460.新しい日々①
――あれから数か月が経った。
私たちは全員、辺境都市クレントスから、海洋都市マーメイドサイドに引っ越しを済ませていた。
……うん。
結局私の街の名前は、ひとまず『海洋都市マーメイドサイド』になっていた。
意味はそのまま、『人魚の側』。
分かりやすく、印象も強い。
何て言うのかな、伝説を背負っているというか――
何だかんだで、私には悪いイメージも多いから、少しくらいは払拭をしようっていうか――
……まぁ本音を言うと、最後の最後まで良い案が閃かなかっただけなんだけど……。
加えて、まだ『都市』なんて規模じゃないんだけど……。
「おや、アイナさん。お散歩ですか?」
私がお店を出ると、しばらくしたところで声を掛けられた。
声の主は、白髪の男性――時計職人のエバンスさん。
……そう! この世界にはまだまだ少ない、時計職人!
大きな時計も作っているのだけど、今は小さな時計に注力している。
以前私と話したときに、つい元の世界の腕時計の話をしてしまったんだけど、それから腕時計の開発に専念しているようだ。
アドルフさんとの相性も良いみたいだし、職人通りの三人目のメンバーっていう感じかな。
「こんにちは。今日は天気も良いので、少し歩いてまわろうかなって。
今は素材を取り寄せているところだから、しばらく時間があるんですよ」
「はは、それは良いですね。
アイナさんも最近はお忙しいようですし、時間のあるときはしっかり休んでおかないと」
「はい、それでは行ってきますね」
「お気を付けて!」
……やっぱりコミュニケーションの基本は挨拶だ。
エバンスさんと言葉を交わすのは気持ちが良い。私もああいう人を目指していきたいものかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
街の様子を眺めながら、のんびりと歩いていく。
私のお店とお屋敷が出来てからは、街のいたるところで開発が進むようになった。
若干の見切り発車ではあったものの、ポエール商会の宣伝もあり、今は順調に人口を増やしているところだ。
ちなみに街に移住するための条件――リリーの気配に耐えられることは、今なお継続中になっている。
こればかりは、どうしても譲れないからね。
そして、私のお店も一部で大繁盛!
……あんまりたくさんのお客さんは捌けないから、今はポエール商会の仲介があった仕事だけ受けている状態だ。
そのおかげで、優良な依頼主ばかりなのが本当にありがたい。
私のお店の噂も良い感じで広まり、それに連れて、富豪層からこの街への投資も増えているようだ。
未だにヴェルダクレス王国とは反目しているから、貴族や王族の投資は無いんだけど――
……まぁ、富豪層だって裏金をまわしてくれているって感じだし……?
先日アイーシャさんに会ったときは、早く国として名乗りを上げて、国境を引くことを勧められてしまった。
その際、アイーシャさんはこちらの国に入ることを希望していた。
名前は『衛星都市クレントス』にしたいんだって。……でも実際のところ、まだここは首都を名乗るような場所でも無いからなぁ……。
「あ! アイナさーんっ!!」
「エミリアさん! こんなところで、どうしたんですか?」
「そろそろアイナさんが出てくるかなーって、うろちょろしてました!」
「えぇ……。それならお店の方に来てくださいよ……」
「お仕事の邪魔になるかなって。
ところで今日は、もうおしまいですか?」
「朝も話しましたけど、素材が無いんですよー。
だからもう、おしまいでも大丈夫です」
「最近アイナさん、ずっとお忙しかったですもんね。
それじゃお弁当でも持って、ルークさんのところにでも行きませんか?」
「あ、良いですね。少し様子を見にいきましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お昼過ぎ、私とエミリアさんはルークのいる場所を訪れた。
そこには多くの人々が集まり、並び、剣を振るっている。
人数は100人くらいかな?
