465.雨の日、来客②
「――えっと……。
ヴィクトリアって、アルデンヌ伯爵の……娘さん?」
突然出てきた名前に驚きながらも、私は聞いてみることにした。
「そうとも! 貴様を殺して、ヴィクトリア様の恨みを晴らすのだッ!!」
「恨みって……。
そんなもの、こっちこそ持ってるんですけど?」
何しろ私はこの世界に来て早々、ヴィクトリアに殺され掛けているのだ。
むしろ生きていることの方が不思議なくらい、無慈悲に、冷酷に。
「あんなお優しい方に恨みを持っているだと……!?
某たちには分かる! お主がすべて悪いのだ、とッ!!」
……あ、もう話す余地、無いわ。
世界のすべての人間がまともな思考を持っているということはない。
中にはこうして、どうしても理解できない人間というのも存在するのだ。
「それで、その親衛隊が私に、何の御用ですか?
ここにはヴィクトリアはいませんよ?」
「拙者、冷えてきたでござる。タオルを貸して下さらんか?」
……拙者の人は何だかマイペースだ。
この人からはあまり敵意を感じられないので、とりあえずアイテムボックスからタオルを出して渡してあげた。
「かーっ! ヴィクトリア様は貴様が幽閉しておるのだろう!?
クレントスのアイーシャにさっさと連絡して、幽閉を解いて差し上げるのだ!!」
……そう言えばヴィクトリアって、まだクレントスで幽閉されていたんだっけ。
クレントスに戻って以来、結局まだ会っていないし、完全に記憶から抜け落ちてしまっていた……。
でも――
「そんなこと、アイーシャさんに言ってくださいよ……」
今から直接アイーシャさんのところに行かれても困るけど、それにしても何で私の方に来るのかな?
クレントスからはもう引っ越してきたわけだし、本気で無関係だと思うんだけど……。
「ふぅ……。アイーシャにはずっと要請していて……しかし、なかなか首を縦に振らない……。
従って、小生たちは別の行動に出ることにしたのだ……」
代わる代わる私と話していく5人組。
こういう形態だと、誰がリーダーなのかがいまいち分からない。
それを狙ってやっているのか、ただの天然なのか。
「……それで、私のお店に来ることが『行動』なんですか?」
「ふんっ、まだ余裕をかましているのか。
なかなか鈍いのだな! くぁーっはっはっは!!」
我の人が手を挙げると、他の四人は私のまわりをぐるっと取り囲むように陣取った。
……うわぁ。これではお店の奥に逃げるわけにもいかなさそうだ。
「大声を出すんじゃないぞ? 出した瞬間、首を刎ねるからな!」
そう言いながら、某の人が剣を抜き放った。
他の四人は抜いていないから、まだ殺しはせず、きっと捕らえておきたい……というところなのだろう。
「はぁ……。
こんなことをして、タダでは済みませんからね? 念のため聞いておきますけど、私の方に付く人はいませんか?」
「吾輩たちを愚弄するな!
誰がお前なんぞにっ!!」
「小生、そんなくだらない提案を聞いたのは久し振りだ……。愚問、あまりにも愚問……ッ!」
……まぁ、そうだよね。
剣術を扱う大きな男性が5人に対して、特に強そうでもないただの女の子が1人。
普通に考えれば、このまま攫われてしまうわけだけど――
……でも私、普通の錬金術師じゃないからね?
神器の魔女――そんなふたつ名を名乗っているくらいなのだから。
バチッ
「……ッ!!?」
「……ッ!!?」
「……ッ!!!」
「……ッ!!?」
「……ッ!!?」
ドサッ ドササッ
――錬金術の音が軽く響いたあと、ヴィクトリア親衛隊の五人は次々と倒れた。
残念ながら、五人が立っていたのは私の側。つまり錬金術の射程内。
以前ディートヘルムを倒したときと同じように、空気の成分を調整して、酸欠にさせて頂いた。
いくら強くても、人間という前提なのであれば、この技から逃げることはできないのだ。
……あんまり使いたくは無いんだけどね。
私も息を止めていないといけないし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひとまずロープでぐるぐる巻きにしてから、誰か助けを呼ぶことにした。
このお店の裏手には私のお屋敷があるけど、誰かを呼んでくるには少し距離がある。
できるだけ早く誰かに知らせたいから――隣のアドルフさんを呼ぼうかな?
