435.またもや要望
クレントスに予定の日数を滞在したあと、私たちは再び浜辺の街(の予定地)へと向かった。
……浜辺とは言いつつも、街の中心から浜辺までは少し遠くなるから……さすがにそろそろ、名前を決めてしまわないと。
街の名前に関してはポエールさんからも要請はあったが、結局クレントスとの往復の間に決めることはできなかった。
私、ゲームで名前を付けるときも、結構時間が掛かるタイプなんだよね……。
「――アイナさん、みなさん、お疲れ様でした!」
街(の予定地)に着くと、すぐさまポエールさんと商会の職員たちが出迎えてくれた。
この流れはいつも通りだ。
「こんにちは、またお世話になります。
少し休憩をしてから、いろいろ始めることにしますね」
「はい! アイナさんには今日のうちに、資材の納品をお願いできればと……!」
……この流れもいつも通りだ。
やはり作業は順調に進んでいるらしく、資材が不足がちになってしまっているとのこと。
その辺りの噂を聞き付けて、売り込みを掛けてくる業者もいるのだとか。
そうそう。さすがにいろいろと大きく動き始めたから、この場所のことはクレントスでも知られることになってしまっていた。
ポエール商会の方にも問い合わせが多くいっているらしい――
……のだが、あくまでもまだ『消費地』として知られることになっただけで、率先して引っ越しをしようとする人はいないそうだ。
このままここが栄えれば良いけど、大ゴケしたらお金と時間が無駄になってしまうからね。
「私はすぐにいけますけど、どうしますか?」
「ありがとうございます!
それでしたら少し時間を頂けますか? 最近あったことをお伝えしておきたいです。
……アイナさんだけ、よろしくお願いいたします」
「はい。分かりました」
ポエールさんに案内されて、拠点の奥へと通される。
そこはちょっとしたミーティングスペース……といった感じの場所だった。
「わざわざすいません。
まずは以前、お話させて頂いた風俗街ですが……こちらが完成しました。
……まぁ、実際には街ではなく、テントなんですけど」
「あー、ありましたね……。はい、良い感じで監視下においておいてくださいね」
「もちろんです。それと、あまり表立って話が流れないようにしておきます。
ちなみに何人かからヒアリングをしたところでは、可もなく不可もなく……といった場所のようですよ」
……それは何に対してだろう。
全体的に、ということかな? ……でもそれ、私に言われてもね……。
ひとまずは私の管轄でもないし、軽くスルーしておくことにしよう。
「そこのことはポエールさんにお任せしますね。
ああいう場所って、私は何だかちょっと苦手で」
「はは……、そうですよね……。
では次ですが――クレントスでは職人の受け入れ試験をありがとうございました。
今回はまた、100人ほどを迎え入れることができました!」
「わー、割と残りましたね。2回目だから、もう少し辞退すると思っていたんですけど」
「やはり例のお酒……『竜の秘宝』の力は凄いです。
私も個人的に買わせて欲しいくらいですし……」
「限定品なので、何かのイベントで出していきますか?
入手が難しいほど価値は上がるでしょうから」
「そう! イベントです!」
「え?」
私の言葉に、ポエールさんが突然反応した。
「おっと失礼。
実は最近、職人の方から要望が上がってきているんですよ」
「前もそんなことがあったような」
……何を隠そう、その要望を受けて出来たのが先ほどの風俗街なのだ。
また変なことを言われていなければ良いんだけど……。
「その人が言うには、夜は夜で露店が賑やかなので良いのですが、それとは違った催し物をやって欲しいと。
いわゆる『祭り』というやつですね!」
「はぁ」
気持ちは分かるけど、君たちは仕事に来ているんだよ……?
……とは言うわけにもいくまい。人間、息抜きはとても大切なのだ。
祭りのひとつやふたつ、開催してもまったく問題は無いだろう。
「放っておくとアドルフさんが催してしまいそうなので、ここはポエール商会が企画をしようと思っています。
もちろん、アイナさんの許可を頂いてからになるのですが」
「アドルフさんのキャラ、分かっていますね……」
「クレントスでもやはり頑張りすぎていましたか?
