452.背神の英雄⑤
気が付けばシルヴェスターの身体は、ひとまわりほども大きくなっていた。
さすがに化け物のように巨大化した……というわけではないが、増えた筋肉の分、単純に強く見えてしまう。
そして身体に取り巻いた水色のオーラが、正気では無い、不気味な気配を醸し出していた。
目に至っては充血しているのか、ダンジョン・コアの力が宿っているのか、赤色に爛々と光っているように見えた。
――その間、私たちはぼんやりと眺めていたわけではない。
頭が理解する少しの時間……それだけの間で、シルヴェスターの準備は終わってしまったのだ。
「来ます! みんな、気を付けて!!」
――ガギギィイイイィインッ!!!!
「ッ!!!!」
シルヴェスターはルークに猛進して、神剣デルトフィングを強烈に叩き下ろした。
スピードは先ほどまでとはあまり変わっていないように見える。
しかし、その一撃はかなり重い……?
ルークは何とか剣撃を跳ね返したあと、少し間を取るように後退った。
後退ったということは、もしかして剣を受け止めてからの競り合いができないってこと……?
「ルーク、大丈夫っ!?」
私は声を掛けるが、しかしシルヴェスターは待ってくれない。
「大丈夫――……、ですっ!」
「わぁあ、ごめん! 集中して!」
戦っている最中、闇雲に声を掛けるべきでは無い。
集中力を欠いた瞬間に、きっと勝負は決まってしまう。
今この状態では、ルークだけが頼りなのだから――
私がいろいろと考えながら戦いを見守っていると、ジェラードがシルヴェスターの隙をみて、こちらにやってきた。
「ごめん、アイナちゃん。このままじゃジリ貧みたい!」
「えーっと、いろいろと考えているんですが……!
ど、どうしましょう!?」
「グリゼルダ様は何か、案はありませんか!?」
「うむ、無いのう……。
動きが止まってくれれば、いかようにでもできるとは思うんじゃが……。のう?」
グリゼルダは私を見てそう言った。
「そうですね。さっきは試してみて逃げられてしまいましたが……。
デルトフィングさえ消滅させてしまえば、ルークならすぐに決着を付けてくれると思います」
「それには、どうすれば良い?」
「さっきくらいの距離まで、私が近付けば大丈夫です。
でもその距離は向こうの攻撃の圏内ですから……私、すぐやられちゃうと思いますよ」
せめて相打ちになれば良いのだが、反応速度的に考えれば、それもきっと無理だろう。
射程に入れば神剣デルトフィングを消滅させることはできるだろうが、そのためには一瞬の間くらいは必要なのだ。
実際のところ、ディートヘルムを前にして神剣カルタペズラを消滅させることができたのは、ディートヘルムが隙だらけだったからなんだよね……。
「かなり危険だけど、一番現実的……なのかな?
それじゃ、僕とグリゼルダ様で、アイナちゃんを護りながら近付くのはどうだろう」
「来るものを追い払うだけであれば、妾も役には立てようて。
ルークに任せっ切りというままでは仕方あるまい。アイナよ、試してみるぞ」
「そうですね、よろしくお願いします!」
……1回ダメだったとしても、2回、3回、ずっと頑張っていけばいつかできるかもしれない。
成功が1回でもすれば私たちの勝ちなのだから、ここは何回でも挑戦してみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルーク、こっちに!!」
「っ!! 分かりました!!」
ジェラードとグリゼルダの後ろに控えている私を見て、ルークは早々に察してくれた。
少しずつ後退りながら、ルークはこちらに近付いてきてくれる。
それに合わせて、私たちもルークたちの方へと近付いていく。
このままいけば――
「――ッ!!」
「あ!?」
――私の錬金術の射程に入った瞬間、シルヴェスターはその射程から、またもや離れてしまった。
そんなに入るのが嫌なの!? ……いや、入ったままだと負けちゃうんだけどね、向こう的には。
「……アイナは嫌われておるのう」
「別にあの人には好かれたくないですけど……。
でもこれ、どうしましょう。逃げに徹されたら、完全に逃げられてしまいますし……」
「アイナの射程とやらに入らなければ、逃げる気はなさそうじゃがな。
そもそも逃げるのであれば、あの力には頼らなかったじゃろう?」
「確かに。はぁ、誰か足止め出来る人がいてくれれば……。
でもこの場にいるのは、他にはエミリアさんとリリー、マイヤさんだけ……」
「足止めという話であれば、人魚の娘はダメじゃろうな。
ほれ、足が無いぞ」
「そうですね、移動速度が陸だと皆無ですから――
……あ、いや? それなら、シルヴェスターを海に叩き込む……っていうのは、どうでしょう?」
「お?」
「あー、それは良いかも!
