498.水の迷宮④
「――凄かったですね……」
ヒュージクリアスライムの消えた痕を見ながら、エミリアさんがポツリと呟いた。
……世の中には、あんな魔法があるんだね。
何て言うかこう、ぴかーって、ぶわーって、さらさらーって感じ!
見ていて心が抉られるような、癒されるような、感情がガッタガタに揺さぶられる感じ?
私の放った『アルケミカ・スペルビア・カエレスエス・サピエンティア・クォヴァディス』という魔法は、大体そんな感じだった。
……振り返ってみると、自分でもよく分からない感想かもしれない。
いやいや、でもきっとこの興奮は伝わるよね? ……うん、伝わるに違いない!
「私も……疲れました……」
そう言いながら、地面にお尻を付いたのはセミラミスさんだった。
結局私だけでは制御しきれず、大半の部分をセミラミスさんに手伝ってもらっていたのだ。
以前グリゼルダが私を通して魔法を使ったことがあったけど、あれのサポート版って感じかな。
「踏む手順がやたらと多かったですからね。
……セミラミスさんにお手伝いをしてもらった上で、発動までに30分くらい掛かりましたよ……」
「儀式的な魔法に近かったのでしょうか……。
でもこれ、アイナさんしか使えない魔法なんですよね?」
錬金魔法というのは、錬金術がどこかしらに関係してくる。
今回の『アルケミカ・スペルビア・カエレスエス・サピエンティア・クォヴァディス』も例外では無かった。
「お手伝いをしていて思ったのですが……錬金術の素材、足りて良かったです……」
「本当ですね!
質より量って感じで、いろんな種類の素材が大量に無くなっちゃいましたけど」
「そうだったんですか……。
それにしても……はぁ、大変でしたぁ……」
「セミラミスさん、きんつば食べます?」
「わぁ……。ありがたく……!」
『アルケミカ・スペルビア・カエレスエス・サピエンティア・クォヴァディス』は私がいなければ使えない。
しかし今回は、セミラミスさんがいなくても使えなかったのだ。
さらにエミリアさんがいなくても、防御的な観点から使うことはできなかっただろう。
……となれば、みんなにご褒美かな。
「エミリアさんも、きんつばどうぞ」
「わーい、ありがとうございます!
疲れたときにはやっぱり甘いものですよね♪
……はぁ、美味しい」
セミラミスさんとエミリアさんを眺めながら、私もきんつばを口に運ぶ。
『きんつば』は『竜の秘宝』と違って、材料費が安いから良いんだよね。
何だかんだで私のお気に入りだったりもするのだ。
「――それにしても、本当に……凄い魔法でした。
あんなのを見たら、自分もオリジナル魔法が欲しくなってしまいます……!」
セミラミスさんが、はにかみながら言った。
自分用のオリジナル魔法だなんて、確かに浪漫溢れるものだ。
「私も欲しいですっ!
セミラミス様、私にも何か教えてください~!!」
――え? エミリアさんは、あるじゃないですか。
……と、言おうとしたけど止めておいた。
オリジナル魔法というか、使って欲しい魔法だけど。
その名も、複合魔法『暴食の炎』!!
……ヴィオラさんからもらった魔石を足掛かりにして、発動させることができるはずなんだけど――
結局その正体も、未だに不明のままだ。
ヴィオラにさんに聞けないのなら、そのうちセミラミスさんに相談してみようかな。
今ここでその話を出すと、『暴食』という言葉に抵抗のあるエミリアさんの反感を買ってしまいそうだし……。
「――あ、そうだ。
そういえば、湖の底に宝箱があったんですよね」
「そうですそうです、そうでした!」
改めて湖に近付き、遥か下を眺めてみる。
水深5メートルほどのところに、先ほどと変わらず、木製の宝箱が沈んでいた。
「……さすがに、潜れませんよね……」
「でも、良さそうなものも入っていそうですし……。
ここの水、アイナさんのアイテムボックスに全部入れちゃうとか、どうでしょう?」
「なるほど? 別に良いですけど……」
何回かやったことがあるから、それ自体は特に問題ない。
でも水を無くしたあと、おそらくぬかるんだ岩肌を5メートルも下りることになるんだよね……。
「あ、あの……。すいません、私なら……潜れます、けど」
話の途中で、セミラミスさんが申し訳なさそうに、右手をちょこんと上げながら言った。
……ああ、そういえば!