ルークにはその人たちに、剣の指導をしてもらっているのだ。
「――アイナ様!」
休憩に入るや否や、ルークが私に声を掛けてきた。
「お弁当持ってきたよー。
どう? 順調?」
「はい、みなさん真面目にやって頂けていますので。
早くひと段落させて、私もアイナ様のところに戻りたいものです」
「あはは……。あまり慌てなくても良いからね?
ルークの指導、結構評判が良いし」
私と離れることになるから、当初はこの指導の話もルークには固辞されていた。
しかし結局のところ、街の防衛も考えなければいけないわけで――
剣の指導をすること、イコール、私を護ること。……そんな風に言い聞かせて、何とかやってもらうことになったのだ。
ちなみにルークは土木の職人さんに目撃されていたおかげで、『英雄シルヴェスターと渡り合った剣士』として認知されていた。
英雄ディートヘルムに続いて、英雄シルヴェスターとまで――
……さすがにその話題性は大きく、ルークと会うためにこの街に来る人間もいるほどだった。
そして今、そういう人を束ねて、この街を護る兵士を育成しているのだ。
……一回、冒険者ギルドからの使者も来たんだよね。
英雄シルヴェスターが死んで、空いたS+ランクの席に座らないか……って。
でもルークはそれを固辞していた。
すでに彼の中では、冒険者ランクはどうでも良い存在になってしまっていたようだ。
……その結果、ルークの神秘性を後押しするという皮肉な結果になってしまったんだけど……。
「ルークは順調だよねー。
私もそれなりに順調だし……。ところで、エミリアさんの方はどうですか?」
「むぐっ!?」
突然振られて、パンをかじっていたエミリアさんは咳込んでしまった。
「ああ、すいません……。
ほら、最近は孤児院の建設を頑張っているじゃないですか。そっちはどうかなって」
「えぇっと、やんちゃな子が多いですけど、大丈夫ですよ!
まだ建物を作ってる最中なのに、みんな手伝ってくれて。
アイナさんにもまた来て欲しいって言ってましたよー」
「それじゃ、エミリアさん。引き続き頑張ってください」
「えぇー。たまには遊びに来ませんか?」
「嫌ですよー。あそこの子たち、やんちゃなんですもん」
「そこはほら、あれですよ。好きな女の子に悪戯をするってやつ!
私なんて、毎日髪を引っ張られて困ってるんですよ!?」
「その子供、滅ぼしてしまいましょうか」
「アイナさん! ダークなオーラが出てますっ!!」
「おっと、危ない……。
まぁ、孤児院の方はあれです。私は金銭的な援助だけということで」
「いえ、それも実際助かっているんですけどね。
食べ盛りの子が多いですし」
「エミリア2世の誕生も間もなくですね!」
「そんなの育ててませんからっ!!」
――何とも平和な会話だ。
私がこの世界に来て、初めて会った2人の仲間。
何だかんだで、この顔触れが一番落ち付くというのは正直ある。
昔ながらの友達というか、心を許せる特別な人――そんな感じかな。
リリーは別の意味で特別だから、この二人とはやっぱり違うんだよね。
どっちが良い悪いではなくて、どっちも大切な存在だ。
「――さて、と。
ルークは少し休んだ方が良いよね?」
「そうですね。午後も気合いを入れるため、そろそろ戻ることにします。
お弁当、ありがとうございました」
「また今度、一緒に食べようね。
それじゃエミリアさん、私たちは行きますか」
「はーい。今度はどこに行きます?」
「そうですね……。
たまにはグリゼルダのところに行きましょう。そろそろお酒も差し入れないと、拗ねちゃいそうですし」
「あはは。グリゼルダ様にも、頑張ってもらっていますからね」
「まぁ、ほとんどが暇な時間みたいですけどね」
――私たちは新しい街で、それぞれが何らかの担当……というか、やることを見つけていた。
グリゼルダも例外ではなく、あることをお願いしていたのだ。
その仕事は暇な時間が多いから、私はちょこちょこと見に行くことを心掛けていた。
前世は光竜王様だから、暇な時間は慣れているはずなんだけど、ね。




