472.家庭教師さん①
「――それで、家庭教師って何なんですか?」
食べるものも食べ終え、あとはお茶を飲むだけ。
セミラミスさんの様子を眺めながら、私は聞いてみることにした。
「えっ……? あ、あの……。
グリゼルダ様……? アイナ様には何も……?」
「うむ、何も伝えておらんぞ」
「ひっ……」
セミラミスさんはおどおどした表情でグリゼルダの顔を窺った。
うぅーん。立場や格が違うのは分かったけど、何ともやり難いなぁ……。
でも実際、彼女たちの中ではこれは絶対に譲れないものなのだろう。
「もし説明し難ければ、グリゼルダの方からしてもらいますけど……」
「それでも良いんじゃが、セミラミスにも会話に慣れて欲しくてのう」
「説明してくれたら『竜の秘宝』を差し上げますよ」
「なんと!? ……仕方あるまい。妾が説明してやろう♪」
好物のお酒がもらえると聞いて、グリゼルダは上機嫌で意見を撤回してしまった。
しかし話の発端はグリゼルダのようだし、それこそ本人から説明するのが筋だと思うんだけど……。
「改めて紹介しよう。こやつは氷竜のセミラミスじゃ。
ここから東、海を挟んだ大陸に住んでおる」
「え? グリゼルダは一週間で、そんなところまで行ってきたんですか?」
「ふふふっ。たまには飛びたくなってのう。
妾の力も多少は戻ってきたから、ちょっぴり挑戦してみたんじゃよ」
「へー……。
船ではまだ誰も渡っていないのに、それを飛び越えて、空からかー……」
「おう、そう言えばそうじゃな。
ちなみに向こうの港町でも、この街のことは噂になっておったぞ?」
「あ、そうなんですか。
さすがにもう、何か月も経っていますしね」
「酒場で情報収集をしたところではな、やはり興味を持っている者がかなり多いようじゃったぞ。
しかし元締めが保守的――変化を嫌う人間のようでな。交渉で良い返事をしていないそうじゃ」
「確かポエールさんも、そんなことを言っていましたね……。
なるほど、それじゃその人をどうにかすれば、どうにかなるのかな」
「ま、必要があれば妾がまたひとっ飛びしてくるからな。
駄賃は必要になるが、気安く相談すると良いぞ♪」
「……高く付きそうですね」
とは言え、『竜の秘宝』の一本で済むとなれば、それはお安い話だ。
船で渡るともなれば人手もいるし、そもそも船がいるし――
……って、あれ?
「そういえば、向こう側には港町があるんですね?
こっちは全然、そんなのは無いのに」
「ああ、海の難所と言われていたのはこちら側が原因じゃったからな。
向こう側は、他の港町との交易が活発なんじゃよ」
「おぉー……。となると、最初のひと山さえ越えれば、この街にも一気に人が来そうですね!」
「うむ。……ただし、こちらから出すものがあればな。
ここには産業があるわけでもないし、人口もまだ少ない。それに、王国とも袂を別っておるからのう……」
「あー、それはポエールさんにも言われました。
それで結局、私が輸出用の何かを作ろうって話になっているんですよ」
「ほう、それは良いな。
『竜の秘宝』以外ならどんどん作ってしまっても良いぞ。ほれ、酒のレシピもいろいろと教えてやったじゃろ?」
「2、3は作ってみたんですけど、まだ本格的には作っていないんですよね……。
味の評価を聞いてみたいので、あとでグリゼルダに飲んでもらうことにしましょう」
「うほっ♪ さすがアイナは話が分かるのー♪」
「そんなわけで、まずはセミラミスさんの話からお願いします」
「おっと、そうじゃったな。
えぇっと、どこから話すべきか……」
「最初からで良いですよ? 今日はもうやることは無いし、夜まで語ってもらっても大丈夫です」
「いやいや、さすがにそんな長くは掛からんからな。
……まぁ簡単に言うと、アイナに強くなってもらおうかと思ってのう」
「え?」
「妾も最近、いろいろと忙しかったじゃろ?
