494.迷宮出発前
『水の迷宮』に修行の旅へ!!
……とは言っても、私にはまだまだやることがあるわけで。
特に収穫祭、これだけは譲れない。
このためにずいぶんと私も準備をしてきたし、まだまだ作業も残っているし。
話によれば、『水の迷宮』の10階までは階段ですぐ下りられるそうだから、残りはあと10階分。
『循環の迷宮』は1日で2~3階進めたから、20階まで行くのは5日くらいは見ないといけない。
さらに往復することになるから、10日くらいか……。
「アイナさん、難しい顔してますよ~っ」
私が食堂で悩んでいると、エミリアさんがお茶を持ってきてくれた。
うん、やっぱり悩んでいるときは、飲んだり話したりするのが効果てきめんだよね。
「突然降って湧いた冒険に、私は驚きでゴザイマス」
「ぶっ!? な、なんで急にピエールさんの物真似から入るんですか!」
「あはは。ポエールさんと話をしていて、ついやってみたら大好評で……。
それから少し、練習してるんですよ」
「いやいや、魔法の練習をしましょうよ!」
「くっ、耳に痛いです……!」
魔法の練習は、発動させなくてもできることはあるからね。
でもこれくらいのことは、心穏やかに許して頂きたいものだ。
「それで、どんな感じですか?」
「えっと、行き帰りで2週間を見た方が良いかなって思いました。
さすがにそれを超えるようでしたら、途中で一旦戻りたいですね。
……それにしてもダンジョンで2週間なんて、かなりしんどそう……」
「私も付いていきますから、安心してください!
さすがに2週間なんて初めてですけど、『水の迷宮』は綺麗な場所って聞いていますし♪」
「そうなんですけどね……。
でもエミリアさん、根性が座ってますよね」
「え?」
「だってやっぱり、危険な場所じゃないですか。
それに、一緒に行くのが私とセミラミスさんですよ?」
「確かに、戦力的には心配なところもありますけど……。
でも久し振りの冒険なので、私はとっても楽しみにしてますよ!」
エミリアさんの笑顔が眩しい。
心躍る冒険なんて、そう言えば最近はあまりしていなかったっけ。
「最近はしがらみやら、大変なことやら、たくさんありますもんね。
自由気ままに『循環の迷宮』あたりを冒険していたころが懐かしいですよ」
「あのときは、ルークさんが大活躍でしたよね!
……あとは、リーゼロッテさんも……いましたっけ」
「あぁー、そうそう。帰り道は散々でした。
そういえばリーゼロッテさんって、どうなったんでしょうね。
指名手配は解けちゃったのかなぁ……」
「もしかしてポエールさん辺りに聞けば、情報を持っているかもしれませんよ。
でもそう考えると、楽しく終わった冒険なんて……王都に辿り着くまで、とかになっちゃいます?」
「うわぁ、ずいぶん古い話に……。
でも実際、そうかもしれませんよね。王様からちょっかい出されて、そこで何かがずれた気もしますし」
「アイナさん、どうしても目立っちゃいますからね……」
エミリアさんは困った顔で笑った。
錬金術を使う限り、私は目立ってしまう。
今ではもう、世界中の人が名前を知っているレベルになってしまったし……。
「それで、これから収穫祭の準備を急ピッチで進めるとして――
……収穫祭の前も、1週間くらいは余裕が欲しいから……。
逆算すると、収穫祭の3週間前あたりの出発になりそうですね」
「ふむふむ、分かりました。
それでは私も、そのように準備をしておきますね」
「ありがとうございます!
