430.お手伝い
次の日は、朝から職人さんのお手伝いをしてまわることにした。
昨日は結局何も手伝えなかったから、その分、今日はいろいろと手伝うことにしよう。
そして今日はリリーと一緒だ。
職人さんたちはリリーに一度は会ったことがあるけど、日常的に出会う機会があることを、しっかり覚えておいてもらわないとね。
「ママー。いろおとこは何でこそこそしてるのー?」
私がリリーと建築中のお店に向かっていると、後ろを気にした様子でリリーが聞いてきた。
見れば木陰に隠れるようにして、ジェラードが私たちに付いてきている。
「今日の護衛はジェラードさんなんだって。
私がリリーとたくさん遊びたい~って言ってたから、何だか気を遣ってくれてるみたい」
「ふーん? それは優しいってことなの?」
「そうそう。ジェラードさんは優しい人だよ。
裏はたくさんあるけどね」
「裏? うしろ?」
「見えないところで、何をやってるのかちょっと分からないってこと。
それでも私のために、いろいろやってくれているんだよ」
「そうなんだ? ママ、大切にしてもらってるんだね!」
「あはは、そうだねー」
陽射しが暖かい中、ほんわかと話をしながらまったりと歩いていく。
さり気ない日常の時間。一緒にいるのは迷宮の力を持つという幼い少女。
……そんなミスマッチが、ファンタジーな世界であることを何気なく思い知らせてくれる。
「私もね、たくさん大切にしてもらってるの。
お兄ちゃんにも、お姉ちゃんにも、おばちゃんにも、おじいちゃんにも、メイドちゃんにも。
……でもやっぱり、ママと一緒が一番うれしいの♪」
「も~、そんな可愛いこと言っちゃって~っ!!」
「にゅ~♪」
思えばリリーとは、いわゆる数奇な運命で繋がっている。
偶然あそこで出会い、偶然あそこで死んでしまい、偶然あそこで私が迷宮を創ってしまった。
……確率で言えば、今のリリーと一緒にいられるのは限りなくゼロに近いだろう。
もう一度私がこの世界をやり直したとしても、再現することはきっと不可能だ。
「……私もリリーと会えて、本当に良かったよ。
リリーからどれだけ助けてもらったのかは、大きくなったらちゃんと話してあげるね」
「うん♪」
今話しても、きっと全容は伝えきれない。
ちゃんと理解できそうなくらい大きくなったら、そのときはいろいろと話してあげたいな。
……まぁ、そもそもリリーが大きくなるかはちょっと分からないんだけど……。
「ところでリリーってさ、空を飛べるでしょう?
何かものを持って飛べたりするの?」
「それはやったことがないの。でも、どうして?」
「これからね、私のお店を作ってくれている人たちのお手伝いをしようと思ってるの。
高いところで作業をしてる人に、ものが渡せたら良いなーって思って」
「役に立てるなら、頑張るの!」
「あはは、できるかなー?」
……まぁ、そうは言っても幼い女の子だ。
建築のお手伝いというよりは、今日は昼食のお手伝いをメインにお願いしよう。
私も料理をこなすようになったから、この辺り、母親としてしっかり伝授していかないと……!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――しかしやってみればどうにかなるもので、リリーは煉瓦やら壁材やらを持って飛びまわっていた。
最初は職人さんたちも驚愕の表情でリリーを見ていたものの、私の娘ということで、何となくすぐに慣れてしまったようだ。
神器の魔女の娘なのだから、飛んでも不思議は無いし、重いものを運べても不思議は無い。
……ここら辺、さすがリリーの気配に負けずに採用された猛者たちだ。
この街に集まってくる人が、全員こんな感じなら本当に助かるんだけどなぁ……。
「――頼まれていたものは終わりました。
他に、何か手伝うことはありますか?」
「はい! えぇっと、外はリリーちゃんがいるから大丈夫そうですね。
中はどうでしたか?」
「ペンキを塗ったり、板を打ち付けたりしていました。
そっちもお手伝いできそうなことは無かったです」
「それでは今日はもう、大丈夫そうですね。
お忙しいところ、ありがとうございました!」
「いえいえ、自分のお店ですから。
……となると、次はお屋敷の方を手伝った方が良いのかな……」
「あっちの方が建物としては大きいですからね。
こちらはひとまず大丈夫ですので、これから屋敷の方に行ってみてはいかがですか?」
「うーん、そうですね。そうすることにしましょう。
私もまた3、4日したらクレントスに戻ってしまいますし、できることはしていかないと」
「アイナさんも大変ですね……。
それではこの辺で――」
「はい! 昼食の用意をしますね!」
「え? 今日もよろしいのですか?
