495.水の迷宮①
「――使ったら、稼げば良いんですよ」
「そ、そうですね……」
エミリアさんの言葉に、私は頷いた。
お金は使うもの。
貯めるにしろ貸すにしろ、結局はいつか使うためにある。
だからお金を使ったからと言っても、それはごく当然のことで、何も悲観することは無いのだ。
……いやぁ、でもエミリアさん。
まさかガチャを5回もやるとは思わなかったなぁ……。
ちなみに私は3回で諦めたよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ガチャの殿堂』も無事にオープンできたので、私とエミリアさん、セミラミスさんは『水の迷宮』に挑戦することにした。
目指すは20階!
……そこに何があるというわけでは無いんだけど、私の魔法の練習に、適当な感じでそんなところまで行く羽目になってしまった。
まぁグリゼルダも出来ないことは言わないし、楽観的に考えれば、おそらくは大丈夫なのだろう。
「――それではアイナよ、頑張るのじゃぞ!」
「アイナ様、くれぐれもお気を付けて……」
「ママ、早く帰ってきてね……」
見送りにきたグリゼルダ、ルーク、リリーがそれぞれ挨拶をしてくれる。
ルークは少し寂しそうだ。
私としても出来れば一緒に行きたかったけど、また次の機会にするとしよう。
……そもそもルークって、最近はそれなりの立場が出来ちゃってるからね……。
そんなことをしみじみと思っていると、リリーが私の脚に抱き付いてきた。
あーもう、可愛い。リリーのためにも、出来るだけ早く帰ってこないといけないな。
「……大丈夫だから、安心して?
私たちが戻ってきたら、ゆっくり遊ぼうね」
「うん、待ってるの……」
戻ってきても多分、収穫祭の準備でまた忙しくなるんだろうけど――
……でも少しくらい、一日くらいは何とかしよう。
私もメリハリを付けて頑張って、休むときは休んで、楽しむときは楽しんでいかないとね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はわわ……」
『水の迷宮』に入って早々、セミラミスさんの声が聞こえてきた。
「セミラミス様、大丈夫ですよ。アイナさんがいますから!」
「エミリアさん、その励まし方はどうかと思いますよ?」
そもそもの発端は、私の魔法の練習なのだ。
つまり私の魔法は不完全。
不完全なんだけど――
「そ、そうですよね……。
まだ研究中の魔法ではありますが、アイナ様が使うなら……はい。
何だか、大丈夫な気がしてきました……」
……あれ?
何だか納得しちゃったみたい……。
とりあえず私たちは話し合いの結果、10階まではさっさと下りることにした。
初心者には優しいという話があるし、きっとそこまでは難しくは無いはず――
……って、実際にそう創ったんだけどね。
『水の迷宮』は『疫病の迷宮』のときとは違って、しっかりと計画を練って創ることができた。
詳しく調べてみたら、創る段階でいろいろな設定ができたんだよね。
もちろんそんな設定をしなくても創れるんだけど、そうするといわゆる『初期状態』になってしまうのだ。
例えば『疫病の迷宮』の場合は、そもそもダンジョン・コアが持っていた『疫病をばら撒く』という性質。
そこにリリーの性格や魂がそのまま入り込んでしまったのだ。
今回、『水の迷宮』を創るに当たっての私からの要望は三つ。
一つは水を供給してくれること。
一つは冒険者に優しいこと。
一つは良いものがたくさん手に入ること。
一つ目は言わずもがな、マーメイドサイドが未来に直面する問題の解決だ。
ここは申し訳ないけど、街のためにしっかり役に立ってもらうことにした。
二つ目は、本来は『螺旋の迷宮』に求めようとしていたこと。
冒険者を街に呼び込むための、ひとつの要素になって欲しかったのだ。
その影響もあって、『水の迷宮』の最初の10階は、しっかり初心者向けになってくれているようだ。
敵の強さ自体はそれなりに強くはなっていくけど、全体的な難易度は簡単になっているみたいだね。
三つめは、二つ目の延長かな。
やっぱり冒険者は、良いものが出る場所に行きたくなるものだ。
……ただ、良いものを出すには、それなりのコストが要るようで……。
創る際の調整には、結構手こずってしまったのは懐かしい思い出だ。
「――あ、アイナさん! 敵ですよ!!」
少し歩くと、エミリアさんが早速敵を発見した。
「はい、さっさと片付けてしまいましょう!
アイス・ブラストっ!!」
ドォン……ッ!!
ゴシャッ!
私が魔法を使うと、小さな岩の魔物はあっさりと砕け散った。
なるほど、確かに弱い。
……っていうか、まだ1階だもんね。
「アイナさん?」
「アイナ様……?」
「え?」
倒したのに労いの言葉は無く、エミリアさんとセミラミスさんは私を静かに眺めていた。
「……あの。魔法の練習……なので、もうここから、練習を……。
下に行くほど、焦ってしまいますので……」
「あ」
……そうだそうだ。私は魔法の練習に来ていたのだ。
魔法とは言っても、今まで使っていた氷魔法ではなくて、最近練習している錬金魔法の方だ。
「……日頃の癖ってやつですね。次から頑張りましょう!」
「その癖を、錬金魔法の方にして頂ければ……はい」
エミリアさんのフォローに、セミラミスさんも言葉を続けた。
「慣れって怖い……。
アイス・ブラストもずいぶんと自然に使えるようになりましたから、それくらい慣れなければいけませんね」
「そうですね。
それではアイナさんは、氷魔法禁止でお願いします!」
「むむ……。でも錬金魔法って、使うのが結構大変なんですよ。
たまには氷魔法も……良いですよね?」
「ダメですっ」
「くぅ~っ」
妥協を許さないエミリアさん。
でもそれは、どこからどう考えても私のためなんだよね。
それに、威力だけを考えるなら錬金魔法の方が強いわけだし……。
……つまり、私が頑張れば良いというだけの話だ。
よし、頑張りどころだ。頑張れ、私ーっ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「アイナさん、早くっ」
「はわわ……」
エミリアさんの防御の魔法が、私たちに敵を寄せ付けない。
以前よりも強度がずいぶん上がったように感じられる。魔力の消費も何とかなっているようだ。
――『水の迷宮』の10階。
それなりに敵の強さもあるが、エミリアさんはまだまだ余裕なのかな?
そして今求められているのは、私の魔法。
攻撃をしなければ、ここから進むことはできないのだ。
「ううぅうー……。
アルケミカ~・クラッグ――……あひゃっ」
……魔法の手順、間違えた!!
何となく反動のようなものが右腕を襲い、当然魔法の効果は発現しない。
うぅ、何だか痺れる……。
「落ち着いてくださいっ。大丈夫ですよーっ」
「そうです、ゆっくり、呼吸を整えて……。
……あ、そうだ。アイナ様、きんつばでも食べますか……?」
「さ、さすがにそれはゆっくりすぎじゃないかな!?」
敬語も忘れ、ついついセミラミスさんにツッコんでしまう。
あああ、パニクってるのが自分でも分かる――
……私は深呼吸をしてから、再び魔法の準備を始めた。
ああもう、やっぱり本番だと上手くいかないなぁ……!?