ルークには時間を見て、グリゼルダが説得をしてくれるそうですよ」
「え? 説得、ですか?」
「ほら、長くダンジョンに潜ることになるわけじゃないですか。
ルークも付いてこようとするんじゃないかって、グリゼルダに言われてしまって」
「確かに……。
ちなみにジェラードさんも、もしかしたら言うかもしれませんよ?」
「んー、そうですか? ……そうかも。
でも最近、またいろいろと情報集めに行っているみたいですし……」
「おー。今度は何の情報を持ってくるか、楽しみですね!」
「前回は人魚の件で、ずいぶんお世話になりましたから。
先にマイヤさんたちに会っていなかったら、突然シルヴェスターが襲ってきたことになったんですよね……」
「そうしたら、完全に意味不明でしたよね……。
間接的に、ジェラードさんは命の恩人ということに!?」
「あはは、そうですね。
でも私、仲間のみんなにはたくさん命を救われていると思いますよ?」
……思い返せば、ここにくるまでに命の危険なんて何回もあったのだ。
そのたびになんとか乗り越えてきたけど、それは一人では乗り越えられなかっただろう。
仲間たちの力を合わせて、何とかどうにか、乗り越えてきたというのが本音のところだった。
「ジェラードさんは、もし戻ってきたらグリゼルダにお願いしましょう。
収穫祭には絶対戻るって言っていましたから、それまではいなさそうかなーって思いますけど」
「なるほどー。
他には、何か懸念はあるんですか?」
「特には大丈夫かな……。
ああ、そうだ。『水の迷宮』に入る前に、ついに『ガチャの殿堂』がオープンしますよ!」
「おお、アイナさん肝入りの!
……ところで、ガチャって何ですか?」
「人間の生み出した、悪しき遊戯です」
「……へ?」
「ああ、いや、冗談です。
えっとですね、お金を払って、代わりに何かの賞品をもらう遊びです。
私の故郷では、ずいぶんと流行っていたんですよ」
……一部の層に、だけどね。
でもその層は、かなりの額を使っていたはずなんだよね……。
「くじ引きみたいな感じですか?
ふむふむ、アドルフさんにたくさん注文していたのは、そのための武器だったんですね」
「はい。あとは目玉用に、私も錬金効果を付けようかなって」
「うわぁ、高いくじ引きになりそう……」
――正解!
さすがエミリアさん。地頭が良いから、察するのもかなり早い!
「そんなわけで、出発は『ガチャの殿堂』のオープンのあとにしたいんです。
私もちょっと、遊んでいきたいですし」
「アイナさんが用意して、アイナさんが遊ぶんですか?」
「ぐっ、痛いところを……!!」
ガチャというのは当てるのも楽しいけど、まわすのも楽しいのだ。
転生前は無課金勢だったけど、今回は私もまわしてみる予定だ。
何せ私は、初めて課金ガチャをやろうとした直後に事故死をしたからね……。
今回のガチャを通して、ようやく生前の私も迷うことなく成仏してくれることだろう。
……あ、いや。成仏するはずだった中身は、今ここにいるのか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜。
これから先、やることをまとめて唸っていると、リリーが起きてきた。
おやや、起こしてしまったかな?
「ママー」
「うん? どうしたのー?」
「おばちゃんからね、ママがしばらくお出掛けするって聞いたの」
……何と、リリーにまで先に話してしまうとは。
故意に言ったのか、うっかり言ったのか、どっちなんだろう。
「グリゼルダが、魔法の練習には実際に戦ってこい~って言い始めてねー。
それに『水の迷宮』も、創ってからずっと行ってなかったしね」
「どこまで下に行くの?」
「20階! だから3週間くらいの予定なんだ。
リリーも連れていきたいけど、ダンジョンの中には入れないからなぁ……」
リリーはかなり強いけど、私としてはできるだけ戦って欲しくない。
だから仮にリリーが一緒にいたとしても、戦いでは頼りにはしない――だから、連れていっても問題無い。
……そんな理屈なんだけど、そもそもリリーはダンジョンの中には入れないんだよね。
「む~……」
「ごめんね。心配してくれてるんだよね?」
「なの!」
……くぅ。
何だか『水の迷宮』、行きたくなくなってきちゃったぞ。
でも、今回だけは頑張ろう。
出来るだけぱぱっと済ませて、さっさと戻ってくるのだ……!




