496.水の迷宮②
――『水の迷宮』の15階。
さすがにここまで来ると、敵もかなり強くなってくる。
魔法がまったく効かないとか、そういう嫌らしい敵がいないのだけは救いだけど――
そういえば、そんな敵が出てきたらどうするんだろう?
『アルケミカ・クラッグバースト』は性質的に物理ダメージだから、多分大丈夫なのかな。
……いや、物理が効かない敵が出てきたらまずいのか……。
「アルケミカ・クラッグバースットぉ!!」
ズガッンンッ!!
「おぉー! ずいぶん速くなってきましたね!」
私のそれなりの上達に、エミリアさんは満足そうに祝福してくれた。
何せ私が魔法を使わなければ、先に進めないのだ。
戦いの緊張の中、同じ魔法ばかりを使う。
敵がいないときも、どうすれば速く使えるのか、どうすれば上手く使えるのか、最近はそればかりを考えていた。
さすがにこの数日、ずっとそんな状態なものだから、錬金魔法への集中力も半端ないものになっている――
……というところで、まさにグリゼルダの思うツボになってしまったというわけだ。
ダンジョンの外に戻ることができたら、そのときはしっかり感謝することにしよう。
「アイナさーん、宝箱を見つけましたよ!」
休憩中、エミリアさんが陰に隠れていた宝箱を見つけてきた。
このダンジョン、ちょこちょこ宝箱があって、なかなか楽しい。さすが私の創ったダンジョンだ。
「何が入ってますかね」
「それでは開けますよ。それーっ」
エミリアさんが宝箱を開けると、どこからともなく矢が飛んできた。
……が、その矢は防御の魔法で軽く撃ち落とされた。
結構シンプルな罠が多いため、私たちだけでも余裕でどうにかなっている。
ここら辺、冒険者に優しい設定が活きているのだろうか。
そんなことを思いながら、エミリアさんの後ろから宝箱の中を覗いてみる。
するとそこには一冊の本が入っていた。
「――本、ですか」
「本、ですね」
「本、ですぅ……」
何故か二人に復唱されたが、私はそのまま鑑定をしてみた。
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【解毒の書】
水魔法『キュアポイズン』を修得できる魔法道具
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「……あっ」
「「え?」」
私の声に、二人は驚いた。
「これ、もう持ってますね……。
『循環の迷宮』でも手に入れましたけど、そういえばそのままずっと持っていました……」
「あー、確かにありましたね。
リーゼロッテさんの件で、あのときのことは何となく触れにくくなっていましたし……」
「リーゼ、ロッテさん……?」
突然出てきた名前に、セミラミスさんは不思議そうな顔をした。
「昔、一緒にダンジョンに潜ったんですけど、途中で裏切られて殺されかけたんですよ。
いや、良い人間ばかりじゃ無いって痛感しましたね。……あ、人間じゃなくて、エルフか」
「はぁ……。エルフの方でも、そんな方がいたんですね……。
私の知っているエルフさんたちは――……ああ、やっぱりそういう人も、たくさんいました……」
セミラミスさんはエルフを擁護しようとしたが、途中で諦めてしまった。
人間だって、そんな悪者はたくさんいるからね。どこの世界にも、きっとそういうのは一定数いるのだろう。
「セミラミス様はエルフの方もご存知なんですね。
私はまだ、その一人にしか会ったことがないんですよ」
「私の住んでいた大陸に、エルフの里があったんです……。
何回も私を訪ねてきてくれて、交流をしていたんですよ」
「へー? セミラミスさん、ずっと閉じこもっていたわけではなかったんですね」
「もちろんです……! 10年に一度くらいは、ちゃんとお話をしてましたから……!」
……あれ?
10年って……、思ったよりも間が空いていないかな?
セミラミスさんって、本当に外部と接触をしてこなかった人(竜?)なんだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――『水の迷宮』の17階。
「はぁ……。何だかこの階、敵が急に弱くなりましたね」
弱くなったとは言っても、やはりそれなりにはしっかり強い。
その上で、敵の数は他の階以上にいるようだった。
少し動くとすぐ見つかり、結構な量の敵が押し寄せてきてしまうのだ。
「……でもアイナさん、魔法の方も結構速く使えるようになりましたよ!
