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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第8章 魔女に集いて
448/911

448.背神の英雄①

「今回の滞在は楽しかったですねぇ♪」


「うむ、妾も大満足じゃ!」


 1週間の滞在も再び終わり、今日はまたクレントスに戻る日だ。

 たくさんの仕事を手伝えたし、お祭りの企画も成功した。


 さらに私のお店とお屋敷が、スケジュールよりも1週間ほど早く完成する見込みになっている。

 このまま何も問題が起こらなければ、次に戻ってくるときにはきっと完成しているだろう。

 その兼ね合いから、クレントスに戻るのは今回を最後にして、向こうのお屋敷を引き払うことも検討しているところだ。



「――アイナさん! 次こそは頼みますよ!」


 出発のとき、見送りにきてくれたポエールさんが言った。

 何を頼まれたのかといえば、前回結局決めることのできなかった、街の名前のことだ。


「すいません、なかなか良いものが浮かばなくて……。

 街の名前、たくさん考えているんですけど……」


「お気持ちはお察しします。しかし宣伝のこともありますので……」


「うぅ、名前が無ければ宣伝しにくいですもんね。

 ……次こそは考えてきますので! 次、ここに戻ってきた瞬間にお伝えできるようにします!」


「分かりました、その勢いでお願いしますね!」


「私も案を出しますから!」


「私も出すのっ!」


 エミリアさんとリリーも、元気に協力を申し出てくれた。

 今回付ける名前は仮のものだし、みんなで考えるっていうのも良いかもしれない。



「――あれ? 何だか曇ってきましたね」


 話の途中、不意に太陽の光が遮られた。

 いつの間にやら薄暗い雲がこの辺りを覆っていたようだ。


「わー、雨が降らなければ良いですね。

 アイナさん、もう出ちゃいますか?」


「そうしますかー」


 雨が降るのであれば、早々にここを発って、早目に次の宿場まで行きたいところだ。

 天気が悪いと移動するスピードも落ちるし、時間に余裕を持たせないと――



「……いや、これは……おかしいな?」


「なの……」


 グリゼルダに続いて、リリーまでもが不安そうな声を出した。


「え? 何かおかしいんですか?」


 晴れていたのが曇った。

 ……そんなの、よくあることじゃない?


「大変だーっ!!

 アイナさん、ポエールさん、大変だっ!!」


「「え?」」



 私の質問が答えられないまま、土木職人の男性が私たちのところまで走ってきた。

 息を大きく切らせており、かなり急いできたことが窺い知れる。


「えっと、どうかしましたか?」


「どうもこうも……!!

 ……ああいや、ここからは海が見えないのか!」


「海? 海で何かあったんですか?」


「ああ! 突然、凄い勢いの海流が生まれて……!

 それに、少し遠くには巨大な渦が現れて……!!」


 その瞬間――



 ズン……ッ!!



 ――どこからともなく、重い揺れのようなものが辺りに響いた。


「……っ!?

 地震!? ……いや、空気が揺れた……?」


 何とも形容し難い感覚。

 ……いや、重低音の音を間近で大音量で受けた感じ……? イメージできる中で、一番近いのはそれだろうか。



「おばちゃん、これって……」


「ああ。空間干渉、じゃな」


 リリーの不安そうな声に、グリゼルダが空を見上げて呟いた。


「空間干渉? ……えぇっと、どういうことですか?」


「ああっ!! それとですね、もうひとつ凄いことがあったんです!!」


 ……私の質問を無視して、再び土木職人の男性が興奮気味に言った。

 これ以上、まだ何かがあるというのか。


「それも、凄いこと……ですか?」


「はい! これはちょっと口で言っても信じられないと思うので……、申し訳ないですが、一緒に来て頂けますか!?」


 これからクレントスに戻るところではあったが、今はどう考えても緊急事態だ。

 私たちで対応が必要なことがあるのなら、戻る予定を後ろ倒しにすることも検討しなければいけないかな……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――もうすぐです!!」


 土木職人の男性に連れて来られたのは、波の音がやたらと五月蠅い浜辺だった。

 海は大きく荒れ狂い、確かに少し離れた海上では大渦が巻き起こっている。


 ……それに心なしか、さっきいた場所よりも薄暗い。

 何だろう? 何だか不自然に暗いというか――


「確かに凄い荒れ様ですね……」


「それはそれとして、あちらへ!!」


 男性は、もう少し先の浜辺を指差した。

 そこでは5人ほどの人たちが、打ち上げられた何かを覗き込んでいるようだった。

 しかし海はこんな状態だ。何があるにしても、さすがに危険なのでは……?


