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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第8章 魔女に集いて
439/911

439.お祭り③

 ルークが腕相撲の王者から早々に陥落したあと、私たちは再び辺りを見てまわることにした。

 大きなステージからは引き続き、いろいろな音楽が流れてくる。


 この世界に来て以来、私はあまり音楽とは縁が無かった。

 しかしこれから平穏な日々がやってくるのであれば、そういったものに目を向けていくのも良いかもしれない。


 私は国を作る――とは言ったものの、大きな方向性はまだ示せていない。

 私たちが自由に暮らしていける、というのは前提として、そこから何を求めていくのか。


 個人的には職人や専門職の人が好きだから、そういった人たちに優しい場所になっていって欲しいかな。

 技術の水準が高ければ、生活の質も上がっていく。

 むやみに元の世界の技術を持ち込むなんて真似はしないけど、この世界の人たちが頑張って技術を上げていくのであれば、それを邪魔する理由なんて当然ないわけで。


 ……他の可能性としては、音楽とか絵とか、そういった芸術方向に進むのも有りかとは思う。

 私は人並みには音楽も聴いていたし、絵の方は――

 ……一般的な程度にはスマホのアプリとかもやっていたから、イラスト的な絵には理解度が高いかな? 絵画や現代美術なんかはいまいちだけど。


 ああ、そうだ。私には長い人生があるんだから、いっそ神絵師でも目指してみるのも良いかもしれない。

 いや、でもそうするとパソコンが欲しくなってくるな……。……やっぱり諦めようかな……。



「――アイナさーん。大丈夫ですかー?」


 ふと気付くと、空想が捗りすぎてボーっとしてしまっていたようだ。


「……っと、失礼しました。えーっと?」


「あそこ見てください! 何だか遊ぶ場所みたいですよ!」


 エミリアさんの指差す方向――そこは広場の片隅で、子供と大人が同じくらいずつ輪になって何かを囲んでいた。

 重なった人の隙間からは、何となく弓の的のようなものがちらっと見える。


「遊ぶ――というと、的に当てたら賞品ゲット、的な?」


「楽しそうですね! 行ってみましょー♪」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「はーい、的当てだよー。

 命中した人には賞品が出るよー」


 若干まったりした口調の人が、その場所を取り仕切っていた。

 この人もポエール商会の人かな? ……いや、何だか少しやる気が無さそうだし、バイトの人かな?


「参加しまーす!」


 先ほどのルークに刺激を受けたのか、今度はエミリアさんが率先して名乗りを上げた。


「いらっしゃいませー。

 ……えっと、あなたは参加できません」


「え」


 まさかの展開に、エミリアさんは固まってしまう。


「参加、できないんですか?」


「冒険者や強そうな方は、私の主観で参加をご遠慮頂いているんです。

 ある程度の力量があれば、こんな的当ては余裕ですからね」


 ……まぁ、確かに。

 エミリアさんは可愛い女の子だけど、冒険者や聖職者の貫録が身に付いてしまっているからね。


「……とすると、私もダメですか?」


「もちろんですとも。

 アイナさんなんて、英雄を倒してしまうほどの腕前じゃないですか」


「あのときは、武器は使っていなかったんですけど……」


「ダメです、ダーメ。

 その話は実に興味深いのですが、とりあえずこれに限ってはご遠慮くださーい」


 むぅ、残念……。

 確かに弓を持っているのは、弓の扱いに慣れていない大人たちに、周辺の村から来たような子供たちばかりだ。

 そういえば輪投げもあるし、子供向けのコーナーなのかな? ……よくよく見れば、賞品もおもちゃとかが多いみたいだし。


「うーん。それじゃ、リリーは良いですか?」


「ええ、もちろんです。

 むしろここ、リリーちゃんのために作ったようなものですから」


「へ?」


「え? ここって、アイナさんが作るように指示を出したんでしょ?