いや、あの気迫は我がポエール商会にも欲しいくらいですが……。
アイナさんの仲間でなければ、強烈にヘッドハンディングを掛けるところでしたよ」
「あはは、それは勘弁してください♪
そういえばポエール商会に――といえば、宿屋の運営をお願いしたい方に、少し話をしてきたんですよ」
「あ、そうだったんですか。
待遇などはまだ決めていませんでしたが、どうでした?」
「条件をひとつ出されました。どうなるか分かるのが3週間後から1か月後……といった感じですね」
その頃に私たちは再び人魚たちのところを訪れて、『螺旋の迷宮』から生まれる海流をどうにかできるかを確かめる。
どうにかできるのであればルイサさんを迎えられることができるし、どうにかできないのであればルイサさんを迎えることはできない。
……将来的なことを考えても、ここは是非どうにかできて欲しいものだけど――
「ふむ、アイナさんの申し出に条件を付けるとは……。
なかなかの実力者のようですね!」
「今も宿屋を経営されていますからね。
……っと、話が逸れました。お祭りの話、でしたよね」
「はい! 新しい職人も増えましたし、ここに滞在する者も一気に増えます。
歓迎会の意味を含めまして、是非開催することをお勧めいたしますが……!」
歓迎会――
私も使用人を増やしたときに、しっかり開いておいたっけ。
それを踏まえるのであれば、今回も是非やっておきたいところだ。
「分かりました。ちなみに、ポエールさんたちにお任せする感じで良いんですよね?」
「もちろんです! ……ただ、あの、すいません」
「はい?」
「申し訳ないのですが、賞品の提供をお願いできないものかと……」
「なるほど。ゲームをやるにしても、何か賞品があった方が盛り上がりますもんね。
提供するのは問題ありませんけど、何をするんですか? ビンゴとか?」
「ほ? ビンゴ……ですか? ビンゴとは一体どういう……?」
「あ、こっちには無いんですね」
「おお!? もしかして外国のゲームですか?
初耳なので、是非教えてください!」
人が集まるところで賞品をもらえる――とくれば、ついついビンゴをイメージしてしまう。
私が勤めていた会社でも、毎年の忘年会ではビンゴをやっていたものだし。
ここら辺、元の世界の価値観が未だに根付いてしまっているものだなぁ。
何となく複雑な苦笑いをしながら、私はポエールさんにビンゴのルールを教えてあげることにした。
「……ふむ! それはシンプルで面白そうですね!
男女平等、知識も力も必要なく……完全に運。公平感もあって良いし……!」
私の説明に、ポエールさんは大層ビンゴを気に入ってくれたようだ。
ビンゴカードの数字並びの規則も覚えておいて良かった。
……実は昔、全然当たらないから仕組みを調べたことがあったんだよね……。
「問題はビンゴカードを作るのが少し手間……というところですね」
「……さすがに、錬金術では作れませんか?」
ポエールさんは申し訳なさそうに聞いてきた。
さすがに錬金術では、そんなことまでできるわけが無い。
……一応試してみたものの、やはり作ることはできなかった。
ただ何で出来ないかと言えば、どうやら数字をプリントするのがデザイン扱いされるらしく、そこでダメになっているようだった。
つまり数字が無いものであれば、以前『付箋』を作ったことがあるわけだから――
バチッ
――はい、できた。
数字が何もプリントされていない紙――
「うーん、紙のところだけは作れましたね」
少し堅めの白い紙に、5×5のマスが描かれた紙。
……あれ? マスはデザイン扱いされないんだ? ……どうにも判断基準が曖昧かもしれない。
「おお、素晴らしい!
なるほど、数字を記載する場所には切れ込みが入っていて……ふむふむ。
アイナさん! ついでにこれ、商品化してしまいませんか!?」
「え、えーっ?」
「祭りのときにビンゴをやってもらって、この街のお土産として売り出しましょう!
……となると、その規模なら印刷の体制を整えないといけませんね。……それまでは、アイナさんに作成をお願いしても良いですか?」
「紙の部分だけなら、作るのは一瞬だから構いませんよ。
でも素材代とかはちゃんとくださいね? あと、利益の一部も」
「もちろんです! 一緒に稼いでいきましょう!」
――私が普通に知っていること。
それがこの世界に無いものであれば、なるほどこういう展開もあり得るのか。
そもそも『付箋』だって、ダグラスさんには大好評だったわけだし……。
この世界ではあまりハイテクなものを作りたくは無いけど、付箋やビンゴカード程度のグッズなら文明破壊にはならないよね?
今後はそういう視点で、いろいろ提供していくのも面白いかもしれないなぁ。




