477.海底神殿③
「……このタコ、どうしましょ?」
ルークが軽く葬り去ったタコを眺めながら、何の気なしに聞いてみる。
今いるこの部屋は、今まで見てきた神殿の部屋の中でもかなり小さい方だ。
しかしそれでも、厳かな雰囲気がある。
そんな場所に、タコの亡骸を置き去りにするのは、いかがなものかと思ってしまったのだ。
「放っておけば?
もし気になるなら、帰り際に海まで持っていってやれば、魚たちの餌にはなるわよ」
「うーん、そうしよっかな……。
こんな場所、タコを食べる何かが来そうもないし」
運ぶだけなら私のアイテムボックスで余裕だから、とりあえずこのタコはさっさとしまって――っと。
「……アイナさんのそれ、あんな大きなものでも入っちゃうのね……。
何だかずるいわ」
マイヤさんがしきりに羨ましがるも、それは持っている本人もそう思っているところだ。
そもそも私のスキルは全部がずるいからね。錬金術スキル然り、鑑定スキル然り、収納スキル然り。
「――さて、改めて部屋を眺めてみると……何も無いですね。
マイヤさん、この前きたときは調べたの?」
「一通りは、一応ね。でも、何も無かったわよ?」
「それじゃ、さっさと次に行きますか」
隠し通路とか隠し部屋があったら面白そうだけど、こんな小さな神殿には無い方が多いだろう。
すでに調査済みということなら、ここは楽をさせてもらおうかな。
「それじゃエミリアさん、次の部屋に行きましょう。
ルークも一応、一緒に前に来てくれる? さすがにもういないとは思うけど、また何か敵がいたら嫌だし」
「かしこまりました。
それではアイナ様は一歩お下がりください」
ルークとエミリアさんを先頭に、その後ろに私とセミラミスさん、さらに後ろは人魚のみなさん。
そんな隊列で、私たちは神殿の3部屋目に進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3部屋目に入ると、奥にはエミリアさんの照明の魔法で照らされた、小さな祭壇がひとつだけ見えた。
……他には何も無い。
敵もいないし、部屋の装飾も慎ましい感じだ。
全員で祭壇に近付いていくと、その中心、少し浮いたところに青紫色の炎が静かに揺らめいていた。
「――炎?」
「そう見えるでしょう?
でもこれ、熱くも冷たくもないし、そもそも触れないのよ。
風を送っても全然動かないし」
「ふむ……」
ひとまずマイヤさんの言った通りのことをして確かめてみる。
近くに手をかざしても、熱さや冷たさは伝わってこない。
適当に紙を出して扇いでも、紙を触れさせても何も起こらない。
最後の最後、覚悟を決めて手で直接触れても、やっぱり何も起こらなかった。
「……アイナさん、何か分かりました?」
「分かりませんけど、思い出したことがひとつあります」
「思い出したこと?」
「それは一体――」
「……私、鑑定スキルを持ってましたね!」
「ぶはっ」
私のうっかりに、マイヤさんが噴き出した。
いやぁ、先にマイヤさんがいろいろ試してくれていたから、すっかり鑑定するのを忘れていたというか……。
「それではアイナ様。
鑑定をお願いいたします」
少しお間抜けな空気が流れる中、ルークが真面目な空気に戻してくれた。
やっぱり真面目な人が要所で発言すると、場がまとまることってあるよね。
「それじゃ早速、かんてーっ」
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【概念<水>】
水?
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「――……は?」
思わぬ鑑定結果に、私は変な声を出してしまった。
あっさりとした名前に比べて、そもそも説明文が酷い。
「水?」
鑑定結果のウィンドウを覗きながら、エミリアさんが説明文を読んだ。
この説明文、見る人がいないからって、適当に作ったような空気すら伝わってくる。
ちなみに詳しく鑑定してみても、これ以上の情報は何も出てこなかった。
「『水?』……って、何ですかね……?
鑑定スキルって、たまに全然情報をくれないことがあるんですよねぇ……」
「あ、あの……」
鑑定結果で盛り上がっているところへ、セミラミスさんが申し訳なさそうに入ってきた。
「もしかして、セミラミスさんは何かご存知なんですか?」
私の言葉に、その場の全員がセミラミスさんに注目する。
「ひ、はわわ……っ」
途端に目をぐるぐるさせ始めるセミラミスさん。
……ダメだ、これ。
セミラミスさんはこの人数の視線に耐えられないから――……申し訳ないけど、人魚の10人にはここから離れてもらうことにしよう。
「マイヤさん、あの――」
「察したわ。あとでいろいろ教えてね?