「こんなところで何をしているんですか? 早く避難しないと――

 ……っ!!?」


 『それ』を見た瞬間、私の言葉は止まってしまった。

 その様子を見て、職人の男性が言葉を続ける。


「アイナさん、ポエールさん。

 俺たち、こういうのを見たのは初めてなんですよ……。どう扱って良いのか、分からなくて……」


 ……確かに初めて見る人は驚き戸惑うだろう。

 私だって、初めて聞いたときはその存在を信じることができなかったのだ。



 ――かつての伝説にしか登場しない存在……人魚。



 私は以前、見たことがある。

 しかしそれは、ここではない別の世界で、だ。


 もしかしたら、あの世界にいた人魚ではないのかもしれない。

 だって、あそこに暮らす人魚たちは、この世界との行き来ができないのだから。



 ……その人魚は意識が無いようだった。

 身体のいたるところに傷があり、激しい戦いの様子を窺わせる。


 ――脈はある。死んでいるわけではない。

 何はともあれ、それだけは不幸中の幸いだった。


 私は高級ポーションをアイテムボックスから取り出して、人魚の顔に貼り付いた長い髪を手で整えながら、ゆっくりと飲ませていった。


 そして気付いた。

 ……私はこの人魚の顔を、知っている――



「マイヤさんっ!!?」



 それは私が、『海鳴りの竪琴』を使って行った先で出会った人魚の少女。


 高級ポーションの効果によって、柔らかな光が彼女を包み込む。

 できればこのまま休ませてあげたいところだけど――確かにここにきて、人魚の扱いがよく分からない。

 人間であればベッドに寝かせるけど、人魚ってそれで良いのかな……?


 人魚を見たことのある私でさえもそれなのだから、人魚を初めて見る土木職人たちでは、やはりどうして良いのか判断は付かなかっただろう。

 一番判断ができそうな人といえば――……なるほど、確かに私たちになりそうだ。



「う……」


 マイヤさんを抱きかかえながら、これからどうしようかと話していると、不意に小さな呻き声が聞こえた。

 見れば、マイヤさんが唇を震わせながら、何かを伝えようとしている。


「マイヤさん! マイヤさーんっ!!」


「……うん……? ……アイナ……さん……?」


「うん、そうだよ!

 何があったかは分からないけど、もう大丈夫だから!

 ……ひとまず、休もう?」


「……休む……?

 だ、だめ……。私、戻らないと……」


 そう言いながら、マイヤさんは彼女の腕に力をこめた。

 しかし、か弱い力を感じるだけで、私の腕からは離れることができなかった。


「傷は治したけど、そんな状態では無理だから!

 それにそもそも、何でこっちの世界にいるの!?」


「――っ!?

 こっちの世界――……」


 私の言葉に、マイヤさんは驚きの表情を見せた。

 今の今まで、こちらの世界にきたことに気付いていなかった――……そんなふうにも見受けられる。


「……あ、ごめん……、私も少し興奮してしまって……。

 落ち着いてで良いから、何があったのかを教えてもらえないかな?」


「ここは危険……。アイナさんたち、逃げて……。

 私は戻らないと……。みんなが、危ないの……」


「もう! だから、まだ無理だってば!

 一体、何があったの!?」


「……あいつが、戻ってきたのよ……」


「あいつ?」


 私の言葉に、マイヤさんは悲しみのような、絶望のような、そんな表情を浮かべてから――


「シルヴェスター……。

 あいつが、『螺旋の迷宮』から戻ってきたの……」

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