454.背神の英雄⑦
――ふと、気付く。
何故そのことを今まで思い出さなかったのか。
人生には往々にして、そういうことが起こり得るものだ。
そこに意識が向かなかっただけ――と、切って捨てるのは簡単だけど、実はそこには何らかの思惑や意図があるのかもしれない。
例えば、『お前はまだ死ぬべきではない』……とか、ね。
「――ドライング・クロース!!」
私が魔法を唱えると、ルークのずぶ濡れだった身体を一気に乾かすことができた。
厳密に言えば服を乾かして、その服がルークの水分を吸い取った……みたいな感じなんだけど。
「もいっちょ、ドライング・クロース!!」
2回使うことで、ルークの動きを邪魔していた水分のほとんどを消し去ることができた。
対してシルヴェスターはまだずぶ濡れの状態だ。
この差があれば、ルークの方が圧倒的に有利となる。
そしてルークがシルヴェスターの動きを制してくれれば、1回あたりの確率は少ないながら、私が神剣デルトフィングを消滅させることも現実味を帯びてくる。
「アイナ様、ありがとうございます。
ここでシルヴェスターを迎え撃ちます!!」
「うん、よろしく!
それじゃ私も……ドライング・クロース!」
二度三度魔法を使うと、私の服も幾分かマシになってくれた。
……しかし何だかベトベトする。ああそうか、ドライング・クロースは乾かすだけの魔法だったっけ。
「ウォッシング・クロース」
洗濯の魔法を掛けてみると、ベトベトの方もずいぶんとマシになった。
ここら辺の魔法は衣服の方を対象とするから、身体についた分の塩水はどうにもならないんだけど――
――ガギギィイイイィインッ!!!!
っと。
戦いはまだまだ続いている。それなりに有利になったとは言え、ここで気を抜くわけにはいかない。
ルークだって塩水でベトベトしている中、果敢にもシルヴェスターに立ち向かってくれているのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘にはジェラードも加わり、少し離れたところからはグリゼルダも攻撃のサポートをしてくれていた。
グリゼルダは基本的に、ルークたちと距離を保ちながら、シルヴェスターの次に向かいそうな場所に衝撃波を撃って牽制している。
……なるほど、連携が取れないなら取れないなりに、やりようはいくらでもあるということだ。
三人は徐々にシルヴェスターを追い詰めていく。
エミリアさんはエミリアさんで、懸命に支援魔法を掛け続けてくれている。
もしかして、神剣デルトフィングを消滅させなくても決着が付くのでは……?
既存の神器については特に思い入れは無いけど――……いや、神剣デルトフィングだけは別かな。言ってみれば、私の旅の原点なわけだし。
……そう考えると、もしかしたら消滅まではさせたくないかもしれない……?
若干余裕を持ちながら戦いを見守っていると、ついにルークの剣がシルヴェスターを捉えた。
血が宙に舞い、常人であればショック死するようなレベルではあるが――
「……うぐ、ぐぬぅうう……ッ!!」
シルヴェスターは、苦しそうに呻き出した。
よくよく見ると、彼の身体を取り巻いていた水色のオーラが、大きく開いた傷口へとどんどん流れ込んでいくようだった。
「これは――……侵食か!!」
シルヴェスターの様子を見たグリゼルダが叫んだ。
その声色から、どう考えても良いものには聞こえない。
「グリゼルダ! 侵食って一体……!?」
「迷宮の力を使役しているはずが、逆になってしまっておる!
今までは潜在意識で行動を制御していたが、このままではタガが外れて――」
あ――……。
……私、そういうの知ってる……。いわゆる『暴走』っていう――
どこか悠長に構える私の前で、シルヴェスターは水色のオーラを強く漂わせた。
ルークやジェラードは再度攻撃を仕掛けるが、水色のオーラに阻まれてダメージを与えるには至っていない。
「それにしても、防御力がありすぎじゃないですか……!?
