486.あるリーダーの手記⑦
俺とナガラはゆっくりと、マリモとメンヒルの方へと歩いて行った。
すぐ側には『水の迷宮』の入口があったが、それは普通の洞窟のように、岩の合間にぽっかりと穴が空いている感じだった。
「あ、リーダー!
この子、迷子とかじゃなくて、人を待っているんだって!」
マリモが安心した顔で俺に言ってきた。
俺たちには案外無理を言ってくるやつだけど、マリモは子供が好きだからな。
きっと本気で心配していたんだろう。
「おー、それは良かった。
えっと、俺の名前はリーダー。君の名前は?」
「私? 私は、リリーなの!」
その子供は俺に向かって、にっこりと微笑みながら名乗った。
黒い服に、黒い髪。そして想像通りの、黒い瞳。
とても澄んだ黒色だ。……美しい。
いや、子供の瞳は綺麗なものだけど、それ以上に、不思議な魅力を秘めているような気がした。
「リーダー、どうしました?
……もしかして、そっちの趣味が……?」
リリーちゃんの瞳に見惚れていると、メンヒルが心配そうに声を掛けてきた。
そっちの趣味って――
「いやいや! 何を言ってるんだ!?
ただリリーちゃんの顔を見ていただけだぞ!?」
「ぁゃしぃ……」
俺の返事に、メンヒルはなおも怪訝な顔を向けてくる。
幼女趣味なんて無いぞ? 俺はしっかり、同世代の女の子が好きだからな!
「……それにしてもリリーちゃんって、どこかで聞いた名前じゃないか?」
『リリー』という名前を、俺たちはどこかで聞いていたような気がした。
確かこの街に来てからのどこか……。まぁ、どこにでもある名前と言われれば、実際その通りなんだけど。
「この街に入るとき、ポエール商会の方から聞いた名前ですね」
「ああ、あの子の――魔女の仲間だっていう、リリーさんのこと?」
さすがメンヒルとマリモは、そういうことを忘れない。
ナガラに至っては、二人の言葉を聞いてからようやく思い出したようだった。
「……でも、こんな小さい子が、そんなわけもないだろう?
ねぇ、リリーちゃん」
「魔女って、ママのことなの?」
「え? ママ……?
んん? それ、アイナちゃんのこと……?」
「ママを知ってるの? そうなの、私のママなの!」
「「「「え……」」」」
明るく可愛く元気良く。
リリーちゃんのそんな返事を受けて、俺たちは絶句してしまった。
あれ? ちょっと待って?
確かに17歳とか18歳で結婚する人なんてたくさんいるけど、この子……5歳くらいに見えるよね?
とすると、アイナちゃんは12歳くらいで……?
え? 俺たちと会ったときって、もうこの子を産んでたわけ……?
「……これは予想外の展開だ……。
ちょっと俺、ショックかも……」
「分かる、分かるぞ、その気持ち……。
リーダー、今夜は飲み明かそうぜ……」
「金、無いけどな……」
ナガラの慰めに、俺は財布の中を憂いだ。
ああ、確かに飲みたい気分だ。それにしても何だろう、この初恋が散ったような虚しい苦みは……。
「と、ところでリリーちゃんはいくつなのかな?」
「いくつ? って?」
マリモの言葉に、リリーちゃんは不思議そうな顔をした。
「え? 年齢のこと。いつ生まれたのかな?」
「んー。一年前……くらい、なの?」
「「「「え?」」」」
……疑問形で答えられても困ってしまう。
しかしたったの一年で、こんなに大きくなることはあり得ない。
ただ、一年だというのが本当なら、俺たちがアイナちゃんに会ったときは、まだ産まれていなかったんだよな――
「おぉい、リーダー?
顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」
「あ、ああ……。
ちょっと混乱してきちゃって……」
「分かる」
「分かる」
「分かります」
今まさに、俺たちの考えは一致した。
正直何が何だか分からなくなってきたから、細かいことは一旦スルーしておくことにしよう。
「それで、リリーちゃんは人を待っているんだっけ?
誰を待ってるのかな?」
「えっとね、ママとおねーちゃんと はわわ なの!」
「……はわわ?」
よくは分からないが、幼児語の一種だろうか。
もしかしたらペットみたいなものかもしれない。
それにしても、何だか家族構成が増えてしまったぞ?
もしかして、アイナちゃんにはもう一人子供がいる……?
