487.あるリーダーの手記⑧
俺たちは一旦宿屋に泊まって、改めて『水の迷宮』に挑戦することにした。
時間は早朝。体調も万全。
今日はがっつり探索することが出来そうだ。
「――あれ? ねぇ、あそこ見て……」
マリモの指差した方を見てみると、ダンジョンの入口の横で、リリーちゃんが空を見上げながら立っていた。
周囲の露店は、ほとんどがまだ開いていない中――
……もしかして、昨日は戻っていないのか?
「リリーちゃん!」
「あ! おはよーなの!」
俺の言葉に、リリーちゃんは挨拶を返してくれた。
そうだな、まずは朝の挨拶だ。
「うん、おはよう!
……もしかして、昨日は戻らなかったの?」
「そうなの。でも、まだ予定通りだから、大丈夫なの」
「予定通り? ……ああ、もしかしてアイナちゃんたち、結構奥に行ってるのかな」
「20階を頑張るって言ってたの!」
「は……?」
「え? 20階……?」
「3人組……だったよね……?」
「凄い……」
一般的に、ダンジョンの20階というのは、熟練の冒険者が行くような場所だ。
それも人数や物資を十分確保してのところなのに……。
「もしかしたら、簡単なダンジョンなのかも……?」
マリモの言葉に賛成したいところではあるが、宿屋で軽く情報収集をしたところ、『循環の迷宮』と同じくらいの難易度らしかった。
公開されている情報の中では、20階が最高到達階であることも聞いていた。
しかし――
「……話によれば、下に行くこと自体は簡単そうなんだよな。
行けば分かるって言われたんだけど」
「ふぅん……? どういう意味なんだろう?」
「このダンジョンはね、初心者に優しいって言ってたの。
だからおにーちゃんとおねーちゃんたちも、楽しんできてくださいなの!」
「え? ……ああ、うん?」
リリーちゃんの言葉に、俺は何だか可笑しくなってしまった。
この子はまるで、このダンジョンを案内する係員のようだ。
「よし、それじゃ行ってみるか!
リリーちゃん、また今度ね!」
「うん、ママに会ったらよろしくなの♪」
俺たちはリリーちゃんと笑顔で別れた。
そうだな、アイナちゃんに会うことができたら、久し振りの再会を喜ぶことにしよう。
――って、20階なんて無理だけどな!!!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『水の迷宮』に入ると、そこは広い鍾乳洞だった。
道幅も広く、戦うことも問題なく出来そうだ。
「わぁ……、綺麗……!
地元の鍾乳洞とは、雲泥の差ですね!」
「そうだな、あそこは狭かったからな……」
実際、鍾乳洞なんてものは見たことのある方が少ないだろう。
しかし俺たちの育った村には、小さくて狭い鍾乳洞があったのだ。
近くの水場を手で触っていたナガラも、しばらくすると上機嫌で戻ってきた。
「涼しいけど、動けば熱くなるしな。
水も綺麗だから、これは攻略しやすいダンジョンなんじゃないか?」
水の流れる迷宮と言えば、『循環の迷宮』が思い当たる。
ただ、あそこは『水』でけでなく『風』も『循環』していたんだよな。
それはそれで空気が淀まなくて良いのだが、逆にその風が敵にもなったりもするわけで……。
「リリーちゃんも、初心者に優しい……って言ってたからな。
うん、『循環の迷宮』よりも進みやすそうだ」
「『循環の迷宮』も冒険者で賑わってましたからね。
ここもいずれ、そうなってしまうのでしょうか……」
「それまでに、俺たちはどんどん攻略してしまおう。
貴重なものは、先に取ったもの勝ちだし!」
基本的に、ダンジョンで手に入るアイテムや武器は、無尽蔵で種類も多い。
しかしそれにもある程度の傾向があるため、やはり早いうちに出した方が高く売ることができるのだ。
いくら貴重なものでも、2つ目、3つ目となれば、その値段は下がっていくからな。
「……ところでリーダー、あれを見てよ……」
話の切れ間で、マリモが奥を指差して言った。
岩で少し見えにくいが、そこには何と――
「……階段?
え? もう?」
全員でその場に行ってみると、入って早々にも関わらず、2階への階段を見つけてしまった。
ダンジョン内の階段なんて、普通はその階の一番奥にあるようなものなのに……。
「こ、これは攻略がしやすそうですね……」
「なるほど……。1階に用の無いやつは、さっさと2階に行けということか……」
……これは親切設計だ。
こんな感じでずっと続いていくなら、アイナちゃんが3人で20階まで行く――という話も、ある程度は信憑性を帯びてくる。
とは言え、敵の強さは20階相当なんだよな? ……そう考えると、やはり無謀な気もしてくるが……。
「……どうする?
俺たちも、『循環の迷宮』なら10階まで行ったことがあるし……」
「うーん……。10階までなら、そこまで手に入るものは変わらないんだよなぁ……。
ひとまずは1階からまわってみよう。敵とアイテムをある程度見定めて、それから検討することにしようか」
「おっけー」
「順当ね」
「分かりました!」
まずは確実に、着実に。
せめてこのダンジョンの性質くらいは、体感として持っていなければいけないからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リーダー~……。またポーションですよーぅ」
10個目の宝箱を開けると、メンヒルが駄々をこねるように言ってきた。
敵は主に、鍾乳洞から生まれたような、小さな空飛ぶ白い岩。
武器で叩けばあっさりと倒せる上に、数もそんなに多くない。
逆に、宝箱はたくさん見つけることができた。
しかし、その中身はポーションのような消耗品がほとんどだった。
「これ……。敵も宝箱の中身も、本当に初心者用だな……」
ナガラがぼそりと呟いた。
その意見、俺も同感だ。
ポーションはそれなりの値段がするものだが、しかし冒険者がダンジョンに行ってまで欲しいものでは無い。
むしろダンジョンに行くために用意するものなのだ。
そしてここの敵は、冒険者がわざわざ倒すような強さでも無い。
それこそ冒険者を夢見る少年少女ですら、簡単に倒せてしまうようなレベルだった。
「……どうする?」
さすがにこの展開は予想外だ。
この調子なら、一気に10階まで行っても問題ないんじゃないか?
「『循環の迷宮』よりも簡単なら、15階とか20階とかどうかな?」
「いやいや、それはさすがに端折りすぎでしょ!?
良いとこ10階、できれば5階くらいだと思うなぁ……」
「それじゃ、ちょこちょこ様子を見ながら――
……そうだな、10階あたりを目指そうか」
「ちょこちょこって、どれくらい?」
「敵と何回か戦って、あとは宝箱を少し開けてみて……、くらいかな?」
「ま、それだけやっておけば大丈夫だろ。
基本的には、同じ階層の魔物は同じくらいの強さだし」
「そうですねー」
ナガラの言葉に、全員が頷いた。
それはダンジョンという存在の、共通のルールなのだ。
――時間は有限だ。
だからこそ大切に、無駄なところは省いていかないとな。