「セミラミスさん、水竜ですもんね!」
「い、一応、そうなんです……」
さすがに水の眷属なら、これくらいの深さは大丈夫なのだろう。
私たちは素直に、今回はセミラミスさんにお願いすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………酷い目に遭いました……」
セミラミスさんが沈んだ声で言った。
湖から宝箱を持ち帰ったのは良かったものの、その宝箱を水上に出した瞬間、上から巨大な岩が落ちてきたのだ。
……何で岩? ……どこから岩?
どうやらそれは、宝箱のトラップだったようだった。
「まったく、どういう理屈だったんでしょうね」
岩が水面に叩き付けられたため、そのときに上がった水飛沫で全員がずぶ濡れだ。
セミラミスさんはそもそも濡れていたから、そっちの被害は無かったものの――
……むしろ巨大な岩を頭に直接受けて、大きなたんこぶを作ってしまっていた。
正直、たんこぶ程度で済んだのは流石と言わざるを得ない。
私やエミリアさんだったら、即死レベルのダメージを負っていたはずなのだ。
「ヒール!」
「ふえぇ……。ありがとうございます……」
「災難でしたね……。いや、ありがとうございます……」
エミリアさんに治療してもらいながら、セミラミスさんは涙目になっていた。
どちらかと言えば、精神ダメージの方が大きそうだ。
「セミラミス様が痛い思いをしてまで持ってきたものですから、良いものが入っているに決まってますよ!
ね、アイナさん♪」
「そうですね、その通りです!
……さて、誰が開けますか?」
あんな盛大なトラップを受けた直後では、宝箱を開けることが、とても恐ろしいことに感じてしまう。
罠が二重三重に張られているなんてことも、別におかしな話では無いのだ。
少し前に起きた惨状に、今回ばかりはエミリアさんの手もすぐには上がってこない。
「むむ、それならば私が……!」
「お、お願いできますか? 私は防御の魔法を使っておきますので……!」
「わ、私は安静にしてます……!」
セミラミスさんも便乗して、ただの傍観を決め込んだ。
ぬぬぬ……。ま、まぁ良いか……。
「それではいきます!
そりゃーっ!!」
私は観念して、思い切り宝箱を開けた。
そしてその瞬間に思い出した。そういえば私、鑑定スキルで中身を調べることも出来たんだった――
……っと。
しかし、罠は無かった。
そのまま宝箱の中を見てみると、そこには古めかしい杯がひとつ入っている。
「年代物の感じがしますね……」
エミリアさんの言う通り、古さが先に立ってしまうデザインをしていた。
そういう趣味の人には凄く良さそうなんだけどね。
さてさて。それじゃ、かんてーっ
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【毒盛りの杯】
注いだ飲み物に毒を混入させる杯
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……。
「――これはまた、使いどころが難しそうな……?」
「はわ……。普通に使えない杯とか、逆にレアですよね……」
……どこからどう見ても毒殺用だ。
鑑定すればバレバレだけど、全員が鑑定スキルを持っているわけでも無いし、情報操作の魔法で隠すこともできる。
使う状況なんて、きっといくらでも見つけられるだろう。
ても……ねぇ?
「うぅーん……。
貴重そうですけど、誰にでも売れるってものでもありませんし……」
エミリアさんの言葉に、私は頷かざるを得なかった。
売れもせず、あげられもせず、自分でも使えない。
……そんな貴重なアイテムを入手することができた、今回の冒険だった。
しかしここで終わり、というわけでも無い。
私たちは外に出るために、まずは1階に戻らなくてはいけないのだ。
「――それじゃ、そろそろ戻りますか。
リリーも待っているはずですし」
「帰りもしっかり戦わないといけませんからね。
アイナさんとのペア狩りも形になってきたので、さらに磨きをかけることにしましょう♪」
……やっていることが形になってくるのは、とても嬉しいものだ。
楽しそうに笑う彼女を眺めていると、私もやっぱり嬉しくなってしまうかな。




