482.あるリーダーの手記③
「――おいおい! 何だよこのメシはっ!!」
宿屋の食堂で、目の前のナガラが大きな声で言った。
……分かる、その気持ちは、凄く分かる。
「信じられなーいっ! めっちゃ美味しいじゃんっ!!」
「本当に……。あれ? ここ、普通の食堂ですよね……?」
ナガラもマリモもメンヒルも、出てきた料理を凄い勢いで食べ続けている。
かく言う俺も、正直手が止まらない状態だ。
王都の方ではやたらと高騰している野菜を始め、柔らかくてボリュームのある肉に、美味い酒。
特に酒は種類が豊富で、聞きなれない銘柄ばかりだ。
「あー、もう。肉が美味ぇ! 魚が美味ぇ! 野菜は……まぁ、美味ぇ!」
「野菜をあまり食べないナガラさんが……野菜を食べてますよ!?」
「この取り合わせが憎い!
野菜が舌をリセットして、どれだけでも食べられる!!
それにこれ、塩が上等なもんだぜ? 肉の味が凄い引き出されてる!!」
「いつになく饒舌だな……。
いや、褒めちぎりたくなるのも分かるが……」
正直、値段に対して料理の質が高すぎる。
それに宿屋の部屋も、小さいながら手入れが行き渡っていたし、風呂も全部屋にある。
王都を含めても、こんな街はあり得ないぞ……?
「そうそう、マリモちゃん。お風呂の石鹸、使ってみました!?」
「ああー、使った使った! 何であんなのが普通に置いてあるの!?
私、めちゃくちゃ使っちゃったよ!!」
「ですよねー! あれ、買ったら結構な値段するはずですよ!」
「も、持ってっちゃおうか……!?」
「こらこら……。備品は持っていかないようにって、最初に言われただろ……」
宿屋に入る際、とても丁寧な接客をされたのだが、そのときに注意事項としてひとつ言われたことがあった。
備品は自由に使っても良いが、持ち出しは厳禁。
それを破ったら、この街自体に出入りが禁止になる……という、かなり厳しいルールだった。
「……でも、石鹸くらい、良いんじゃね?」
俺の話を聞いているのかいないのか、ナガラがぶっちゃけてきた。
実際問題、そういう輩はたくさんいるからな。だからこそ、普通の宿屋では備品はあまり置いていないものなんだが。
「あのなぁ……。
もしこの街を追放されたら、もうここの飯は食えないぞ……?」
「なっ!!? そ、それはダメだ!
石鹸、持ち出しダメ! 良くない!!」
「あはは、そうだよね♪ 石鹸1個よりも、私はとりあえず、もっとこの街にいたいかなぁ」
「そうですよ! みんな、盗みはしちゃダメですからね!!」
……いつの間にか、俺たちの悪い企みは完全に消え失せていた。
やっぱり人間、清く正しく生きていかないとな。
俺たちはその後も、いつになく楽しい時間を過ごすことができた。
信頼する仲間に美味い酒と飯。
そして懐に優しい値段設定……!
この宿屋、只者じゃない。王都にも、こんな宿屋が欲しかったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――熱っちぃ!!」
次の日の朝、早くからやっていた露店で、ナガラが何か食べ物を買ってきた。
あまり熱くは見えなかったが、どうやらそんなことも無いらしい。
「見掛けよりも、熱そうですね……」
メンヒルはナガラの様子を見ながら、手元の丸い物体を小さな木の棒で突いていた。
その丸い物体は茶色く、静かな熱気を放ちながら、上に乗った茶色い何かをゆらゆらと揺らめかせている。
「……不思議な食べ物だね、この『たこ焼き』ってやつ……」
マリモはそう言ってから、たこ焼きを口に運び、そして目をキラキラさせた。
……喋れないのか? ナガラは慌てて水を飲んでいるところだし、きっと熱くて喋れないんだろうな。
「リーダーは食べないんですか? 美味しいですよ!」
少しずつほじくり返しながら食べるメンヒルが、俺にもたこ焼きを勧めてきた。
恐る恐る口に入れてみると、確かに熱い――が、とても美味かった。
屋台で出しているこんな不思議なものまでが美味いだなんて、海洋都市マーメイドサイド、恐るべし……!!
「そういえば、美味しいケーキ屋さんもあるみたいなの!
あまり大きな街じゃないけど、専門店があるなんて凄いよね!!」
「マリモちゃん、今度行ってみましょう!」
「うん! 楽しみだねっ!!」
「……ところでナガラ、何か良い情報は聞くことができたか?」
口の熱さをようやく克服したナガラに、気を逸らすように聞いてみる。
「そうだなぁ……。
この街には冒険者ギルドが無いから、依頼の受発注はポエール商会がやっている……とか?
