461.新しい日々②
昼食後、私とエミリアさんは浜辺に向かった。
そこはかつて、英雄シルヴェスターと戦った場所。
しかしそこには、あのときとは明確に違うものがあった。
――島。
そう。人魚たちが暮らしていた別世界の島が、こちらの世界にやってきてしまっていたのだ。
そもそも、この世界と人魚の世界が『統合』されたわけだから、人魚の世界のものがすべて無くなる……というわけでも無いんだよね。
ちなみに『島』とは言っても、完全にこちらの陸と離れているわけではない。
ちょっとした仕掛けを施してはいるが、以前『海鳴りの竪琴』を弾いた洞窟の近くを経由すれば、歩いていけたりもするのだ。
「アイナさーんっ! エミリアさーんっ!」
不意に、私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方を見てみれば、島の端で両手を大きく振っている人魚の女性がひとり。
「こんにちはーっ。
そちらに行きたいんですけど、大丈夫ですかー?」
「はい! 少々お待ちください!」
そう言うと、その女性は手にした竪琴を弾き始めた。
美しい旋律を紡ぎ出すその竪琴は――
「……『海鳴りの竪琴』。いつ聴いても、やっぱり見事な音色ですよねぇ。
私が弾いたときとはまるで違いますし……」
「いやいや。アイナさんの演奏も、なかなか(ごにょごにょ)でしたよ!」
「なかなか……、何ですか!?」
「なかなか(ごにょごにょ)でした!」
……くっ。
これはさっき、『エミリア2世』でエミリアさんをいじったことへの報復かな!?
そんなどうでもいいやり取りをしていると、島に繋がる道が海から姿を現した。
実はグリゼルダの協力を得て、人魚たちの住む島を海流で隔離して、行き来をするときには『海鳴りの竪琴』を使うようにしたのだ。
『海鳴りの竪琴』を弾けば、島に繋がる道が開ける――ってね。
何でこんなことをしたかと言えば……、それっぽいから!!
人魚という伝説のような種族に、伝説のような設定を組み入れる。
それによって、この『人魚の住む島』にファンタジーな付加価値を付けることができたのだ。
海流で島を隔離すれば、人魚たちを攫おうとする輩への対応策にもなるしね。
将来的には、ちょっとした観光地……のようなものにするかもしれない。
……そうなったら見世物のような形になってしまうから、この辺りはあとで、人魚たちと要調整かな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人魚の島に渡ってから少し歩くと、浜辺を歩いているグリゼルダを見つけた。
「おお、アイナ! ちょうど良かった!」
「え? 急に何ですか?」
挨拶も無く、突然明るい声で話し掛けてくるグリゼルダ。
「うむ、お主に渡したいものがあってな。
いやぁ、なかなか集めるのに苦労したものじゃ」
「はぁ……。えーっと、何かくれるんですか?」
「ふふふ、そのつもりなんじゃがな。
しかし、タダでは嫌じゃのー」
「『竜の秘宝』を差し上げましょう」
「ぬぉ!!?
も、物分かりが良すぎないか!?」
「いえいえ。いつもお世話になっていますから」
……その言葉は嘘では無く、そもそも今日はお酒の差し入れをしようと持ってきていたのだ。
タダであげようとしていたのだから、むしろ何かくれるのであれば、私としては儲けものだ。
「ふむ……、明日は雨が降らないと良いがのう……。
まぁ良いわ。これじゃ、これ♪」
そう言うと、グリゼルダは着物の裾から小さな瓶を取り出した。
中には水色の綺麗な欠片がたくさん詰め込まれている。
「んん……? これは……石、ですか?」
「ふふふ。聞いて驚け!
これはダンジョン・コアの欠片なんじゃ!!」
「……ほぇ?」
突然、予想もしていなかった言葉が飛び出してきた。
……また何で、急にそんなものが……?