ジェラードさんはともかく、ルークは神器持ちなのに――」
「確かにそうじゃが、シルヴェスターとやらも神器持ちじゃろう……?
さらに迷宮の力じゃ。人外の力としては、ルークの方が分は悪いぞ?」
「えぇ……? ダンジョンの力と神器の力、組み合わさっちゃうんですか……?」
「共に、神の加護を得るものじゃからな」
……なるほど。そういう括りであれば、親和性もかなり高そうだ。
「……う、ぐ……お、おおおおぉおお……ッ!!」
ゴオオオオォオオォオッ!!!!
「うひゃっ!?」
シルヴェスターが苦しそうに雄叫びを上げると、彼の周囲で大きな竜巻が巻き起こった。
元の世界ではテレビでしか見たことのないような、巨大な竜巻が突然生まれたのだ。
「アイナよ、一旦退くぞ!!」
「え!? ……そ、そうですね!!
ルーク、ジェラードさん、エミリアさん! 撤退! 一時撤退ーっ!!」
こんな戦い、ずっと続けていられるわけもない。
まずは距離を取って、この異常な状態を何とかしなければ……!
「くっ……。ここで退かねばならないとは……!」
「仕方ない、退くべきときは退こう。
ルーク君、戻ろう!」
「急ぎましょう――って!?」
ルークとジェラードさん、エミリアさんはシルヴェスターから離れようとする。
しかし逃げる先にも突然、強大な竜巻が発生した。
私の場所から見れば、もう三人は暴風の中。
三人は竜巻の中で、足止めをされているような状態だ。
――チッ
「痛っ!?」
突然走った、右腕の痛み。
自分の右腕を見てみれば、服ごとスッパリと切れてしまっていた。
「大丈夫か? ……小さな石が巻き上げられて、かなりのスピードで舞い飛んでおるからな……。
注意しろよ――とは言っても、注意なんぞできんよな……」
「あはは……、そうですね……。
それにしても何ですか、この地獄絵図は……」
周囲はどこを見ても、竜巻、竜巻、竜巻。
いつの間にか私たちが逃げようとしていた先にも、強大な竜巻が巻き起こっている。
これが『螺旋の迷宮』の力――
……空気だろうが水だろうが、螺旋を描くことによって強大な力を生み出す。
考えて見れば、リリーの力だって尋常なものでは無い。
こと生物に対しては、圧倒的な破壊力を持つのだから――
「……リリー! そういえば、リリーはどこ!?」
不意に、嫌な予感がした。
少し前までは一緒にいたが、今は――
「ここなの!」
――あ、いた! ……良かったぁ……。
「でもこのままでは、どうしようもありませんよね……?
……まずはルークたちと合流しないと」
「この竜巻の中を歩くなんざ、ずいぶんと難儀な話じゃのう……。
そもそも視界をこうも遮られては――」
……今、三人はどうしているのだろう。
三人の近くにはシルヴェスターがいるはず。もしも竜巻を生み出しながら、攻撃までされているとなれば――
「ママ……。お兄ちゃんとお姉ちゃんといろおとこ……危ないの……」
「え!?」
「何と!? リリーには見えるのか!?」
私たちの言葉に、リリーは静かに頷いた。
「……ねぇ、ママ。
私、みんなを助けたいの。……力、使っても……良い?」
リリーは悲しそうに、私に言ってきた。
確かにリリーは、シルヴェスターのように迷宮の力を持っている。
……しかしそれは、人を殺める力。
こんな小さな少女に、そんな力を使わせるだなんて……。
……でも、三人の命を失うわけにもいかない。
小さな少女に、酷なことをさせてしまうとは思うのだけど――
「ごめんね、リリー。
……ありがとう」
私は思い切りリリーを抱き締めた。
リリーの価値観は、人間のものとはきっとどこかが違う。
だからこそ、殺生には絡ませたくなかったのは本音のところなんだけど――




