44.ミラエルツでお店拝見①
時間は朝10時頃。
今日は依頼を受けないと決めていたから、少し遅いくらいにようやく宿屋を出たのだ。
ちなみに朝食も少し遅めにしたので、食堂はがらがらだった。
空いててとても快適だったけど、やっぱり朝は慌ただしい街――そんな印象が強くなったかな。
「――さて、まずはどこに行きましょうか。エミリアさんは何かご希望はありますか?」
「無いです!」
えっ。
「えっ」
――エミリアさんの言葉の勢いに、脳内と実際の台詞がリンクしてしまった。
「あ、いえ……ちゃんと考えたんですよ!? でも、この街ならではのところは無いなーって……」
「この街ならでは――」
「はい。いつもでしたら図書館とか礼拝堂とか、そういったところに行くのですが――それは別に、この街で最初に行くようなところでもないので」
なるほど……。確かに鉱山都市ミラエルツというのであれば、鉱石とか鍛冶関連のところにしたいよね。
しかも一人で行くならまだしも、三人連れ立っていくとなれば主張しづらいだろうし。
「うーん、言いたいことは分かりました。でも多分、ここアクセサリ屋みたいのも……あるよね?」
「!」
「アクセサリ屋なら何件もありますよ。この街は彫金も盛んですからね。……それにこの街は宝石関連も多いですから、女性はそういったお店に行くのが主流のようですね」
「――だ、そうですよ!」
「そ、それじゃどこかのタイミングで……そこをお願いします! 他には特に無さそうなので、アイナさんに付いていきます!」
「分かりました。ではエミリアさんの希望はアクセサリ屋……ということで。
ルークはどこか行きたいところはある?」
「いえ、無いです」
えっ。
「えっ」
――……またやってしまった。
しかし――
「ええ? ルークこそ色々あるんじゃないの? ほら、剣とか防具とか」
「ああ、そうですね……。でも剣は使い慣れているものがありますし、防具は今のこれくらいが丁度良いですし――」
ルーク君。君はちょっと欲が無さすぎじゃないですかね……。
――と思ったところで気付いた。これ、もしかしてお金の心配をしているのかもしれない。
ただでさえ今は手持ちが少ない上、ルークとエミリアさんの旅費は私持ちになっているのだ。
高価なものを見てもどうせ買えないだろうし、それなら最初から見なくても――みたいな感じかも?
でもそういう気遣いは要らないんだけどなぁ……。むしろ欲しい武器の二本や三本言ってくれれば金策も頑張れるというのに――。
「――そういうアイナ様は、どこかご希望が?」
言葉の隙間を縫ってルークが聞いてきた。
「あ、うん。私は宝石屋と――」
「おぉ……」
「わぁ、アイナさん、女の子らしい!」
「――それと鉱石を色々見てみたいかな。……って、え? ……あの、錬金術の素材的な意味で……」
話している間にルークとエミリアさんが何か勘違いをしてしまったようだが、私は女子力よりも錬金術の素材を取る人間だよ?
エミリアさんとルークは『あ、はい』みたいな表情になってるし、勝手に人のイメージを作らないで頂きたい。
「それじゃその後は武器屋と防具屋を見て、最後にアクセサリ屋に行きましょうか」
「アイナ様、武器屋と防具屋は――」
「私が行きたいの!」
「そ、そうですか。分かりました」
私のゴリ押しにルークも屈する。
「昼食はキリの良いところで取ろうと思うけど、さすがに全部回れば夕方くらいにはなるよね?」
「そうですね。途中で行きたいところが出来たら、別の日に行ってみましょー」
「ではそんな感じで、まずは宝石屋へ行きましょうか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宝石屋に入ると、たくさんのショーケースの中に色とりどりの宝石がズラリと並んでいた。
「おお、さすがに凄いショーケースですね」
「本当ですね。さすがって感じです!」
ルークとエミリアさんがしきりに感心している。
え? 宝石よりもショーケース?
店内をぐるりと見渡すとそこかしこにショーケースが並び、その中に宝石が展示されている。
壮観ではあると思うけど、何か凄いことがあるのかな……?
私はエミリアさんに小声でこっそりと話し掛けた。
「エミリアさん?」
「はい、何ですか?」
「……ここのショーケースって、何か凄いんですか?」
「えっ」
「えっ」
折角小声で話し掛けたのに、この時点で台無しになった。
そこへ、ルークまで入ってきて――
「どうかされましたか?」
「いえ、あの。アイナさんが――ここのショーケース、何か凄いのかって……」
「えっ」
連鎖する『えっ』。
「……えっと。アイナ様、ここのショーケースはガラスが箱型になっていますよね」
「うん、なってるね」
「とても澄んだガラスですよね。しかもこんなに大きくて」
「うん、そうだね」
「えっと……このフチのところまで、全部ガラスで出来ていますよね」
「うん。……えっと、それで?」
「――……。エミリアさん、ダメでした。分かって頂けませんでした……」
ルークは手でも『ダメでした』というジェスチャーをしている。
「うーん? 私の生まれたところだったら別にこれくらい普通だったけど。むしろこれより大きいガラスも――」
……あ。
「……アイナさんの生まれたところでは、そうだったんですねぇ……」
「そうでした、アイナ様でした……。そうなんですね、これくらいは普通だったんですね……」
どうやら文明レベルのギャップだった模様……。
日本だと街中の宝石屋でも普通にショーケースがたくさんあるし、そもそも普通のお店だってガラスのショーケースが並んでいるし。
それを引き合いに出していたことが間違いだったわけで。
話を聞くとガラス加工の技術は広まっているものの、やはりこういった一般的なお店にはまだ浸透していないそうだ。
買う分にはそれなりのお金を払えば良いのだが、一般の客が出入りするところだと壊されてしまう可能性もあるわけで。
つまり、そういった高級なショーケースをたくさん置いているこの宝石店はそもそも凄い! ――というお話だったようだ。
それを理解するだけですごい時間を使ってしまったのだけど……。
「まぁ、アイナさんですしね」
「そうですね、その通りです」
エミリアさんとルークは何か諦め顔で言ってるし。いやいや、全部聞こえてるからね?
「――まぁ、可能であればエミリアさんとルークも、私の生まれた国に来てもらいたいですけどね……」
私はぼそっとつぶやく。
ガラスのショーケースどころじゃないからね。
高いビルもあるし、速く動く車や飛行機もある。スマホもテレビもある。この世界に無い文明なんて、たくさんあるのだ。
それを二人に見せたらどう思うのかな? とても楽しそうだけど、そんなこと出来るはずもない。何せ、世界が違うのだから――。
「そうですね……機会があれば、是非とも」
ルークは穏やかな表情でそう言った。
……む、何か察しさせてしまったかな?
「アイナさんの国なら、美味しそうなものもたくさんありそうですよね」
エミリアさんは少し――ベクトルがいかにも彼女らしい傾きに行っているが、それも確かにその通りだ。
食べ物も色々あるからね。出来ることならエミリアさんに大食いしてもらって感想を求めたいくらい。
「――っと。それよりも今は宝石ですよ! ほらほら、綺麗なショーケースにも入っていますし、高級感を味わっていきましょう!」
「そうですね! ――それで、アイナさんはどういったものが良いんですか?」
「えぇっと、色々なアイテムに使えそうな――」
そこまで言って、とっさに言葉を止める。
エミリアさんの視線から、何かを感じてしまったから。