「ほれ、シルヴェスターと戦ったときに――どのタイミングだったかのう。
ルークの技が当たって、鎧を砕いたときがあったんじゃよ」
「そういえば……はい。確か、あった……ような?」
「でな、そのときにあやつが持っていたダンジョン・コアが一緒に砕けていたようでのう」
「……っていうと? もしかしてそれ、『螺旋の迷宮』のダンジョン・コアですか?」
「その通りじゃ。
それでな、戦闘のあった砂浜で拾って集めたってわけよ」
「えぇ、そんなことをしてたんですか……」
「朝は暇なものでのう。
……まぁ、昼も暇なんじゃが」
「あはは……。
でも、グリゼルダが暇っていうのは良いことですよね」
ちなみにグリゼルダに任せた仕事というのは、この島と人魚たちの警護だ。
海流で入れないようにしているとはいえ、絶対に入れないというわけでも無い。
人魚を捕獲しに来るような人間を撃退してもらうため、グリゼルダにはずっとこの島に残ってもらっているのだ。
たまには交代して、街の方に遊びに行ってもらったりはしているけどね。
「――まぁ、それはそれとして!
早速『竜の秘宝』と交換じゃな!」
「分かりました。
……それにしてもこんな細かい欠片、良く集めましたね」
「うむ。一部は浜辺では見つからなかったんじゃがな。
検知の魔法を使って、人魚たちにも手伝ってもらったんじゃよ」
「あー、やっぱり海の方に流れていっちゃいますよね」
「まぁなぁ……。
さすがに100%集まったとは言えんが、それでも直すには十分じゃろ」
「……え?
これ、直せる……ん、ですか?」
「……多分?」
私の言葉に、グリゼルダは疑問符を付けて返してくれた。
多分できるだろうけど、確証は無い……という感じか。
「うーん、分かりました。
それじゃ、あとで調べておきますね」
「仮に直せたとしても、そのまま『螺旋の迷宮』にはならんとは思うがの。
まぁ、あとは任せたわ。ささ、『竜の秘宝』をおくれ♪」
目をキラキラさせるグリゼルダに酒瓶を渡し、それと引き換える形で欠片の入った瓶を受け取る。
……こうして見ると、ただの水色の、透明な結晶なんだよなぁ……。
「丸々一本差し上げますけど、飲み過ぎには注意してくださいね?
眠っている間におかしな人間が来ないとも限りませんから」
「そう思うなら、もう1人くらいは誰か欲しいのう。
一応、妾が眠っているときは人魚にも番を頼んでおるんじゃよ?」
「んー……。
それじゃもう少し、シフトみたいな感じにしますか。
信用できて強い人……というと、グレーゴルさんとか?」
「おお、獣星のヤツか。なかなか良い人選じゃな!」
「今は街の警備と、物資の運搬とかをやってもらっています。
仕事の無いときは、獣魔の育成をしているみたいですね」
「ふむふむ、良い心掛けじゃて。それでは調整をしておいてくれぬか?
妾もたまには、ぱーっと何日か出掛けたいんじゃよな」
「あれ? 街から離れる感じですか?」
「街の方は少しくらい妾がおらんでもどうにでもなろう?
そもそもルークがおるんじゃから、この島の方を注意しておけば良いくらいじゃろ」
「そうですね……。
それじゃ話を通しておきます。1週間くらいで大丈夫ですか?」
「十分じゃな!
いつからというのは任せるから、良い感じに調整しておいておくれ」
「分かりました。他は誰にお願いしようかな……。
ところでマイヤさんは、今日はいないんですか?」
「うむ、調査に出掛けておるぞ。
海底に洞窟のようなものを見つけたと言っておってのう」
「洞窟……? もしかして、『螺旋の迷宮』の名残?」
「いや、それとは違うようじゃな。
さすがに人間どもの来られない場所じゃから、今回は人魚たちだけで行ってもらっておる。
危なければすぐに戻ってくるように言っておるから、安心するが良いぞ」
「ふーん……?」
……思い掛けなく手に入った、ダンジョン・コアの欠片。
それに、海底の洞窟。おまけに、グリゼルダの1週間の外出。
ここからまた物語は急展開を見せる――
……のかな? いや、見せないかな?
うーん、どうだろう……。




