437.お祭り①
――5日後の夕方。
お祭りなんていう日常から離れたイベントが控えていると、時間が過ぎるのも早いような、遅いような。
ポエール商会からイベントの開催が告知されたあとは、職人さんたちを含めて、何となくみんな浮足が立っているように感じられた。
昼には働いて、夜には露店を巡りながら仲間と語らう……そんな日々を繰り返していたのだ。
そこに突発的なイベントが行われるとなれば、楽しみにしない方がおかしいというものだろう。
「――ふむふむ、こんな感じなんですねぇ」
お祭りが開催される場所は、街の広場になる予定地だった。
先日までは何も無い場所だったけど、今はお祭りのために大小いくつかのステージが作られている。
よくもまぁこんな短期間に……と思わせる立派な出来だが、そういえばここには建築の職人さんがたくさんいたんだっけ。
「わー、とっても立派ですね!
あのステージ、何人乗ることができるんでしょう?」
一番大きなステージは、アイドルのコンサートでも、楽団の演奏でも、そのあたりは出来そうなくらいに広かった。
その周囲にはところどころに焚き火が作られ、いかにもお祭り……といった雰囲気を醸し出している。
……ちなみに今回のイベント、ポエール商会が企画するということで、私は詳細を知らされていない。
話の流れでビンゴはやるだろうけど、それ以外はさっぱり――といった感じだ。
そんなわけで私たちも完全に参加者側なものだから、ステージには上がらず、ステージの近くで話をしながら待つことにした。
会話が何となく途切れたころ、それを見計らったかのように、見知った顔の男性が私に話し掛けてきた。
「アイナさん、こんばんわ! 今日の祭りを楽しみにしてましたよ!
アイナさんが口添えしてくださったんですよね!?」
「こんばんわー。私は提案されたものを承諾しただけですよ。
あとは少し、賞品を提供したくらいなもので」
「おお、賞品ですか!? それは楽しみです!!
せっかくの機会ですから、みんなで楽しませて頂きますね!!」
「はい、私も何も聞いていないので楽しみです!」
そんな会話をしばらく交わしたあと、その人は仲間のところへと戻って行った。
……えぇっと、名前は覚えていないけど、あの人とはどこかの現場で一緒になった気がする。
名前を覚えておきたい気持ちはあるんだけど、さすがに職人さんの人数が多いし、そもそも全員の名前を聞いているわけでもないからなぁ……。
若干の申し訳なさを感じながら周囲を眺めてみると、いつの間にかにエミリアさんとグリゼルダが見知らぬ中年の女性と話をしていた。
多分、近くの村の人かな? 村に出向いては、いろいろとお手伝いをしていたようだし。
……そうそう、今日は街作りに携わっている人たちだけではなく、周囲の村の人たちにも参加してもらうように招待をしていたのだ。
招待とは言っても、露店でものを食べれば有料なんだけどね。
でも食べる以外にも、観るものやイベントもあるそうだから、そのあたりをひっくるめて楽しんでいってもらいたいものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――みなさん! お待たせしました!!」
人がたくさん集まり、ステージを取り巻きながら思い思いに話をしていると、突然ポエールさんの大きな声が響いてきた。
その声に、周囲の人々は驚きながらも大きな歓声を上げた。
「え? なにこれ、大きな声!? この世界、マイクなんてあったの?」
――私が気になったのは、何よりもそこだった。
普通の人間が発するにはあまりにも大きな声――
「あれは拡声魔法じゃな。
マイク……というのはなんじゃ?」
「へ、へぇ……。そんな魔法もあるんですね。
マイクっていうのは、えっと、声を大きくする装置のことです」
「ほー。装置……ということは、誰にでも使えるものなのか?
それは便利じゃのう」
「日常に溶け込んでいるレベルで普及していましたからね、私の国では」
そんな答えを口にしながらステージを改めて見ると、ポエールさんの後ろには大人しそうな女性がさり気なく立っていた。
きっとあの女性が拡声魔法を使っているのだろう。
「今日は大いに飲んで歌って盛り上がってください!
