457.背神の英雄⑩
「――うわっ!?」
ルークと一緒にリリーの手を握ると、周囲の景色が突然、大きく歪んだ。
そしてそのまま光が消え失せ、一瞬後には見知らぬ場所へと誘われていた。
「着いたの!」
「えーっと、ここは……?」
改めて辺りを見てみれば、そこは洞窟のような場所だ。
……というか、この場所には見覚えがある……。
「私のおうちなの!
えへへ、いらっしゃいませなの!」
……ですよねー。
ここは『疫病の迷宮』。
私がリリーと再会した最下層とは印象が違うけど、そういえば、一瞬だけいた1階と景色がほとんど同じだ。
『疫病の迷宮』にはどこからでも繋げられるって聞いていたけど、つまりはこういうことなのか。
「――って!?
疫病の薬、飲んでおかないと!!」
「た、確かに!」
私の言葉に、ルークも慌てた。
疫病にはお互い嫌な記憶がある。ガルーナ村でも散々な目に遭ってきたのだから。
「んー……。
一応、そういうのは出さないようにしてるの。
でもあとで――……うぅん、でもお薬は飲んでおいた方が良いと思うの」
「え? あとで?」
「またあとで、お話するの!」
少し言い淀んだリリーに疑問を持ちつつ、私は薬を作ってルークに渡した。
そのあともうひとつ作って自分でも飲む。
「そういえば疫病の薬の素材も、もうほとんど無いんだよね……。
『ダンジョン・コア<疫病の迷宮>』はもう無いし――」
「私じゃダメなの?」
「え?」
「多分、ママの力になることはできるの!」
自信たっぷりに言うリリー。
このときは分からなかったけど、あとあと調べてみたら、リリーを『媒介』にすることで素材扱いにするのは可能のようだった。
つまりリリーに手伝ってもらえば、疫病関連の素材の心配は無い……と。
「ま、まぁそれはそれとして――
……それで、マイヤさんたちはどこなのかな?」
「うん、ずっと向こうにいるの!
本当なら外に出してあげたかったんだけど、私にはできなかったの……」
「そうなんだ?」
「とりあえず行ってみるの!」
「分かった、行こう!」
「はい! リリーちゃん、案内を頼む!」
「なの!!」
私たちはリリーの案内で、迷宮の奥へと走って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――うわっ!?」
リリーのあとを走っていくと、突然目の前が明るくなった。
……痛い。暗いところから明るいところに突然入った、あの特有の痛み――
「アイナ様、大丈夫ですか!?」
「う、うん……。ルークは大丈夫?」
いまいち見えないが、ルークの声がした方に話し掛けてみる。
「はい、問題ありません。
アイナ様の気配なら一瞬で捉えられますので」
「……ん? あ、ああ、はい」
ルークはそもそも、そういう気配を辿るのが得意なのだろう。
私もそれくらいに、気配を辿れるようになりたいものだ。……まぁ、それにはちゃんと修行しなければいけないんだけど。
急いでいる最中とはいえ、目が見えない状態では先に進めない。
仕方が無いので、私たちは少しだけ休むことにした。
……時間にすれば、きっと1分か2分くらいだろうし。
ザザーン……
ふと、波の音が聞こえてくる。
さっきまでは薄暗い迷宮の中だったのに、何で突然――
ようやく景色が見えてくると、そこも見知った景色だった。
「ここは――」
「……人魚たちがいた、島……?」
ルークも同じ感想を持ったようで、ついついと言った感じで呟いていた。
「その通りなの!
えっと、詳しくは分からないんだけど、私のおうちと繋がっちゃってるみたいなの!」
「へ、へぇ……?」
グリゼルダが、人魚たちの世界は私たちの世界に統合されるところだと言っていた。
そしてリリーのおうち……『疫病の迷宮』も、人魚たちの世界と同様、別世界のようなところにある。
……つまり、人魚たちの世界が統合される途中で、近くにあった『疫病の迷宮』に繋がっちゃった……みたいな?
「うぅーん? それ、大丈夫なの?」
「うん! 本当はここ、消えちゃいそうだったの。
でもそしたら、人魚さんも消えちゃうでしょ? だから私が支えて、護ってあげてるの!」
「あ、そうなんだね。ありがとう、人魚さんたちも喜んでくれるよ!」
「えへへ♪
……あ、ママ。もう大丈夫なの? それなら急ぐの!」
「そうだね! ルークは大丈夫?」
「はい、いつでも!」
「おっけー。それじゃリリー、また案内をお願い!」
「なの!!」
私たちはリリーの案内で、人魚たちのいる場所へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちがしばらく走っていくと、広い浜辺に出ることができた。
もう少し先には人魚たちの姿が見える。
その近く、大きな岩の横、海の水が押し寄せているところには、一人の人魚が横になっているようだった。
「――マイヤさん!!」
私が遠くから声を上げると、周囲の人魚たちが一斉に私たちを見た。
「人魚さーん。ママを連れてきたの!!」
「おお……!」
「お待ちしてました!」
「彼女を助けてあげてくださいっ!!」
人魚たちは心配そうな、すがる様な声で迎えてくれた。
かつて100人近くいた彼らも、今や10人しか残っていない。
その中の1人の存在はやはり大きい――のもあるんだろうけど、やっぱりマイヤさんは好かれているのだろう。
マイヤさんの生気はかなり失われていた。
戦いの中で負った傷はまだ癒えておらず、何やら海藻のようなもので手当てがされているようだった。
でも、私が来たからには――
鑑定スキルと『創造才覚<錬金術>』を使って、必要な薬をどんどん作っていく。
基本的には高級ポーションだけで済みそうだったけど、失血の方も進んでいたから、念のために、できるだけ。
薬を飲ませてしばらくすると、マイヤさんは弱々しく声を出した。
「う……うぅ……。
み、みんな……? 大丈夫だったのね……」
「マイヤ!」
「マイヤちゃん!」
「マー坊!!」
人魚たちは口々に、マイヤさんに呼び掛けた。
その光景を見ているだけでも、何か目頭が熱くなってきてしまう。
「あれ……アイナさん……まで? 何で……こんなところに――
……あ。あの人間は……? シルヴェスターは……?」
マイヤさんの縋る様な目に、私はそういえば、と思い出した。
そもそもシルヴェスターはどうなったの?
そのことは、まだリリーから聞いていない。
私がリリーを見ると、その空気を察して、静かに答えてくれた。
「ママ……。あのえいゆーね? まだ生きてるの……。
私の力で倒そうと思ったんだけど、剣の力でずっと頑張ってるの……」
『私の力』……というのはきっと、疫病のことだろう。
ここまでの道中、リリーは疫病を出さないでくれたから、安全に来ることができた。
本来であれば、迷宮内に充満している疫病の対処だけでも、かなり大変なはずなのだ。
『剣の力』……というのは神剣デルトフィングのことだろう。
神器とは言え、まさか疫病にも対抗できるだなんて……?
「……それじゃ、とどめを刺してあげないとね」
「ううん、そうじゃなくて――」
「え?」
「えいゆーはね、もう動けないの。
それで、ママかお兄ちゃんと話したいって言ってるの……」
私か……ルーク、と?
この期に及んで、話したいことって……?