少なからず、動きは遅くなるよね!」
「そうじゃのう……。
『螺旋の迷宮』の力は完全に取り込むつもりは無かったようじゃから、水の操作なんぞはできないじゃろう。
よし、その案を試してみるか」
グリゼルダの後押しもあって、私たちの作戦は決まった。
シルヴェスターを海に落として、その間に神剣デルトフィングを消滅させる――
……懸念は無くは無いけど、まずはそれを試してみることにしよう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――やっぱりダメだ!!」
「なんじゃ、ありゃぁ!!」
作戦をルークに伝えるため、シルヴェスターの相手を一旦、ジェラードとグリゼルダにお願いしたのだが――
……戻ってきた早々、二人は口々に叫んだ。
「そ、そんなにですか……?」
「僕、完全に力負けしちゃったよ……!?
スピードは僕に分があるとは言え、何が何でも避けられるわけでもないから……」
「妾も魔力で攻撃を逸らしたりするのじゃが、あのオーラがやはり邪魔じゃのう。
どうにも細かい調整が効かんわい」
「ふむ……。二人とも原因は違いますが、やりにくい相手ではある……と」
「で、ルーク君の方はどうだったの?」
「はい、作戦は伝えました。
海に落とすだけであれば問題無いそうです。……必殺技も、まだ使っていないようでしたし」
「ああ、回数制限があるやつだっけ?
……技のひとつふたつじゃ戦況は好転しなかったかもしれないし、取っておいたのは良い判断……なのかな」
「あとは、エミリアたちの準備も良いようじゃな」
「ルークとシルヴェスターの距離が離れたら、エミリアさんには魔法での攻撃をお願いしました。
マイヤさんには、海の中で待機してもらっています」
「で、りりーはエミリアと一緒……と。
では全員、準備は良いようじゃな」
「はい! では参ります……っ!!」
私はアイテムボックスから爆弾をひとつ取り出して、シルヴェスターの方に向かって投げ付けた。
当然、彼のもとに届くことは無いのだが――
ドカアアアアアアンッ!!!!
「――っ!?」
突然の爆音に、シルヴェスターはその方向を振り向いた。
正気が無いとはいえ、五感が死んでいるということは無い。
そして視覚や聴覚で捉えるべきところは、しっかり視覚と聴覚に頼っている。
つまり、今の状態でも爆弾ごときで注意を逸らすことはできるのだ。
そこへ――
「喰らえ、『響震剣』――ッ!!」
ズムン……ッ!!
いつかストーンゴーレムを一撃で葬った、振動を敵に叩き込む必殺技。
残念ながらそれは空を斬り、シルヴェスターには避けられてしまったが――それでも少しは触れてしまったようだ。
体勢を崩しながら、シルヴェスターの鎧の一部が砕ける……!
「シルバー・ブレッドっ!!」
「っ!!」
シルヴェスターがよろめいたところに、エミリアさんの魔法が飛んでくる。
恐らくは剣で撃ち落とすこともできただろうが、今回は後ろに下がって避けていた。
シルヴェスターは魔法の飛んできた方向を軽く見てから、そして剣を思い切り横に薙ぎ――
「エミリアさんっ!!!?」
――巨大な斬撃が、エミリアさんに襲い掛かっていった。
そして、宙に散るのは――




