのようだ。
その応援に、多少でも支援効果があれば良いんだけどね。別に無いんだよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちは少し強くなったとはいえ、走るスピードが格段に上がったわけでも無い。
だからこそ、先ほどの冒険者のあとを単純に追うことはせず、他の道を使ってショートカットしていくことにした。
この階はそれなりに歩き回ったから、結構道を覚えているのが幸いだった。
(う! おおお!! おおぉおぉぉお――――――ッ!!!!)
「わっ!?」
遠くから聞こえてきた雄叫びに、私はつい驚いてしまった。
こんな場所で大声なんて、それこそ敵が近寄ってきそうなものだけど……。
しかしその声には、とても強い意思を感じることができた。
気安く発した声では、決して無いのだろう。
私たちは急いで、その声の場所へと向かった。
そして狭い通路から大きな広間のような部屋に出たとき、眼下には魔物と対峙する冒険者の姿があった。
「一人、増えてますね!」
少し離れたところには三人の冒険者が倒れている。
そんな中、残った一人はボロボロになりながらも、目の前のゴーレムに尚も抵抗しようとしていた。
――しかし、武器は持っていない。
魔法使いのようでもないし、肉弾戦を行うような風体でもない。
辺りをざっと確認すると、遠くに剣が一振り落ちていた。
おそらくは武器を落として、絶対絶命――
「エミリアさん、援護射撃をお願いします!
――アルケミカ・クラッグバーストッ!!」
私が魔法を使うと、指先から特殊な岩の塊が撃ち出された。
それは狙いを定めた通り、遠くのゴーレムの頭を容易く射抜く。
――ドゴォオオォオォオオォンッ!!
「グガアァアッ!!!?」
……突然の出来事に、その冒険者たちも、魔物たちも、動きが止まってしまった。
認識外のところから想定外のことが起こると、そんな状態に陥ってしまうものだ。
今のうち、今のうち……っと。
かろうじて立っていた冒険者の一人は、ゴーレムが倒れるのに合わせて、一緒に地面に倒れ込んでしまっていた。
さすがに限界が近かったのだろう。
私が近付く間、ようやく動き始めた魔物たちは、次々とエミリアさんのシルバー・ブレッドで倒されていった。
「――大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。でも、力が少し、入らない……かな……」
どこからどう見ても、そんな状態だ。
しかし命があれば次に繋げることができる。それなら、私としては問題無い。
目の前の冒険者を含めて4人、かなり怪我を負っている状態だ。
まずは自分で自分を護ってもらうために、傷をさっさと治してしまおう。
「もう安心してください。傷、治しちゃいますね。
――アルケミカ・ポーションレイン!」
高級ポーションを3個ほど消費させて、ダンジョンの中に回復の雨を降らせる。
敵まで回復しないように、ここは錬金魔法の特性を使ってしっかり除外しておいた。
……この除外する能力、結構便利だよね。
「う……お……?」
「あ、私――」
「みんな、大丈夫……?」
遠くから、冒険者たちの声が聞こえてくる。
もう動けるようになっているようだし、一安心といったところだろう。
「はわわ……。
アイナ様~っ、こっちも手伝ってくださぁ~いっ……」
声の方を見てみると、セミラミスさんが大量の魔物をあしらっているところだった。
応援だけするようなことを言ってはいたが、こっそりとお手伝いをしてくれていたようだ。
今、私のまわりの敵はエミリアさんの攻撃で一掃されており、その代わりに(何故か)セミラミスさんが攻撃を受けているような状態。
ああ、これは早く助けに行かないと……。
……本当は、助けなければいけないほど弱くは無いんだけどね……。
「ごめんなさい、すぐ行きます!
――それじゃ、魔物を倒してきますね。みなさん、まとまっていてください」
私がそう言って、その場から離れようとすると――
目の前で倒れていた冒険者は、突然上半身を跳ね起こした。
突然の動きに、私はとても驚いてしまった。
……きっと私が突然乱入してきたときも、冒険者や魔物たちはこんな気分だったのだろう。
「あ……、アイナちゃん!!」
馴れ馴れしい呼び方をされたのにも驚いたが、改めて見ると、その冒険者の顔は知っているものだった。
あれ? 何でこんなところに……?
「え? ……あれ? リーダーさん?
紅蓮の月光の、リーダーさんですよね?」
……それは思わぬ再会。
まさかこんなところで、こんな劇的なものになるだなんて。
「覚えててくれたの!?」
「あはは、奇遇ですね♪
でも再会を喜ぶのはあとにしましょう。今は魔物を倒してしまわないと」
……早々に倒してしまわないと、今いる魔物が新しい魔物を呼ぶという循環に陥ってしまう。
それに早く助けにいかないと、セミラミスさんが本気で泣いてしまいそうだし……、今は倒すことに集中させて頂こう。




