439.お祭り③
ルークが腕相撲の王者から早々に陥落したあと、私たちは再び辺りを見てまわることにした。
大きなステージからは引き続き、いろいろな音楽が流れてくる。
この世界に来て以来、私はあまり音楽とは縁が無かった。
しかしこれから平穏な日々がやってくるのであれば、そういったものに目を向けていくのも良いかもしれない。
私は国を作る――とは言ったものの、大きな方向性はまだ示せていない。
私たちが自由に暮らしていける、というのは前提として、そこから何を求めていくのか。
個人的には職人や専門職の人が好きだから、そういった人たちに優しい場所になっていって欲しいかな。
技術の水準が高ければ、生活の質も上がっていく。
むやみに元の世界の技術を持ち込むなんて真似はしないけど、この世界の人たちが頑張って技術を上げていくのであれば、それを邪魔する理由なんて当然ないわけで。
……他の可能性としては、音楽とか絵とか、そういった芸術方向に進むのも有りかとは思う。
私は人並みには音楽も聴いていたし、絵の方は――
……一般的な程度にはスマホのアプリとかもやっていたから、イラスト的な絵には理解度が高いかな? 絵画や現代美術なんかはいまいちだけど。
ああ、そうだ。私には長い人生があるんだから、いっそ神絵師でも目指してみるのも良いかもしれない。
いや、でもそうするとパソコンが欲しくなってくるな……。……やっぱり諦めようかな……。
「――アイナさーん。大丈夫ですかー?」
ふと気付くと、空想が捗りすぎてボーっとしてしまっていたようだ。
「……っと、失礼しました。えーっと?」
「あそこ見てください! 何だか遊ぶ場所みたいですよ!」
エミリアさんの指差す方向――そこは広場の片隅で、子供と大人が同じくらいずつ輪になって何かを囲んでいた。
重なった人の隙間からは、何となく弓の的のようなものがちらっと見える。
「遊ぶ――というと、的に当てたら賞品ゲット、的な?」
「楽しそうですね! 行ってみましょー♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はーい、的当てだよー。
命中した人には賞品が出るよー」
若干まったりした口調の人が、その場所を取り仕切っていた。
この人もポエール商会の人かな? ……いや、何だか少しやる気が無さそうだし、バイトの人かな?
「参加しまーす!」
先ほどのルークに刺激を受けたのか、今度はエミリアさんが率先して名乗りを上げた。
「いらっしゃいませー。
……えっと、あなたは参加できません」
「え」
まさかの展開に、エミリアさんは固まってしまう。
「参加、できないんですか?」
「冒険者や強そうな方は、私の主観で参加をご遠慮頂いているんです。
ある程度の力量があれば、こんな的当ては余裕ですからね」
……まぁ、確かに。
エミリアさんは可愛い女の子だけど、冒険者や聖職者の貫録が身に付いてしまっているからね。
「……とすると、私もダメですか?」
「もちろんですとも。
アイナさんなんて、英雄を倒してしまうほどの腕前じゃないですか」
「あのときは、武器は使っていなかったんですけど……」
「ダメです、ダーメ。
その話は実に興味深いのですが、とりあえずこれに限ってはご遠慮くださーい」
むぅ、残念……。
確かに弓を持っているのは、弓の扱いに慣れていない大人たちに、周辺の村から来たような子供たちばかりだ。
そういえば輪投げもあるし、子供向けのコーナーなのかな? ……よくよく見れば、賞品もおもちゃとかが多いみたいだし。
「うーん。それじゃ、リリーは良いですか?」
「ええ、もちろんです。
むしろここ、リリーちゃんのために作ったようなものですから」
「へ?」
「え? ここって、アイナさんが作るように指示を出したんでしょ?
