483.あるリーダーの手記④
『施設』の入口にはちょっとした行列が出来ていたが、それとは違う入口から中に入ることができた。
どうやら行列に並ぶのは、武器やアクセサリを手に入れようとする人たちだけのようだ。
「――何だか、綺麗なところだね」
建物の中をきょろきょろと眺めながら、マリモが言った。
天井は高く、内装は白系の色で統一されている。
「確かに、殿堂って感じがするなぁ……」
「リーダー、 ここからはさっきの行列の先頭が見えるみたいですよ。
見物席って感じなんでしょうか」
メンヒルが言った通り、俺たちと行列の人たちの間にはちょっとした段差があるものの、行列の先をよく眺めることができた。
そして行列の先では、この施設の職員と思われる人たちが待ち構えている。
服装は……商人のような、聖職者のような感じだ。
ありそうでなかったような、少し不思議な出で立ち……と言うのかな。
そして、その横には――
「……あの装置ってなんだろ?
上の部分が透明で、丸い玉がたくさん入っているけど……」
大きさとしては、全体で2メートルほど。
上側の三分の一程度が透明な素材――ガラスのようなもので作られており、中が見えるようになっている。
そしてその中には無数の玉が入っていて、玉の中にはそれぞれ何かが入っていた。
「んー。玉の中には金属のプレートが入ってるみたいだな。
大きさは、指でつまめるくらいか? 何だ、ありゃ」
ナガラが目を細めながら、遠くの玉を確認していた。
俺も目は良い方だと思っていたが、さすがに玉の中までは分からないぞ……?
まぁそれは置いておいて、あの装置を使って一体何が始まるんだ?
俺たちは周りの様子を窺いながら、何かが始まるのを静かに待つことにした。
「――お待たせいたしました。
これより本日の、午前の部を開始させて頂きます!」
「待ってました!」
「今日こそは!」
「金は持ってきたぞ!」
「ワンチャンあるで!」
「目玉は何ですかっ!?」
職員の声に対して、行列に並んでいた人たちの声も負けていない。
全員が何か期待に胸を躍らせるような、そんな声を上げているようだった。
「今日の目玉は、名匠アドルフ様による強力な剣となっております。
錬金効果として、なんと風魔法『スピートスター』使用可能の効果が付いています!!」
「なん……だと……!?」
職員の説明に呼応する行列の人たちと、それを見守る人たち。
歓声が上がる中、思わず俺の口からも驚きの言葉が飛び出していた。
……風魔法『スピートスター』とは、自身の動く速度を上昇させる魔法だ。
少しの速さがアドバンテージになる、もしくは命取りになる近接職にとって、それはとても魅力的な魔法。
しかもあの剣を装備すれば、その魔法が自分で使えることになるんだろう……!?
「リーダー、凄い顔してますよ……」
「本当に、ね。
あの剣、そんなに欲しいの?」
「そ、そりゃ欲しくないわけないだろ!?
え、ちょっと待って!? 俺も参加してきて良い!?」
「別に良いけど……。
でも私たち、これから何をするか全然分かっていないのよ?」
「ぐっ、確かに……!