後半には賞品が当たるゲームも用意していますので、お楽しみに!!」
再び沸き上がる歓声。
その熱狂を受けながら、ステージを遠巻きに取り囲んでいた露店たちが一斉に客引きを始めた。
「アイナさーん、私たちも何か食べましょう!」
「そうですね、とりあえずお腹の準備はばっちりです!
それじゃみんなも、各々自由行動で!」
「はーい! アイナさん、まずは向こうへ!」
「アイナ様、私もお供いたします」
「ママー、一緒に遊ぶのー」
「ふむ、妾もたまにはアイナと一緒にいくかのう」
すぐに反応をくれたのはこの4人。
一瞬遅れたのがもう2人。
「ぼ、僕もアイナちゃんと……。……って、もう遅いか……」
「私もアイナ様と……まわりたかったです……」
それを仕方無さそうに見ていたのが2人。
「ジェラードは商会にお気に入りの子がいるんだろう? そっちに行けば?」
「アイナ様……。もしよろしければ、キャスリーンさんも一緒に……」
ジェラードの扱いが私以外でも酷くなってきた気がする。……アドルフさんだからかな……。
そしてキャスリーンさんと別行動にするのは、彼女が単純に可哀想になってきてしまう。
う、うーん……。
声を掛けてくれるのは嬉しいんだけど、さすがに全員一緒には――
……いやいや、行けなくもないか。よし、行こう。せっかく声を掛けてくれているんだし!
「それじゃ、みんなでまわりましょうか。
ちょっと動きにくいかもしれないけど、そこは我慢ということで!」
「はーい!」
「はい」
「なの!」
「うむ!」
「おっけー♪ やったー」
「ありがとうございます!」
「ふっ、仕方ねぇなぁ」
「お気遣い、ありがとうございます」
――何だか賑やかだ!!!!
……よーし、さすがに9人もいると賑やかなことこの上ないぞ。
でもこういうのも楽しいかな。だってお祭りだもんね、楽しんでいかないと!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちが露店で買い食いを進めていると、ステージの方から明るい曲が聴こえてきた。
それと同時に、大きな歓声もまた聞こえてくる。
「……うん? 何でしょうね?」
そう言いながら目を移してみると、ステージの上では何人かが楽器を奏でながら、その横では踊り子さんが音楽に合わせて踊っていた。
「わー、綺麗な人!」
「えぇ……。何でこういう人たちをすぐに揃えられるの……」
そもそもお祭りの話が出てきたのが5日前。
その日数ではクレントスを往復するのだって、急いでもギリギリ……といったところなのだ。
「……アイナちゃん、あれってポエール商会の人たちじゃない?」
「え?」
……言われてみれば、確かに見たことのある顔触れだ。
もしかしてあの人たち、こんなこともできちゃうの? ……はぁ、何ともポテンシャルに満ちた職員さんたちだこと……。
「ふむ……。それにしても音楽は良いものじゃな。
聴いているだけで心地が良くなっていくわい♪」
「それ、お酒のせいじゃないですよね?」
グリゼルダはいつの間にか、お酒を煽っていた。
確か露店では普通にお酒も提供されているんだっけ。
「ふははっ♪ 祭りのときに酒を飲まんで、いつ飲むと言うのじゃ♪」
「いつも飲んでるじゃないですか……」
「はははっ、言いおるわい♪
――お、向こうで何か始まるみたいじゃぞ!」
音楽が流れる中、その反対側の小さなステージでも人が集まり始めたようだった。
なるほどなるほど、音楽は音楽として、それ以外でも同時進行で何かをやるんだね。
「それじゃ、みんなで見に行きますか。
あ、エミリアさんはまだ食べていきます?」
「食べながら見に行きます!」
「さすがです!!」
――さてさて、向こうの方では何が始まるのやら。
何も聞かされていないのって、やっぱり楽しいものだなぁ♪