ポエールさんからそう聞いていますけど」
……あー。
リリーにとっては初めてのお祭りだから、リリーが楽しめるようにして欲しいとは伝えたけど……。
それならそれで、先に教えて欲しかったなぁ。
「ママー。私、遊んでも良いの?」
私の下の方から、リリーがキラキラした眼差して私を見上げてきた。
おおぅ。多少の行き違いはあったけど、ポエールさんにお願いしておいて良かった。
「うん、大丈夫だって。
それじゃ見ててあげるから、ばしーんとリリーの実力を見せちゃって!!」
「分かったのー!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふみゅ」
「リリーちゃん、弓はこう構えて……そうそう。
それでもう少し力を……こう」
「……こうなの?」
いまいち弓を上手く扱えないリリーに、ジェラードは親切に扱い方を教えてくれた。
弓とは言ってもお祭り用のものだから、きっちり教えたところで仕方は無いんだけど――
……しかしそんな弓に最適化して教えているのか、リリーの構えは徐々にサマになってきていた。
「ふふっ、こうしてジェラードとリリーを見ていると、何だかあれじゃのう」
「あれ?」
「……何じゃろうな?」
「えぇ、何ですか一体」
自分で言っておいて、それは無い……。
グリゼルダのことをついつい、じとっと見てしまう。
「いや、兄妹のようじゃ――と言おうとしたんじゃが、少し違うかと思ってな」
「そうですね、そこまで近い感じはしないかな?」
「親戚のお兄さん、って感じじゃないですか?」
「ああ、それそれ。さすがエミリアさん、まさにそれです」
でもそれ、決して褒め言葉では無いよね。
とりあえずジェラードには黙っておくことにしよう。
……そうこうしている間に、リリーは的に命中させ始めた。
ここのルールは、的に命中させたら賞品ゲット。
しかしその賞品をもらわないまま、連続で挑戦することもできるらしい。
連続で当て続けたら賞品は良いものになっていき、外れたらその時点で何も無し。
……子供向けにしては、案外ハードなルールである。
「ちなみに一番良い賞品って何ですか?」
「あ、はい。1等賞はですね、とある高名な錬金術師が作ったという、伝説の薬です」
「高名な錬金術師?」
「はい、アイナ様のことです」
「ぶっ! やっぱり!
……それで、伝説の薬っていうのは?」
「育毛剤です」
「それ!?」
改めて見てみれば、子供に熱心に指導をしたり、必死に頑張っている大人たちが結構いたりする。
賞品の幅を持たせるために、効果の少ない育毛剤も提供してはいたんだけど……、まさかこんなところで出してくるとは。
「ちなみに2等賞は?」
「ぬいぐるみですね。
ほら、あそこの……可愛いウサギのやつですよ」
バイト君が指差す先の棚には、実に可愛いウサギのぬいぐるみが飾られていた。
……あれ、それって逆じゃない? ぬいぐるみが一番じゃないの?
「そこはあれじゃな。
育毛剤をゲットしたら、ぬいぐるみよりも良いものを親にねだることができるじゃろ」
私の表情を察したのか、グリゼルダがフォローをしてくれた。
……何だか今日は、やたらと察せられるなぁ……。
「な、なるほど……。
大枚はたいても、私の育毛剤は買えませんからね……」
ちなみにそれより下の3等賞以下は、お菓子やおもちゃで占められていた。
こうして見ると、1等賞だけがやたらと浮いてしまっている。
……私がお店を開いたら育毛剤の依頼も普通にくるだろうから……これはこれで、宣伝目的としては良いのかな……?
「ママー、調子が良いのー!」
しばらくすると、リリーが少し遠くの方から嬉しそうに声を掛けてくれた。
「さっきから当ててるけど、今はどこらへんなのー?」
「あと1回当てたら、1等賞なの!!」
「おー、すごいね!
……でもリリー、育毛剤なんて要らないでしょ……?」
「1等賞を取りたいのー♪」
その言葉に、まわりの男性の何人かがピクッと反応した。
いやいや、育毛剤は私が作ったものだから、それを取っても嬉しくもなんとも無いんだけど……。
それなら欲しい人のために、ここは取らないでおいた方が……。
どう止めたものか、考えあぐねていると――
……ストン
――リリーの放った矢は、吸い込まれるようにして的に当たっていった。
「おめでとうございまーす。
1等賞の育毛剤を進呈しまーす」
「やったのー♪」
やはりやる気なく、ガランガランと祝いの鐘を鳴らすバイト君に、喜びを隠さないリリー。
そして緊張感を放つ、周囲の男性方。
「あ、あー……。
リリー? 育毛剤を使わないなら、ウサギさんのぬいぐるみと交換しない?」
「うーん? そんなこと、できるの?」
「できますよね?」
私の言葉に、バイト君は面倒くさそうに答えた。
「いやぁ、特にそんなことは聞いておりませんので――」
「で き ま す よ ね ?」
「ほぁっ!? は、ひゃいっ!?」
私の言葉に、バイト君は快諾をしてくれた。
ぬいぐるみはいくつかあるけど、育毛剤はひとつしかない。
それならむしろ、損をしているのはこっちなのだ。……多分。
「やったー、ありがとうございまーす!」
「わーい♪」
ウサギのぬいぐるみを手にすると、リリーは嬉しそうにはしゃいだ。
賞品が欲しいというよりも、『1等賞』が欲しかったんだね。
うんうん、実に可愛いものだ。
そして周囲には、安堵の息をつく男性たち。
彼らにはこれから、頑張って1等賞を目指していって欲しいところだ。
……何だかもう、完全に他人事だけど。