そうそう、もうしばらくしたら収穫祭をやるっていう話も聞いてきたぞ」
「収穫祭か……。王都の方では、さっぱりだったからな……」
「今年も作物が良くできなかったからね……。
それに引き換え、この街の食糧事情ときたら……!」
「日持ちするものなら、王都で売れば大儲けできなくね?
なんで王都に売りに行かないんだろうな?」
「ナガラさん、この街は王国と反目していますから……」
「あ、そっか。それじゃ売りたくもないわなぁ」
……そうそう。この街の一番大きな不安点といえば、王国と反目しているところだ。
俺たちも鉱山都市ミラエルツから出るときに、街門の守衛からは散々注意されたからな。
辺境都市クレントスから海洋都市マーメイドサイドに掛けては、今は紛争地域の扱いがされている。
勝手に行く分は止めはしないが、仮にそこで戦禍に巻き込まれても、王国は何も援助をしてくれない。
自分で責任を持てるのであれば、勝手に行けば良い……って感じだったかな。
つまり俺たちも、この街には金儲けに来たとは言え、それなりの覚悟は持ってきているのだ。
「――ところでリーダーは、何か情報は持ってきたんですか?」
「んんー、そうだな。俺の方でも依頼の受発注のことは聞いてきたけど……。
ああ、そうそう。何だか武器が大量に運び込まれたとか、そんな噂を聞いたぞ」
「武器を大量に? ……もしかして、王国と戦争を始めるつもりなんじゃ……?」
「うーん、どうだろう……。
戦争と言えば、この街の自警団が凄いらしいぞ。
自警団を束ねているのは、あの子の仲間の……例の剣士なんだってさ」
「へぇ~……。武器に自警団に、そういうところに力を入れているんだね……。
何だかちょっと、不安になってきたかも……」
「王国と反目しているわけだからな……。
ま、俺たちはダンジョンに挑戦しながら、しばらく様子を見ることにしよう」
いつまでも観光気分でいても仕方がない。これからはしっかりと稼ぐ目処も立ていかないとな。
何せ、金もそんなに余っているというわけでも無いのだから……。
「ところでそのダンジョン……『水の迷宮』ですけど、どこにあるんですか?」
「えっと、この街を北西に出たところだな。
ダンジョンから流れる川が、この街の水路に合流しているらしいんだ。だから、その川を辿っていけば良いんだってさ」
「へー、ダンジョンの水を引いているんですか……」
「何だかそのダンジョン、凄く良い場所にできたよな。
もしかして、それもあの子の仕業だったり?」
「あはは、まさかー」
「だよなー」
……さすがに錬金術で神器を作れても、ダンジョンは無理だよな?
だって大きいし、錬金術師が穴を掘って作るわけにもいかないだろうし……。
俺たちはそんな話をしながら、街の北西を自然と目指していた。
もちろん行き先は『水の迷宮』だ。
まずは1階の様子を見て、傾向が分かったら改めて準備をして、下層を目指す。
今日は下層を目指す準備はしていないけど、それでも1階あたりは十分まわれるはずだ。
「――ん? 何だ、あれ?」
ふと、ナガラが遠くを見ながら呟いた。
同じ方向を見てみれば、確かに人だかりが出来ているようだった。
「そういえば、何かの施設があるんでしたっけ?」
「ああ、そんな話もあったな……」
その『施設』に近付くに連れて、たまに大きなどよめきが聞こえてきた。
思いのほか、たくさんの人が集まっているようだ。
「一体何の施設なんだろうな……。
ちょっとした行列になっているし……」
「ちょっと聞いてみよっか。
ねぇ、おじさーん♪」
「ん?」
マリモが最後尾の男性に、気軽に声を掛けていった。
ここら辺のアクティブな動きは、このパーティでもダントツのナンバー1だろう。
「ここ、何をする場所なの?
私たち、昨日きたばかりで何も分からないの」
「ああ、そうなんだ? 俺も1か月前から、コレにハマっちまってな!」
「コレ?」
「あ、そうか。初めてだったんだよな。
ここは魔女様が作った施設なんだが、とても素晴らしい武器やアクセサリが手に入る場所なんだよ」
「「武器!?」」
「「アクセサリ!?」」
俺とナガラ、マリモとメンヒルの声が被さった。
そしてその様子を見た男性が、誇らしげに言ってきた。
「――ここはガチャの殿堂。
魔女様と高名な鍛冶師が作り上げた、運命の出会いの場所なんだ……!」
ほう、ほう……!
それは凄い――
……って、うん?
そもそも『ガチャ』って何なんだ……?




