475.海底神殿①
次の日の朝、私たちは海底神殿に向かうことにした。
――海底神殿。
何だか大層立派な名前ではあるが、実際のところは3部屋程度の洞窟らしい。
海の底にある時点で、人間にとっては未知の領域なんだけどね。
「えぇっと……。人魚さんたちはいつも通り潜ってきてもらうとして……。
セミラミスさん、魔法をお願いするのは3人でも大丈夫ですか?」
「は、はい……。それくらいなら何とか……」
セミラミスさんは力弱く頷いた。
グリゼルダはその姿を、隣で生暖かく眺めている。
「……ま、妾は地上で待機しておるとしよう。
あまりたくさんの人数で行っても、セミラミスが緊張してしまうじゃろうしな」
「え? 来てくれないんですか?
何だかんだで、グリゼルダも詳しそうなのに」
「場所が場所だけにな、セミラミスの方が詳しいかもしれんぞ?」
「はわわ……」
グリゼルダの言葉に、セミラミスさんは目をまわし始めていた。
「ほらー。ハードルを上げるから、セミラミスさんがまた困っているじゃないですか」
「ここは荒治療じゃてな。
ずっと優しくしておったら、いつまでも治らんままじゃぞ?」
「そこは、その通りかもしれませんね」
「じゃろ?」
……セミラミスさんは少し可哀想だけど、グリゼルダの言っていることも分かる。
ここはひとまずグリゼルダの顔を立てておこう。セミラミスさん、頑張れ。
「――さて。
それじゃ結局、行くのは私とルーク、エミリアさん……かな?」
「私も行きたかったの……」
「ひっ……」
リリーの言葉に、セミラミスさんは顔を引きつらせた。
……セミラミスさん、リリーの気配に怖気づいちゃってるんだよね……。
私の仲間でなければ街から追放しているところだけど、まぁ仲間だからセーフということで。
いずれはきっと、慣れてくれるよね?
「それにしても海の中だなんて、とっても素敵ですよね!」
「修行のときによく潜ったものですが、今回はそれよりも深いのですよね。
緊張しますが、楽しみです」
エミリアさんとルークは、海に潜るのを楽しみにしているようだった。
私も楽しみではあるけど、途中で事故に遭ったら……と思うと、やはり恐怖心が勝ってしまう。
「一回魔法を発動してもらえば、多少のゆがみは私たちで補正できるから。
アイナさんたちはもう、大船に乗ったつもりで構えていてね」
「おお……。マイヤさん、格好良い……」
「へ? ……そ、そんなんじゃないわよっ!!」
ツンデレかな? ツンデレ格好良い!!!!
「ほれほれ。無駄話をしておらんで、そろそろ行かんか?」
「そ、そうですね。
それじゃグリゼルダとリリーはここで待っていてくださいね」
「おっけーじゃ」
「分かったの!」
「そ、それでは……準備はよろしいですか……?
もにょもにょ……。……アクア・ダイビング・フォーム……」
ぽよん♪
「お?」
「わぁっ」
「おお」
セミラミスさんが魔法を唱えると、私たちをシャボン玉のような大きな泡が包み込んだ。
4人が入ってもまだ余裕のある泡。中から外を眺めると、薄っすらと虹色の光が煌めいていて、とても綺麗だった。
「あの、中から針で刺したりしないでくださいね……」
「え? そ、それくらいで割れちゃうんですか!?」
「あ、すいません……。冗談……、です……。
……ごめんなさい……」
「えぇ……。ああ、いえ……?」
思いがけず出て来たセミラミスさんの冗談に、何だか微妙な空気になってしまった。
しかしセミラミスさんが冗談を言ってくるだなんて、少しくらいは馴染んだ証拠なのだろう。
……きっと。……多分?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちを包み込んだ大きな泡は、少しだけ浮いてから、そのまま海に入っていった。
海に入ってからも浮遊感は残り、足元はおぼつかない状態だ。
乗り物酔いをする人は、間違いなく酔ってしまいそうな感じ。
見た目はとってもファンタジーなのに、いざ中に入ってみると、何とも現実的な乗り心地である。
「アイナさん、大丈夫?」
海の中をゆっくり進んでいると、泡の外からマイヤさんが聞いてきた。
少し声は籠っているけど、案外普通に聞こえるものだ。
「大丈夫ー。こう見ると、やっぱり人魚さんは凄いね。
こんな海の中も自由に動けるし、それに陸でも動けるし」
「陸で動けるとは言っても、動きは遅いからね……?」
「あはは、それはまぁ仕方が無いよね」
「でも、そう考えると人間も良さそうよね。
こっちの世界に来てからいろいろ見てきたけど、脚があるっていうのもなかなか面白そう♪」
「面白い、かぁ……。
私も、人魚さんの尾びれを付けて泳げれば面白いかも?」
「ふふっ、何だかお互い様みたいな感じね♪
――っと、神殿はもう少し先なんだけど、そろそろ石碑が見えてきたわよ」
マイヤさんの視線の先、海底にはたくさんの石碑が見えてきた。
さすがにある程度深くまで来ると、辺りも薄暗くなってくる。
でもその分、海面を見上げれば光がキラキラと煌めいていて、とても幻想的だった。
――上は明るい自然、下は暗い人工物。
その対比が何とも、心に来るというか、見ているだけでよく分からない感動が込み上げてきてしまった。
「石碑っていうのも、凄い量あるんだね……。
私でも読めるかな?」
「ううん。人魚族の文字で書かれているから、きっと読めないと思うわ」
「むぅ、それは残念」
「あ……。私なら、多分……読めます……」
そう言ってきたのはセミラミスさんだった。
研究熱心な竜ではあるが、まさか人魚族の文字まで読めるとは。
……多分、あまりメジャーではない言語だよね?
「セミラミス様は凄いんですね。
まさか私たちの言葉も使えるだなんて!」
「いえいえ、それほどでも……」
マイヤさんの言葉に、セミラミスさんは顔を赤くしてしまった。
どうやら褒められるのも慣れていないようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あ、見えてきたわ!
ほら、あそこの……少し大きい石碑の奥のところ!」
マイヤさんが指し示す場所を見てみれば、海底に少し大きな穴が開いていた。
奥は周囲よりも一際薄暗くなっており、個人的にはあんなところに入っていくことが少し理解できないくらいだった。
やっぱり人間が来るような場所では無い……っていうのかな。
「よくもあんな場所、入っていけたよね……。
怖くなかった?」
「え? 別に?
……うーん、例えばアイナさんだって、夜中はそこら辺を普通に歩けるでしょ?」
「まぁ、はい?」
「私たちからしてみれば、夜中に水も無い陸地を歩きまわる方が不思議だよ?」
「……なるほど、よくは分からないけど、雰囲気は察した」
「ふふっ、そこら辺は種族で価値観が違うところだからね。
神殿の中では私たちがしっかり案内するから、安心して付いてきて!」
……さすがに仲間がいるとは言え、海中だなんて非日常的な場所では緊張してしまう。
今回は素直に、マイヤさんたちに頼って行くことにしよう。