……実は夜に職人同士で語らうことがあるのですが、アイナさんの食事は評判なんですよ」
「そうなんですか?」
「やはりこういう場で、温かいものが食べられるというのは嬉しいものなのです。
それに、どことなくほっとする感じの味付けなので……」
「あー、特に料理の修行をしたわけじゃありませんからね。
いわゆる我流というか、亜流というか、我が家の味というか」
「ははは、店の味なら屋台で食べられますから。
家庭の味だというのであれば、そちらの方が嬉しいのかもしれません」
「なるほど、そういうものですか……。
ではその路線で、今日も昼食の用意をしましょう。リリーはもう、お手伝いは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。
リリーちゃんも、アイナさんとは違ったところで大活躍でしたよね。
この活躍を聞いたら、棟梁もきっとお二人を欲しがると思いますよ」
「ありがとうございます。
私を引き抜くなら、ライバルは多いですよ。魚屋さんでも勧誘を受けましたから」
「ははっ、それは大変だ。
……っと、それでは昼食の方、ありがたくお世話になります」
「楽しみにしていてくださいね!
昨日、猪の駆除をしてきたので、お肉を少し分けてきてもらったんです。それを使っちゃいますか」
「おお……! 力仕事なものなので、肉は大変ありがたいです……!
しかしさすがに、そろそろお金を払わなければいけないような……?」
「いえいえ、私が好き好んでやっているだけですから。
お金をもらうなら、先にいつやるかをちゃんと決めて、それをしっかりこなさないといけませんので」
「アイナさんは真面目な方ですね……。
嫌な噂が流れているのはご承知でしょうが、実は私の家族も不安に思っているのですよ。
……本人と会ってくれれば、そんな不安も取り除けると思うのですが」
「お会いしましょうか?」
「さ、さすがにそこまではっ!
それにここで働く職人は、アイナさんと仲間の方々の良いところを知っています。
いつかその話が、世間に広まっていくと思いますよ」
「あはは、そうだと良いんですけど。
――さて、それじゃ昼食の準備を始めますね」
「はい、よろしくお願いします!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の昼食は、スープと野菜炒め、それに猪の角煮。
……角煮については少し反則気味だけど、錬金術で作らせてもらった。
猪の肉は少しクセのある感じだから、ここはちょっと裏技ということで……。
そのおかげもあって、見た目はそれなりだけど、味は一級品にすることができた。
家庭の味がどこかに行って、お店っぽい味になってしまったけど……まぁ一品くらいは問題ないよね。
「うーん、美味しそうなの。
やっぱりママは、お料理が上手だね!」
「作っていけば、これくらいはできるようになるよ。
リリーもお料理、覚えてみよっか」
「うん、頑張るの!」
「それじゃ私は盛り付けをしてるから、職人さんたち……と、ジェラードさんを呼んできてくれる?」
「はーい!」
私の言葉に、リリーは元気に飛んで行った。
……ありがたいことに、職人さんたちはリリーに普通に接してくれている。
そしてリリーも、とても楽しそうだ。
この街作りがこのまま進んでいけば良いんだけど――
……おかしな問題が、これからも起こりませんように……。