……あまりアイナの相手もしてやれんかったし」
グリゼルダには人魚の島にいてもらっているから、会える時間は以前よりもかなり少なくなっている。
たまに会っても、楽しく過ごして終わることが多かったかな。
「そうですね……。
以前、変化の魔法も教えてくれるって言っていましたし、もしかしてそういうところからの家庭教師……ですか?」
「そこまで上位の魔法であれば、やはり妾が教えてやるんじゃがな。
ほれ、これからアイナがどうなっていくか分からんじゃろう? 今は仲間がおるから、平穏に過ごせてはいるのじゃが」
「そうですね……。
人生、上手くいく時期もあれば、悲惨な時期もありますし……」
「ひ、悲惨……っ」
私の口から出た否定的な単語に、セミラミスさんが速攻で反応した。
いやいや、そんなところは敏感でなくて良いですから。
「私もそれなりに強くなりましたけど、応用が利きませんからね。
射程が短いですし、あとは効果が偏っているというか……」
「そもそも相手を素材に見立てているわけじゃからのう。
そんなことをしてしまえば、その相手は死ぬしかあるまいて♪」
「ひ、ひぃ……っ」
「グリゼルダ? セミラミスさんが怖がっていますよ?」
「ふふっ。実際のところ、アイナの錬金術は凶悪じゃからな」
「錬金術以外では……私の場合は魔法、ですか。
氷と水の攻撃魔法に、あとは便利な魔法を少々……」
「そこなんじゃよ。その辺りの魔法が増えないから、少し量を増やそうと思ってのう」
「なるほど、セミラミスさんは魔法の先生なんですか!」
「うむ、アイナの魔法適性とも合っておるじゃろう?
ただ、そこまでの話であれば、セミラミスである必要は無いんじゃよ」
「ふむ? ……と、言いますと?」
「いや、他の者に教われば良いじゃろ?」
「え? ま、まぁそうですけど……」
……確かに魔法を教えてもらうのに、わざわざ氷竜を捕まえてくる必要は無い。
高位魔法まで教えてくれるのであれば、最初からずっと見てくれるのも効率的だとは思うけど――
「実はこやつな、ユニークスキルを持っておるんじゃよ」
「えっ、凄い!!」
その言葉に、私は強く反応してしまった。
ユニークスキルは私も持っているけど、それ以外で持ってる人を、私はシェリルさんしか知らない。
ちなみにシェリルさんは、私の想像だと『創造才覚<魔法>』のようなものを持っているはずなのだ。
「で、でもアイナ様は……5個も、持っているんですよね……?」
「セミラミスよ、こやつは規格外じゃぞ?
何せ絶対神アドラルーンの加護を受けているんじゃからな」
「ひ、ひぃっ」
「ほらほら。そういうことを言うと、また怖がられちゃうじゃないですか。
それでセミラミスさんのユニークスキルって、どんなのなんですか!?」
「あ、あの……。あんまり大したものでは無いんですけど……」
「まぁ、弱いがな」
「うぅ……」
セミラミスさんの控えめな言葉に、グリゼルダの容赦ない言葉が飛んだ。
グリゼルダ―。少しは空気を読んでくださーい。
「でも強い弱いで言ったら、私の『収納スキル拡張』だって弱いですよ?
スキルなんて使い方次第なんですから、もっと自信を持ってください!!」
「あ、ありがとうございます……。
アイナ様、一生付いていきます……」
「お、良かったのう。ドラゴンの仲間を獲得じゃ」
「えぇー……」
……仲間になってくれるのは嬉しいけど、何だか見せ場もなく仲間になっちゃったよ?
あれ? ドラゴンなんだよね? こんなに簡単に仲間になって良いの?
「さて、セミラミス。話を続けるのじゃ」
「は、はい……。
私のユニークスキルは……『魔法理論合成』というもので……。
あ、これは学術系のスキルなんですが……」
「……私の弱いところっぽい」
名前を聞いてもよく分からない。
ユニークスキルの名前って、分かりやすいのと分かり難いのがあるよね……。
「アイナは実践主義じゃからのう。
『魔法理論合成』はな、すでにある魔法系統の理論を掛け合わせて構築するスキルなんじゃよ。
まぁ、そもそも不可能なものは合成できないがな」
「へー。例えば火と水の魔法を合成する……みたいな感じですか?」
「うむ、大体はそんな感じじゃ。
それでな、『魔法理論合成』の優れたところは、片方が魔法であれば働いてくれるんじゃよ」
「へー? よく分からないですけど、凄い……んですか?」
「そっ、そうですよねっ、申し訳ありませんっ!?」
……おっとこれは失言だ。
セミラミスさんを凹ませてしまった……。
「ああ、すいません。そういうつもりでは無かったんですけど……!
あ、お菓子食べます?」
そう言いながら、アイテムボックスから『きんつば』を出してあげた。
凹んだときは甘いもの。これは、どこの世界でも共通なのだ。
「お、恐れいります……。
ああ、これはグリゼルダ様が延々と自慢していた逸品の……!!
――お、美味しいっ!!」
早速『きんつば』を口に運んだセミラミスさんは、目を輝かせて喜んだ。
……ドラゴンって餌付けするの、結構簡単そうだよね……。餌がいつも良すぎるのかな……。
「それでな、アイナの場合は――ほれ、錬金術があるじゃろ?
これをもう少し魔法体系化できないかと思ってな」
「ほえ……?」
グリゼルダの言葉に、私は意表を突かれてしまった。
錬金術と魔法? 何だか近いようで、近くないような感じだからなぁ……。
合成するって、一体どんなイメージなんだろう……。