みんな、私たちは前の部屋に戻りましょ」
「「「はーい」」」
マイヤさんの言葉に、人魚の全員は渋ることなく、2部屋目に戻っていった。
何だかんだでこの10人、とってもまとまりが良い。1人でも欠けないように、私も彼女たちをしっかり護っていかないと。
「……セミラミスさん、これくらいの人数なら大丈夫ですか?」
この場所に残ったのは、私とルーク、エミリアさん。あとはセミラミスさんの合計4人。
これでダメだとなれば、私と二人で話すしか無くなってしまうけど……。
「だ、大丈夫です……。
本当に、すいません……」
「いえいえ、気にしないでください。
それより、何か知っていることがあれば教えてください」
「は、はい……。
あの、ここで言う『概念』……というのは、この世界……を作るための、法則のことだと思います……」
「法則……?」
「ルールや、定義……といった言葉で置き換えても、良いかもしれません……。
つまり『本来は見えるはずの無いもの』なんです……」
「んん……? な、なるほど……?」
……しかしそう考え始めると、『概念』という概念すら、よく分からなくなってくる。
私、地頭はそんなに良くないんだよね……。
「セミラミス様。それではこれが見えてしまう……ということは、おかしいことなのでしょうか」
私が頭をフル回転していると、エミリアさんがそんな質問を投げ掛けていた。
……そうそう、そもそも見えないものが見えてる時点でおかしいよね?
「はい、おかしい……と、思います……。
ただ、無くは無いこと……でも、あります。高位の創造術では、こういったものを扱うと聞いたことがありますので……」
「高位の……創造術?」
「錬金術とは違うんですか?」
「はい……。錬金術は、この世界に存在するものを扱います……。
でも創造術は、世界を創り出すために使うもの……なんです」
「ふむ……。世界を作り出すというなら、確かにどう作るか、法則が必要ですよね……」
「それこそ、まさに神の御業です……」
エミリアさんがしみじみと、深く頷きながら言った。
さすがにこのレベルの話、神様くらいしか扱うことはできないだろう。
グリゼルダと話している限り、竜王様たちだって、世界自体のことには踏み込んでなさそうだもんね。
「人間が使う錬金術に、神様が使う創造術……。
うぅーん、私も錬金術でいろいろできますけど、それでも作れないものがやっぱりあるんですね……」
「はい……。
ですので、この『概念』は、ここに残しておくしか……」
「ちなみに仮に持ち運べたら、世界の法則は乱れちゃったりするんですか?」
「いえ、それは大丈夫です……。
可視化されている以上、この世界の法則からは切り離されているはず……なので」
「なるほどー……」
……その後、アイテムボックスに入れてみようとしたが、当然のようにダメだった。
やっぱり高位のアイテムや神様レベルのモノって、収納スキルじゃ手に負えないよね。
しかし試してみたあと、ふと神剣アゼルラディアを作ったときのことを思い出した。
あのときも『光竜の魂』が持ち帰れなかったから、光竜王様の神殿で作らざるを得なかったんだけど――
「……アイナさん? どうかしましたか?」
「え?」
「アイナ様……。何だか、嬉しそう……ですけど……?」
「……いやいや、まさかー?
でも、もう少し調べていきたいので、隣の部屋で待っていてくれますか?」
「分かりました!」
「はい……」
「かしこまりました。お気を付けて」
私の言葉に、三人は2部屋目に戻っていった。
――……まずいまずい、ちょっとした『たくらみ』が顔に出てしまっていたようだ。
……そう、持ち帰れないものなら、それを素材にして、作ったものを持ち帰ってしまえば良い。
できるかは分からないけど、何を作れるのかは分からないけど、少しくらいは調べてみるのも良いだろう。
実は少し前、『概念』の名前を見ていたことがあったのだ。
そのときは神器を作ったときに使った、『宣言』のような言葉だと思っていたんだけど――
……上手くいけば、いろいろな問題が解決できるかもしれない。
きっとここに、この『概念』があったのも運命だ。
私は新しい運命を切り開いている最中なのだから、この運命だって、私の後押しをしてくれるものだろう。
……まぁ、私の勝手な思い込みなんだけどね。