5人組の様子を窺いながらアドルフさんのお店に行くと、どうやら不在のようだった。
……またポエール商会の拠点に言っているのだろうか。まったく、頼りにならないお隣さんだ。
アドルフさんのお店からの帰り道、ほんの僅かな時間ではあったが、時計職人のエバンスさんが声を掛けてきてくれた。
物音がしたようだったから、心配で外まで出てきたんだって。
……何せ扉が蹴破られたからね。きっとそれなりに、音がしていたのだろう。
エバンスさんは状況を察してくれて、私のお屋敷に誰かを呼びに行ってくれた。
とっても頼りになるご近所さんだ。誰かさんとは違うね、誰かさんとは。
「――アイナちゃん、大丈夫!?」
しばらくすると、ジェラードが駆けつけてきてくれた。
「あ、ジェラードさん。わざわざすいません」
「僕は大丈夫だよ!
それよりも、コイツらは一体?」
「クレントスの貴族、ヴィクトリアっていう女性の親衛隊だそうです」
「……はぁ? 何でそんな人たちがアイナちゃんを襲うの?」
「あー……。ジェラードさんにはお話していませんでしたっけ。
その女性も錬金術師で、私と因縁があるんですよ」
「そ、そうなんだ……!
ひとまず僕はエバンスさんって人を残して、急いで来たんだけど……。
あとでルーク君も来ると思うから、安心してね!」
「お、大事になっちゃいますね!? ……まぁ、大事……か」
「もちろんだよ!!
……ルーク君の場合は先に言っておかないと、あとで怒り狂いそうっていうのもあるんだけど」
「あはは、確かに……」
「それにしても正面切ってアイナちゃんとやりあうだなんてねぇ……。
まったく、おバカな連中だよ。殺しちゃう?」
「そうですね――……って、さらっと凄いことを言いましたね!?」
「だって、万死に値するでしょ?」
「まぁ、気持ちは分かりますけど。
でもせっかくだし、ヴィクトリアもそろそろどうにかしたくなりました。
ここまでされたんだから、話のきっかけにはなるでしょうし」
「それじゃ、殺すのはもう少しあとにするか……」
「ジェラードさん? 今日は言動が穏やかじゃないですよ!?」
さすがにたくさんの生死を見てきた人だろうけど、それにしても物騒な物言いが多い。
……私が絡んでいるからかなぁ、やっぱり。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから30分ほどもすると、ルークが30人くらいの人を連れてやってきた。
その人たちはルークが修行を付けている人たちで、この街を護ってくれる、自警団の候補生たちだ。
「アイナ様、ご無事ですか!!?」
「大丈夫ー。
……って、ずいぶんたくさん連れてきてくれたんだね!?」
「暴徒が5人もいると聞きましたので!
それで、不届き者たちはそこで縛られている5人……ということでよろしいですか?」
「うん。ディートヘルムと同じ感じで倒しておいたから」
「え……。英雄、ディートヘルムを……?
「あの噂は本当だったのか……」
「神器の魔女様が、ひとりで5人も……?」
「す、すごい……」
「かっこいい……!」
私の言葉を聞いて、思いがけず反応をくれたのは自警団の候補生たちだった。
まぁここはドヤっておくことにしよう。ドヤァ……!
「……で、しばらく目は覚まさないと思うからさ、連れていってくれない?
あとはお店の扉も壊されちゃったから、ポエール商会に連絡をして欲しいな」
「かしこまりました。すべて私の方で対応いたしましょう。
ジェラードさんは、引き続きアイナ様の護衛をお願いいたします」
「おっけー、了解!」
「よし、みんな。そいつらを運ぶのを手伝ってくれ。
戻ったあとは、拷問と尋問の仕方をたくさん勉強するぞ!」
「――へ?」
「アイナ様はご心配なく。
すべてこちらで処理をしておきますので」
……おおぉ!? ジェラードに続いて、ルークも何だか物騒だぞ!?
私としてはまだ、もう少し話を聞きたい気持ちもあるし、それに――
「えっと、その人たち、一人称が独特なんだけどね?
一人称が『拙者』の人は、私を襲うのにあまり乗り気じゃなかったかもしれないの。
だから、少しは手加減してあげて。ね?」
ずっと5人、決まった並び順で話していたにも関わらず、『私の方に付く人はいませんか?』という私の質問のとき、拙者の人は順番を飛ばされてしまっていた。
ただの勘なんだけど、もしかしたら普通に話すことは可能なのではないだろうか。
……他の四人についてはもう、何だか絶望的な感じだったし。
「そちらも承知しました。
アイナ様は安心して、いつもの生活にお戻りください。
――よし、みんな! 行くぞっ!!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
ルークの言葉に、自警団の候補生は大きく返事をした。
何だか上手く統率が取れているなぁ。
今後の成長に、私も期待しておくことにしよう。