……ちょっと様子を見て、参加できそうなら、してみようかな……」
「まずは理解するところから始めないとなぁ」
「――それでは毎度恒例とはなりますが、公平を期すために、これから行われる『ガチャ』の説明をさせて頂きます。
ご利用は計画的に。皆さま、無理のない範囲でお楽しみください」
「あ、ちょうど良かったね。
リーダー、ちゃんと説明を聞いておきましょ」
「おう!」
その職員の説明は、とてもよく聞こえてきた。
大声を出しているというよりも、普通の声を大きくしているようだけど――多分あれは、拡声魔法というやつだろう。
「私どもの後ろ、皆様の前にあるこちらの装置ですが、これは錬金術で作られたものになります。
中には透明な玉が常時1000個入れられており、1個無くなるたびに1個が補充され、それと同時にシャッフルされます」
「はぁ……。
理屈は分からないけど、何だか無駄に高性能ね……」
マリモの言葉に、ついつい俺も頷いてしまう。
錬金術で作られたとは言え、きっとそれ以外の魔法も使われていることだろう。
「参加者の方には、この装置の取っ手をまわして頂きます。
そうしますと、取っ手の下の穴から玉が1つ出て来ますので、それを私どもにご提示ください。
中のプレートに記載されている武器やアクセサリと、この場で交換させて頂きます」
……すでにその説明は聞いたことがあるのだろう。
行列の人たちは皆、そわそわと話が終わるのを待っているようだった。
「……なるほど。
あの装置を使って、くじ引きみたいな感じで何かが手に入るんだな。
そのうちのひとつが、さっきの『スピードスター』の剣っていうことか……」
「つまり、ギャンブル……なんだな」
「何回もまわすことができれば、当たる確率も上がるだろうけど……。
一回いくらくらいなんだろう?」
俺たちの興味は、自然と金額の話に移っていた。
そんな中、施設の一番奥の方では一枚の大きなタペストリーが広げられた。
恐らくは当たるもののランクと、その下には金額が書かれているようだが――
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Sランク 1%
Aランク 4%
Bランク 15%
Cランク 30%
Dランク 50%
1回:金貨3枚
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「――うぉっ!?」
「高ぇ!?」
「金貨3枚!?」
「ふえぇ……」
……予想外の、思わぬ確率と金額。
金貨3枚なんて言ったら、頑張れば一か月を暮らせる金額だぞ……!?
「『スピードスター』の剣は、絶対にSランクだよな……。
当たるのが1%だから……、100回やるとしたら、金貨300枚か……」
「でも……あの装置の中には、玉が1000個入っているんですよね?」
メンヒルがふと呟いたその台詞に、俺は愕然とした。
もしかして、Sランクの中にも種類がある……のか……?
例えば母数を1000個だとすれば、その1%は10個だ。
10個すべてが『スピードスター』の剣だとすれば、その剣が当たる確率は1%。
しかし10個のうち1個だけが『スピードスター』の剣だとしたら……?
……そう考えると、もしかしたら金貨3000枚掛かる可能性がある……?
いや、でもそれはあくまでも確率だ。……運が良ければ、1回で当たるかもしれない……。
「……あ、あのさ。モノは相談なんだけど……」
「もしかして、やる気か……?」
「ダメダメ! 私たち、お金が無いんだから!」
「リーダー……。どうか、道を踏み外さないでください……」
俺の相談は陽の目を見ず、議題に上がることすら許されなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ガチャッ
「おめでとうございます!
Cランクのグレートランスです!」
――ガチャッ
「おめでとうございます!
Bランクのディザーウィップです!」
――ガチャッ
「おめでとうございます!
Dランクのアイアンソードです!」
俺たちの目の前で、行列の人たちが次々とガチャに挑戦していった。
ぱっと見、BランクやCランクの武器もそれなりに良くは見えるんだが、やっぱり目玉がずば抜けているからな。
比較的良いものが出ても、大体の人は落胆して行列から離れていっているようだった。
……ちなみにあの装置、取っ手をまわすと『ガチャッ』って音がするから、そのまま名前も『ガチャ』って言うのかなぁ……。
「うぅーん……。なかなかSランクは出ませんね。
そりゃそうか、1%ですもんね……」
――ガチャッ
「おめでとうございます!!
Sランクのブリリアントリングです!」
「っ!!!!
や、やったあああああああああ!!!!」
「おぉ……!?」
「当たったぞ……!? ……当たるんだな……。
でも、目玉では無いよな? どうせしょぼい効果なんだろ?」
「――こちらは魔女様の特別製!
なんと錬金効果で『美容効果+2%』が付いております!!
女性への贈り物にオススメですよ!!」
「や、やった!
これで嫁さんに顔向けできるッ!!」
当たった人は大喜びで、全員の祝福を浴び、それに応えていた。
しかしこれは、見ているだけでこちらも嬉しくなってしまう。
でも何だか、俺も当たりそうな気がするぞ? だって俺だし。絶対当たるだろ?
……いやいや、俺たちには金が無いんだ。
何を考えている。しっかりしろ、俺。
我慢、我慢だ。
「――……ねぇ、リーダー」
「うん? どうした?」
「……一人、一回くらいなら……良いんじゃない?」
「は?」
「美容……。美容……。
リーダー、私、アレ、欲しい……」
マリモとメンヒルの顔には、やたらと怪しい笑みが浮かんでいた。
……あれ? え? 俺たち、お金……無いんじゃなかったっけ……?




