467.雨の日、来客④
日が変わろうという時間に、ルークはようやく帰ってきた。
ずっと食堂で待っているのも暇だったから、ちょうどそのときは玄関をうろうろしていたんだけど――
「……アイナ様?
こんな時間に、どうされたのですか?」
「あ、お帰り!
面倒事を押し付けちゃったかなって、お詫びにお茶を用意して待ってたの」
「お詫びだなんて、そんな。アイナ様は被害者ですし、私は捕らえるのが仕事ですので」
「まぁまぁ、そう言っちゃえばそうなんだけどさ。
ちょっと良いこともあったから、少し付き合ってくれないかな?」
「分かりました。
では一旦、部屋に戻ってから――」
「うん、食堂まで来てね!」
「――かしこまりました」
ルークは軽く頭を下げると、そのまま階段を上って部屋へと戻っていった。
ちなみにこの新しいお屋敷、部屋数が一気に増えて、何と40室もあったりする。
以前は20部屋程度だったから、一気に2倍!
しかも今回は3階建て。
使っていない部屋は多いものの、今後仲間が増えていっても、ある程度までは泊まってもらうことができる。
それに合わせて、使用人の部屋や厨房も多く、大きく取っているのだ。
……改めて考えると、メイドさんの人数は足りているのかな。
世話をしてもらっている人数は変わっていないものの、部屋数が激増しちゃったからね……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせしました」
「いえいえ、全然ー。
それじゃ、お茶を入れるね」
「ありがとうございます」
食堂にルークが来たので、お茶の準備をしていく。
静まり返った空気の中、カチャカチャと擦れるカップの音が心地良い。
「――はい、どうぞ。お茶請けには『きんつば』をどうぞ」
「おお、こんなに良いものを……。
疲れたときには、やっぱり甘いものですね」
「だよねー。
それにしても今日は遅かったけど、どうしたの?」
「いえ、どうもこうも……。
その、ヴィクトリア親衛隊と名乗る方々ですが……目覚めるなり暴れだして……」
「……わぁ。縄は解いてあげてたんだねぇ……」
「はい。まさかあそこまで暴れるとは思ってもいませんでしたので……。
それに、暴言も酷かったんですよ」
「往生際が悪い……」
「私としては耐え難い内容が含まれておりましたので、ここはもう厳しくいこうと決めたんです」
「え? ……うん?」
「どうやらあちらも剣を使うようでしたので、せっかくなので、みんなの相手をしてもらいました」
「……へ? 相手?」
「ええ、せっかくなので、剣の相手を」
「は、はぁ……?」
「剣を渡してみたら、本気で撃ち込んできたんです。
こちらとしては、実践さながらの経験が出来たと思いますよ」
……話をまとめると、ヴィクトリア親衛隊の5人のうち、3人は気絶するまで足掻いていた……と。
ルークはこんな時間まで自警団の訓練に利用していたみたいだけど……これ、絶対私情が入ってるよね……。
何だかんだで、ルークにも怖い一面はあるのだ。
……大体は、私絡みなんだけど。
「えっと……。3人っていうのは、我の人と、某の人と、吾輩の人?」
「はい、ご明察です。
小生の方は、早々に気分を悪くしてダウンしていました」
「ああ……。あの人、最初から顔色が悪かったもんね。
それで、拙者の人は?」
「さりげなく、小生の方の看護をしていました。
看護しながら、口だけはいろいろ言っていましたけど……どうも本心では無いようでしたね」
「なるほど。
機会があれば、拙者の人とは話してみたいなぁ」
「ご希望でしたら調整しますよ。
他の四人に会うのは反対ですが、拙者の方なら問題無いとは思いますので。
……少し、不安なところはありますが」
「あはは。みんな特徴的な人だったからね。
それじゃ、明日にでも調整してもらおうかな」
「はい、かしこまりました。
状況によっては止めて頂くかもしれませんが、そこはご了承ください」
「うん、その判断は任せるよ。
別に私も、どうしてもってわけでもないから。
――さて、それじゃそろそろ、別の話をしよっか」
「1時間くらいしか取れませんが、よろしいですか?」
……そっか、夜ももう遅いもんね。
ルークも朝は早いし、1時間も取ってくれるだけでありがたいというものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、空は晴れ渡っていた。
地面は少し湿気てはいるけど、午後にもなれば全部乾いてしまうだろう。
「えーっと、今日は暇な人、います?」
朝食のとき、集まっていた人に聞いてみる。
「私、大丈夫ですよ!」
勢いよく手を挙げたのはエミリアさん。
孤児院の方は良いのかな? ……まぁ、その辺りは完全にエミリアさんに任せているから、ここは信じておくことにしよう。
「午前中に人魚の島に行きたいんですけど、一緒にどうですか?」
「あ、良いですね!
グレーゴルさんの様子も見に行かないと!」
「うん? エミリアちゃん、獣星がどうかしたのかい?」
「うふふ♪ 女性の色香に惑わされていないかなって♪」
「???」
エミリアさんの答えに、ジェラードはいまいち要領を得ていなかった。
昨日の話を聞いていなかったからね。それも仕方無いか。
ちなみにリリーはいつものお仕事、ジェラードはその付き添い。
……でも、ずっとリリーに『お仕事』をお願いしているのもキリが無いからなぁ。
何か代わりの方法は無いかな。錬金術で何かを作るとか……。
「――それじゃ、今日はエミリアさんと二人でお出掛けしてきますね」
「はい! アイナさんの護衛はお任せくださいっ!!」
……何だかんだで、エミリアさんも強いからね。
いざとなればエミリアさんには防御を固めてもらって、攻撃は私がすれば良いわけだし。
護ってもらうというよりも、パーティプレイ……みたいな感じなのかもしれない。
「それではアイナ様、お戻りの際は自警団の詰め所までお越しください。
午後であれば、何時でも構いませんので」
「うん、ありがとう。
無理しないで良いからね。あの人たち、行動が予測できないところもあるし」
「ははは、確かに」
「私もちょっと、その人たちのことが気になりますね……。
アイナさん、私も一緒に会ってみても良いですか?」
「えぇー……。
別に良いですけど、精神ダメージを受けても知りませんよ?」
「そ、そんなに凄い人たちなんですか……?」
「まぁそもそも、私を殺すだか、攫うだかをしようとしていた人たちですから……」
「そうでしたね。
アイナさんにそんなことをするだなんて、いっそもう――」
「殺しちゃう、とか言わないでくださいよ!?」
「――えぇ!? さ、さすがにそこまでは言いませんよ!
そんなこと、誰か言ったんですか?」
……はい。
そんなことを言った人が、この部屋にはいるんです。
怖いですね。ああ、怖い。
「――あ、でも。
アイナさんは殺されかけたんですよね? それなら――」
いやいや。エミリアさんにも何だか危険思想が出てきちゃったぞ?
……でもやっぱり私たちは、根元のところでは、そうなんだろうなぁ。