 ポエールさんからそう聞いていますけど」


 ……あー。

 リリーにとっては初めてのお祭りだから、リリーが楽しめるようにして欲しいとは伝えたけど……。

 それならそれで、先に教えて欲しかったなぁ。


「ママー。私、遊んでも良いの?」


 私の下の方から、リリーがキラキラした眼差して私を見上げてきた。

 おおぅ。多少の行き違いはあったけど、ポエールさんにお願いしておいて良かった。


「うん、大丈夫だって。

 それじゃ見ててあげるから、ばしーんとリリーの実力を見せちゃって!!」


「分かったのー!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ふみゅ」


「リリーちゃん、弓はこう構えて……そうそう。

 それでもう少し力を……こう」


「……こうなの?」


 いまいち弓を上手く扱えないリリーに、ジェラードは親切に扱い方を教えてくれた。

 弓とは言ってもお祭り用のものだから、きっちり教えたところで仕方は無いんだけど――

 ……しかしそんな弓に最適化して教えているのか、リリーの構えは徐々にサマになってきていた。


「ふふっ、こうしてジェラードとリリーを見ていると、何だかあれじゃのう」


「あれ?」


「……何じゃろうな?」


「えぇ、何ですか一体」


 自分で言っておいて、それは無い……。

 グリゼルダのことをついつい、じとっと見てしまう。


「いや、兄妹のようじゃ――と言おうとしたんじゃが、少し違うかと思ってな」


「そうですね、そこまで近い感じはしないかな?」


「親戚のお兄さん、って感じじゃないですか?」


「ああ、それそれ。さすがエミリアさん、まさにそれです」


 でもそれ、決して褒め言葉では無いよね。

 とりあえずジェラードには黙っておくことにしよう。


 ……そうこうしている間に、リリーは的に命中させ始めた。


 ここのルールは、的に命中させたら賞品ゲット。

 しかしその賞品をもらわないまま、連続で挑戦することもできるらしい。

 連続で当て続けたら賞品は良いものになっていき、外れたらその時点で何も無し。

 ……子供向けにしては、案外ハードなルールである。


「ちなみに一番良い賞品って何ですか?」


「あ、はい。1等賞はですね、とある高名な錬金術師が作ったという、伝説の薬です」


「高名な錬金術師?」


「はい、アイナ様のことです」


「ぶっ! やっぱり!

 ……それで、伝説の薬っていうのは?」


「育毛剤です」


「それ!?」


 改めて見てみれば、子供に熱心に指導をしたり、必死に頑張っている大人たちが結構いたりする。

 賞品の幅を持たせるために、効果の少ない育毛剤も提供してはいたんだけど……、まさかこんなところで出してくるとは。


「ちなみに2等賞は?」


「ぬいぐるみですね。

 ほら、あそこの……可愛いウサギのやつですよ」


 バイト君が指差す先の棚には、実に可愛いウサギのぬいぐるみが飾られていた。

 ……あれ、それって逆じゃない? ぬいぐるみが一番じゃないの?


「そこはあれじゃな。

 育毛剤をゲットしたら、ぬいぐるみよりも良いものを親にねだることができるじゃろ」


 私の表情を察したのか、グリゼルダがフォローをしてくれた。

 ……何だか今日は、やたらと察せられるなぁ……。


「な、なるほど……。

 大枚はたいても、私の育毛剤は買えませんからね……」


 ちなみにそれより下の3等賞以下は、お菓子やおもちゃで占められていた。

 こうして見ると、1等賞だけがやたらと浮いてしまっている。


 ……私がお店を開いたら育毛剤の依頼も普通にくるだろうから……これはこれで、宣伝目的としては良いのかな……?



「ママー、調子が良いのー!」


 しばらくすると、リリーが少し遠くの方から嬉しそうに声を掛けてくれた。


「さっきから当ててるけど、今はどこらへんなのー?」


「あと1回当てたら、1等賞なの!!」


「おー、すごいね!

 ……でもリリー、育毛剤なんて要らないでしょ……?」


「1等賞を取りたいのー♪」


 その言葉に、まわりの男性の何人かがピクッと反応した。

 いやいや、育毛剤は私が作ったものだから、それを取っても嬉しくもなんとも無いんだけど……。

 それなら欲しい人のために、ここは取らないでおいた方が……。


 どう止めたものか、考えあぐねていると――



 ……ストン



 ――リリーの放った矢は、吸い込まれるようにして的に当たっていった。


「おめでとうございまーす。

 1等賞の育毛剤を進呈しまーす」


「やったのー♪」


 やはりやる気なく、ガランガランと祝いの鐘を鳴らすバイト君に、喜びを隠さないリリー。

 そして緊張感を放つ、周囲の男性方。


「あ、あー……。

 リリー? 育毛剤を使わないなら、ウサギさんのぬいぐるみと交換しない?」


「うーん? そんなこと、できるの?」


「できますよね?」


 私の言葉に、バイト君は面倒くさそうに答えた。


「いやぁ、特にそんなことは聞いておりませんので――」


「で き ま す よ ね ?」


「ほぁっ!? は、ひゃいっ!?」


 私の言葉に、バイト君は快諾をしてくれた。

 ぬいぐるみはいくつかあるけど、育毛剤はひとつしかない。

 それならむしろ、損をしているのはこっちなのだ。……多分。


「やったー、ありがとうございまーす!」


「わーい♪」


 ウサギのぬいぐるみを手にすると、リリーは嬉しそうにはしゃいだ。

 賞品が欲しいというよりも、『1等賞』が欲しかったんだね。

 うんうん、実に可愛いものだ。


 そして周囲には、安堵の息をつく男性たち。

 彼らにはこれから、頑張って1等賞を目指していって欲しいところだ。


 ……何だかもう、完全に他人事だけど。

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