「おねーちゃんって、リリーちゃんのお姉ちゃん……かな?」
「えっとね、おねーちゃんはママの親友なの!!」
「あ、そうなんだ。……なるほど。
リーダー、多分『おねーちゃん』っていうのは、前に冒険者ギルドで会ったエミリアちゃんじゃない?」
「ああ、そうか。ずっと一緒だったもんな……」
エミリアという娘とは一度しか会ったことはないが、アイナちゃんはエミリア、ルークという仲間と一緒に指名手配をされていた。
アイナちゃんが無事だというなら、きっとその二人も無事なのだろう。
「ところでおにーちゃんとおねーちゃんたちは、ママのことを知ってるの?」
「うん? ああ、王都の方でね、2回ほど会ったことがあるんだ。
そこまで仲が良いってわけでも無かったけど、俺は一緒に旅をしてみたかったな」
「王都、なの? 私もママから話は聞いてるの!
でも、もっとたくさんお話を聞きたいの!!」
俺の返事に、リリーちゃんはとても興味を持ってしまったようだ。
あまり話すことは無いが、それでもアイナちゃんの名声だけは知っている。
指名手配の件は子供に話すことでも無いから、そこは避けて話してあげようか。
しかし――
「……リーダー、今日は1階の様子を見ようとしていたけど、どうする?」
「そうだよな……。うぅーん……」
「俺はこのままでも構わないぞ?
これも何かの縁、だしな」
「私も私も♪ リリーちゃん、可愛いからもっとお話したい!」
「私も構いませんよ~」
三人とも、今日の探索は無くても良いらしい。
俺も同感だ。それなら今日は、もうゆっくりしてしまおう。
……金は無いんだがな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局日が暮れるまで、俺たちはアイナちゃんのことを、リリーちゃんに話してあげた。
その間、結構な数の冒険者たちが『水の迷宮』から帰還してきたので、空いているメンバーが情報収集にあたることにしていた。
何組かのパーティに話を聞かせてもらったところ、それぞれ、なかなか良いものが手に入ったそうだ。
あとはこの付近の買い取り業者よりも、街に戻って売った方が少しは高いはず……という、ありがたい情報も得ることができた。
『よし、明日はガチャだな……』
たまに、そんな声が聞こえてきたのは空耳だろうか。
臨時収入があれば、俺もまた引きたいものだけど――……ああ、ダメだ、ダメ! 堅実にいかないと!!
「――……さて、もう遅いし、俺たちも戻ろう。
リリーちゃんは、いつ戻るの?」
「ママたちが戻ってくるまで、待ってるの!」
「えぇ……。アイナちゃん、こんな遅くまで待たせるんだ……」
リリーちゃんの言葉に、メンヒルが微妙な顔をした。
「違うのー。私が勝手に、待ってるだけなの!」
「でも……、もう遅いよ?」
露店の大半は店仕舞いをして、すでに残っている人たちも少ない。
人がいなくなれば、またこの場所も物騒になってしまうだろう。
「ほら、魔物が出たら襲われちゃうよ?
それに人間だって、良い人ばかりじゃないし……」
「そんなこと、知ってるの!」
……それはそれで、ショッキングな答えだ。
こんな小さな子供が、人間が良い人ばかりじゃないだなんて……。
いや、このご時世、当たり前の答えか……。
「もー、我儘ばっかり言わないでさぁ……」
そう言いながら、マリモがリリーちゃんに手を伸ばして触れようとした瞬間――
――ゾ……ゾワワワワワワッ!!!!!!!
「ッ!!」
「んがっ!?」
「わ!?」
「ひゃぁ!!?」
俺の背中に――いや、身体中に、強烈な悪寒が走った。
この悪寒と、それを生み出したこの気配には記憶がある。……いや、記憶に刻み付けられている。
海洋都市マーメイドサイドに入るときに受けた『魔女の試練』。
そこで感じた、強烈な気配と同じ――
「こ、これ……!?
もしかして、『魔女の試練』って言うのは――」
「そうなの。ママが私のために作ってくれたの。
……ママ、心配性だよね?」
その恐ろしい気配に反して、目の前にいるのは、優しく微笑む小さな子供。
――ああ、分かった。この子はただの『子供』では無い。
アイナちゃんが護っているだなんて、それだけのはずが無い。
きっとこの子も『仲間』。
……いや、違う。それよりも特別な、きっと、とても大切な存在なのだろう……。




