431.一旦、クレントスへ
4日後、私たちはクレントスに予定通り戻ることにした。
ここまでのスケジュールは順調で、むしろ少し早いくらいに進んでいる。
そんな状態なのであれば、私たちもここから安心して離れられるというものだ。
「――そうだ、アイナさんにお願いがあるんですよ」
見送りにきてくれたポエールさんが、別れ際にそう言った。
「え? 何ですか?」
「たまに話は上がっては消えていた件なのですが……。
そろそろこの場所の――これから作る街の名前を決めて頂きたいんです」
「あぁー……」
確かにその話は今までにも何回か出てきていた。
しかしよく考えたいという言い訳のもと、ずるずると先延ばしにしていたんだけど――さすがに本腰を入れて決める頃合いか。
「アイナランドじゃないんですか?」
私たちの会話に、しれっとエミリアさんが割り込んできた。
そしてその命名、あり得ない。
「そんなわけは無いですね」
「えぇー!? 私も微妙かとは思っていたんですけど!」
「……それなら言わないでくださいよ……」
「えへ♪」
「ははは。直接的で、インパクトもある……。
少しアレですが、無くは無いかもしれませんね! ……多分」
ポエールさんはエミリアさんをフォローしようとして、何やらおかしなことを口にしていた。
気持ちはありがたいけど、そういうフォローは要りませんから!
ただ、私には最終的に付けたい名前があった。
普通の街に付けるには少し恥ずかしい名前なので、この場所の発展の最後、国として名乗りを上げるときに改名しようと考えている。
……つまり結局のところ、それまでの繋ぎの名前は考えなければいけないのだ。
「うぅーん、やっぱりすぐには出てこないので、持ち帰りますね。
確かにこれから、宣伝もしていかなければいけませんし……」
「はい、その通りです。
アイナさんのお店が完成したら、ポエール商会が全力で宣伝にあたります。
この街の存在も、十二分にアピールしていかなくてはいけませんからね!」
「あはは、人手がまた掛かってしまいますね」
「まったくです。土木建築の職人も増員しますし――あ、クレントスでは受け入れ試験をお願いしますね。
……それに冒険者の流入を積極的に推奨していくことになりましたし、あとはそろそろ資産家へのアプローチも必要になってきます。
やることはたくさんですよ!!」
「ポエールさんも、ちゃんと休んでくださいね。
代わりが効かない方なんですから」
「そうですね……。最近は少し、負荷を分散しようといろいろとやっているんですよ。
もうひと山を越えてしまえば……といったところです!」
「まだ山を越えるんですか……。
いざとなったら、アドルフさんにたくさん押し付けてくださいね!」
「おいっ!?」
「ははは、そうさせて頂きましょう」
「おいっ!?」
……アドルフさんのツッコミが2回聞こえた気がするけど、きっと空耳だろう。
「さて、それじゃそろそろ行きますか。
また2週間後くらいにお会いしましょう!」
「はい、道中お気を付けて!」
ポエールさんの挨拶が終わると、馬車はゆっくりと走り始めた。
このままのペースでいけば、次に来るときはこの場所も順調に発展しているだろう。
下準備は完了で、そろそろ次の段階を目指す……っていう感じかな。
これからは職人さんも一気に増えることになりそうだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車に揺られながらも、考えることはたくさんある。
特にアドルフさんが熱心に仕事を受け持ってくれたおかげで、その相談も結構飛んできている。
やっぱり一人で何でも抱え込んでいちゃダメだよね。
ポエールさんも早く、信頼できる人に仕事を渡していければ良いんだけど……。
「――ところで、みんなはどうだった?」
私たちの世話で時間を取られてしまっていたが、メイドさんも三人、いろいろと積極的に動いてくれていたようだ。
私が大雑把に聞いてみると、まずはルーシーさんが返事をしてくれた。
「……とても活気がある場所でした。
人数はまだまだ少ないのでしょうが、それでも未来に向かっているというか……。
あそこにいるだけで、何だか嬉しくなってしまいました」
「今がまさに発展中だからね。これからもっと賑やかになっていく予定だから、期待しててね!」
「……そこで、ご相談なのですが」
「え? なぁに?」
「マーガレットさんがいろいろと話を聞いていたのですが、あそこでは甘いもののお店が欲しいという要望があるようです。
今度私が行ったとき、お菓子の露店を開いてもよろしいでしょうか」
「おー、ルーシーさんはケーキとか上手だもんね。
本業の傍らだと大変だけど、大丈夫?」
「長期は厳しいですが、一週間程度なら特に問題は無いかと思います」
ルーシーさんの言葉に、ミュリエルさんも賛同してきた。
「私もフォローしますので、どうかお許しください……!」
「え!? ミュリエルさんが手伝うの!?」
「あ、作るところ以外で……なんですけど」
私の勢いのある返事に、ミュリエルさんは少し恐縮しながら言った。
ミュリエルさんが少しでも作る手伝いをしたら、いかにルーシーさんのお菓子が美味しいとは言え、一気にダメになる可能性があるのだ。
「んー、そうだね。二人が大丈夫なら、良いと思うよ。
……となると、あっちに行くときは一緒になるように調整しないとね」
「申し訳ございません、よろしくお願いします。
次の次あたりで考えて頂けると嬉しいです」
「それくらいあれば、準備時間は足りる?」
「はい! ……それに、次はキャスリーンさんの番ですから。
今回はじゃんけんで決めていたのですが、負けた彼女の落ち込みっぷりも凄くて……」
「へ、へぇ……?」
「そんなこともありまして、申し訳ないのですが……次回はキャスリーンさんのこと、よろしくお願いします」
「あー、うん。よくは分からないけど任された……!
それだけ楽しみにしてくれているってことだもんね、私としても嬉しいよ。
……ところでマーガレットさんは、どうだったかな?」
「はい、たくさんの方とお話が出来てとても楽しかったです!
アイナ様のこともいろいろと聞かれたのですが、良い感じでお伝えしておきました!」
「良い感じ……。あ、ありがと……」
「いえいえ!
あとはやっぱり、お店の数が全然ないのは寂しかったですね。
まわりの村からも、行商の方が来てくれれば良いのに……って」
「アドルフさん、今の話――」
「合点承知!」
「――というわけで、次は少し改善されると思うよ!」
「い、今ので、ですか? 凄い……!」
「あはは、アドルフさんがやる気に満ちているからね。
多少の無理難題くらい、何でもへっちゃらな感じだよ」
「それは頼りになります……!
……はい、私はそれくらいです。これからあの場所がどうなっていくのか、私もとても楽しみにしています!」
「ありがとう、みんなで頑張ろうね!」
「「「はい!」」」
「おう!」
いつの間にか、アドルフさんも自然に会話に入ってくれていた。
しかしこのアドルフさん、次回は浜辺の方に引っ越す予定だ。
……となると今回、クレントスに戻るのは最後ということになる。
それならばアドルフさんのやる気と人脈を活かして、一人の引き抜きをお願いすることにしよう。
――宿屋を展開していくとなれば、『あの人』の協力が絶対に欲しいからね!!