たまにつっかえますけど、着実に倒していけるようになりましたし」
「あはは、ありがとうございます。さすがに一日に100回以上も使ってますとね……。
氷魔法を禁止されている今、私には攻撃手段がこれしかないわけですから……!」
一応、爆弾なんてものもあるけど、話の流れ上、それも完全にNGだ。
爆弾なんて使うくらいなら、最初から氷魔法を使っておけば良いわけだし。
「100回以上って……。
んんー、魔力を消費しないなんて、やっぱりズルいです!」
そう言いながら、エミリアさんは可愛くぶうたれた。
実はこの錬金魔法、魔力をほとんど消費しないのだ。
つまり、一日に何回使おうが、魔力切れはしないという破格の性能。
しかし物事には何らかの対価が必要になってくるわけで……。
「錬金魔法って、アイテムボックスの素材がどんどん減っていってますからね?
魔力は消費しませんけど、財力は消費してるんですよ」
「そ、それは嫌ですね……。
でも正直なところ、アイナさんはお金持ちだから、もはやそれくらいは関係無いのでは?」
「むむ」
エミリアさんの反論に、私は何も言い返せなかった。
私の収入は、海洋都市マーメイドサイドの広範囲の利権と、お酒やら雑貨やらの売り上げで、結構な額になってきている。
だから仮に、錬金魔法が1回銀貨5枚程度掛かるとしても、実はそこまでお財布にダメージがあるというわけでも無かった。
無駄撃ちばかりしていれば、もったいないお化けが出てきそうだけどね。
――ミシッ
「アイナ様、後ろに敵が――」
「はい!
アルケミカ・クラッグバースト!」
ズガアアアアアアアァンッ!!
セミラミスさんの声に反応して、遠くから急襲を仕掛けようとしていた敵を軽く撃ち砕く。
「……おぉ! いつになく流暢な!」
「ふふふ、そろそろ完璧じゃないですか?
これで私も、錬金魔法使い! ……あれ? 何だか語呂が悪い……?」
「それに錬金術師なのか、魔法使いなのか、よく分かりませんね……。
両方ではあるんでしょうけど……」
「ここまで来ると、新しい職業名が欲しいですね。
うーん、何が良いかなー……」
……5分くらい考えてみたが、特に何も出てこなかった。
一応、『アルケミカ』でも良いような気はしたけど、それは少し安直だし……。
「アイナ様は『神器の魔女』を名乗っていらっしゃるので、『魔女』でよろしいのでは……?」
セミラミスさんの言葉に、私ははっとしてしまった。
――魔女!
錬金術も使いそうだし、魔法も使いそうだ。まさに私にぴったり!!
……でも、『魔女』はもう名乗っているからなぁ……。新鮮味がちょっとなぁ……。まぁ、別に良いか……。
「さて、アイナさんも良い感じで魔法を使えるようになりましたし、そろそろ私とペア狩りでもしてみませんか?」
「え? ペア狩り――って、もうやってませんでした?
セミラミスさんは、特に戦闘には参加していませんし」
「んー……。そうなんですけどね?
でも私、防御ばかりをしていたじゃないですか。私も攻撃すれば、もっと早く終わりますよ!」
「む……、なるほど?
うーん、なるほど……。ふむ……、なるほど!!」
私はエミリアさんと一緒に、攻撃をしまくっている光景を思い浮かべてみた。
防御魔法が手薄になるから、気を付けなければいけないところは増えるけど……しかし上手く立ち回ることができれば、とても格好良さそうだ。
リスクは伴うものの、そういう方向に戦闘技術を伸ばしていくのも面白いかもしれない。
「どうでしょう?」
「良い……ですね!!
いざとなればセミラミスさんもいますし、ちょっと試してみましょう!」
「わーい♪
それではセミラミス様、何かあったときはフォローをお願いします!」
「はわわ……。わ、分かりました……っ!」
『水の迷宮』での修行は、ここにきて第二段階へ。
さぁさぁ、どんどん強くなっていきましょーっ。




