470.後処理②
――いかにヴィクトリア親衛隊を逃がすか。
彼らが私を攫おうとしていたことは、この街ではすでに周知の事実となっていた。
本来であれば、問答無用で追放や処罰の対象にはなるところなんだけど――
「……でも、一人がアイーシャさんの仲間……だからなぁ……」
拙者の人と話してから今日でもう6日目。
ヴィクトリア親衛隊の五人を逃がすことに決めてはいたものの、時間が経つほど逃がしにくくなってしまっていた。
下手に逃がしてしまえば私の沽券に関わるし、立ち上がって間も無い自警団にもケチが付いてしまう。
まったく、何もしないでいても、ヴィクトリアは私を苦しめてくれものだ。……本人は何も知らないはずだけど。
自警団の詰め所の近くでそんなことを考えていると、不意に懐かしい声が聞こえてきた。
「――アイナ! ここにおったか!」
「あ、グリゼルダ! お帰りなさい!!
そういえばそろそろ一週間でしたもんね」
「うむ、なかなか楽しい旅であったわ」
満足そうに微笑むグリゼルダの後ろには、一人の女性が付き従っていた。
綺麗な感じだけど、少し引っ込み思案そう――第一印象はそんな感じだった。
不思議な雰囲気も纏っており、普通の人では無いように感じられる。
「そちらの方は?」
「ふふふ。こやつをアイナに紹介したかったのじゃ。
ほれ、挨拶」
「は、ひゃいっ……!
私、セミラミスと申します……。あの、以後、お見知りおきを……」
「私はアイナ・バートランド・クリスティアです。
セミラミスさん、よろしくお願いしますね」
「はい……! お、お願いします……っ!」
……セミラミスさん、もっと自信を持っていたら、格好良くて素敵な感じなんだけどなぁ。
少しおどおどしているのは可愛いけど、できれば格好良い方向で統一して欲しかったかもしれない。
「それで、グリゼルダはセミラミスさんと、どういう関係なんですか?」
「ふふっ、それはまぁ酒でも飲みながら話すとしよう。
妾は久し振りに、『竜の秘宝』を飲みたいのう?」
「この前渡したばっかりじゃないですか!?」
「あれはもう、セミラミスと全部飲んでしまったわ♪」
……う、うーん?
本当に一体、どういう関係何だろう?
「ところで先にエミリアと会ってきたんじゃがな。
アイナが悩んでいるから、できれば助けになって欲しい……と言われてのう」
「あ、そうだったんですか。
えっと、実は一週間ほど悩んでいまして――」
ひとまず私は、グリゼルダに今までの話をすることにした。
ちなみにセミラミスさんはノートを取り出して、一生懸命メモを取り始めていた。
……あの、メモをするようなことでも無いんですけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ふむ」
一通り話を終えると、グリゼルダは一息ついた。
何かを考えている感じではあるが、しかし具体的な方法がすぐに出て来ることも無いだろう。
「せめて何か、突拍子の無いこととがが起きてくれれば良いんですけど……。
そうしたらそれに、強引に紐付けちゃうこともできますし」
「そうじゃのう……。
ところでその親衛隊とやらを逃がすとき、こちらには被害が出ても良いのか?」
「被害、ですか?
ここの人や人魚さんたちに危害が出なければ、まぁ……」
「それでは、詰め所の建物が少しくらい壊れても大丈夫かの?」
「それくらいなら、はい。
建築の職人さんは幸い、たくさんいますから」
「よし、決まりじゃ! ほれ、セミラミス。そういうことじゃぞーっ」
「えっ!? えぇ……っ!?」
グリゼルダの言葉に、セミラミスさんは慌ててしまった。
突然、何という無茶振りなのだろうか。
「アイナは一足先に、ルークに声を掛けてくるが良い。
出て来たときには驚くじゃろうな」
「……嫌な予感しかしないんですけど?」
「何の何の、騒ぎは起こしてやるから大丈夫じゃ。
ただルークに本気を出されると、ちと面倒なのでな。本気を出すなと最初に伝えておいてくれんか?」
「はぁ……?」
「ほれ、行った行った!
セミラミスは準備じゃぞっ!!」
「は、ひゃい……っ」
――何だかよく分からないけど、大丈夫かなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グリゼルダの話をそのまま伝えると、ルークも困惑してしまった。
何をやるかは分からない。しかし『突拍子も無いことを起こす』と宣言されてしまっては、困惑するのも無理はないというものだ。
「……何をやるんだろうね?」
「さ、さぁ……?
しかしグリゼルダ様の紹介の方であれば、間違ったことはしないでしょう」
「どうかなぁ……。
私から見ると、グリゼルダのキャラ的に――」
――ドズウゥウゥン……
「わっ!?」
突然、外から大きな揺れが響いてきた。
地震というよりも、何かが近くで落ちたような――そんな感じだ。
「外です! アイナ様はここにいてください!!」
「いやいや? 話の流れ的には、グリゼルダたちじゃないかな?」
「そ、そうですね!
それでは外に出ましょう!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ウゴァォオオォオオッ!!!!」
「へ?」
「……何と!」
私たちが詰め所の外に戻ると、そこではグリゼルダと、一匹の大きなドラゴンが戦っていた。
王都で会った光竜王様の身体よりも小さいが、しかし普通に大きいサイズだ。
高さは3メートルほど……といったところだろうか。
「グリゼルダ、このドラゴンは一体!?」
「おぉ、アイナかー。
うむ、突然襲ってきおってのー」
素早く鉄扇を操りながら、グリゼルダは気の抜けた感じで言ってきた。
な、何か油断してない? そりゃグリゼルダはもともと、竜の上位存在の光竜王様だったわけだけど――
「アイナ様、私も加勢しますっ!!」
「ウゴッ!?」
「……ん?」
ルークが神剣アゼルラディアを抜いた瞬間、目の前のドラゴンは怯んでしまった。
剣を抜くだけでこれなら、特に勝つのは難しくなさそうだ。
周囲を見れば、詰め所から自警団の面々が出てきており、それぞれが武器を構え始めている。
普通の人がドラゴンに対峙するだなんて危険だけど、ルークの指揮のもとで力を合わせれば――
「アイナよ、さっきの話――」
「ウゴオォオ……ッ」
周囲の面々を眺めてから、グリゼルダとドラゴンはこちらに目配せをした。
え? 『さっきの話』……?
――あれ? そもそもこのドラゴン、あまり戦う気配がしないかも……?
そう思った瞬間、ドラゴンは羽ばたき、力強く宙に浮いた。
翼から生み出される風が、周囲の人間たちを吹き飛ばしていく。
「待て!!」
ルークは神剣アゼルラディアを構え直し、ドラゴンに飛び掛かろうとしたが――
「ストップ! 多分あれ、違う!」
「え?」
私の言葉に、ルークの動きが止まった。
それを確認したあと、ドラゴンは少しだけ宙に浮かぶ高度を上げて――
……口から強烈な波動を噴き出した。




