43.指輪と蛇と③
時間は16時。そろそろ空も夕方の色に染まり始める頃。
「あ、あの――……」
冒険者ギルドに入るや否や、突然声を掛けられた。
振り返ってみればそこには初老の男性――指輪探しの依頼者――が立っていた。
「こんにちは、どうしたんですか?」
私が返事をすると、初老の男性は少し声を弱めて続けた。
「いや……依頼の状況が気になってしまってね……。居ても立っても居られず、ここに来てしまったんだ――」
依頼の指輪は、今は亡き奥さんの形見だしね。心配するのも当然のことだ。
――そうだ、昼に拾った指輪で合っているか、本人に確認しておこうかな。
「心配ごもっともです。あの、指輪をひとつ持ち帰ったのですが――依頼されたものかと思いますが、これで大丈夫ですか?」
「えっ!? も、もう!?」
私の言葉に、初老の男性は声を上げて驚いた。
「――おお……、これです……! ありがとう……、ありがとう……ッ!」
嗚咽のような声をもらしながら、涙をこらえながら何度も頷いている。
こういう光景を見ると、こっちも涙腺が緩んじゃうよね。
「このままお渡ししたいところなのですが――受け渡しに冒険者ギルドの窓口が指定されていましたので、一回そちらに渡しますね」
「……そうだった、そうだった。すまんね、手順を飛ばしてしまって……」
「いえいえ。それじゃ早速――……あ、一緒に行きますか?」
「ありがとう……。それではご一緒させてもらおうかな」
冒険者ギルドの窓口に行き、まずは私たちが依頼品の納品手続きをする。
そしてそのまま、依頼者である初老の男性が依頼品の受け取り手続きをする。
冒険者ギルドで依頼した場合、直接依頼品の受け渡しをすることも出来るんだけど、そうすると依頼者と受注者が時間を合わせる必要があるんだよね。
時間を合わせるのが難しい、もしくは依頼者が受注者に会いたくない――といった場合は、手数料を少し払って冒険者ギルドに委託することも出来るのだ。
……というか、後者の方が一般的なんだけど。
「――はい、これで終わりましたね。今回はありがとうございました」
「いや……こちらこそ。本当に助かったよ」
「それにしてもその指輪、とても素敵ですよね。デザインも素材も素晴らしくて――」
「え? ……あ、ああ。もしかして……素材は分かったのかな……?」
「はい。とても貴重なものを使っているようで」
使われている素材はミスリル以下、金やダイヤモンドなど。
ただ具体的に言ってしまうと――周りで誰が聞いているか分からないからね。そこは伏せておくことにした。
「そうか……、そこまで分かっていてなお、ちゃんと納品してくれたんだね……」
「え?」
「本当はダメ元だったんだよ……。ただでさえ報酬が安かっただろう?
仮に依頼を受けてくれる人がいて、そして指輪が見つかったとしても――……素材が知られてしまったら、そのまま依頼を破棄してしまうかもしれない……ってね」
少し考えてなるほどと思った。
今回の依頼の報酬は金貨1枚と銀貨25枚だ。しかし仮に、この指輪を捨て値で売ったとしても――その額を下回ることは無いだろう。
「そういえばそうですね……。ご心配お掛けしました」
「いやいや、何であなたが謝るのかね……」
初老の男性は申し訳なさそうにいう。
……何だろう? そういえば別に私たちは悪くないよね? ……これが日本人気質ってやつなのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい、今日もお疲れ様でした!」
「「お疲れ様でした!」」
今日も今日とて依頼を無事に済ませ、宿屋の食堂で労いの挨拶をする。
「やっぱり困ってる人を助けるのは良いですよね」
「そうですね! やはりアイナさんは救済の旅をしている方がお似合いです。それなら折角ですし、ルーンセラフィス教に――」
「入信はしませんよ!」
「ぐっ」
隙を突いてエミリアさんが勧誘してくる。が、即却下。
「ルークさんもいかがですか?」
「私はアイナ様を信じておりますので、アイナ様が入信されるのでしたら」
「ぐぬぬ……」
「――というか、私も末端の信徒ではあるんですよ?」
ルークが言葉を続けた。
「そういえばメジャーな信仰なんだっけ?」
「ええ。ただ一般の信徒とエミリアさんのようなプリーストはやはり色々と違いますからね。
エミリアさんが求めているのは後者のクラスでしょうし。私はそこまででは無いと言いますか――」
なるほど。この国に溶け込んでいる信仰とはいえ、どれだけ信仰に自分を捧げるかで色々と変わるんだね。
「――さて、それは置いておいてっと。それにしてもラージスネイクとの戦いは、お二人とも凄く格好良かったですよ!」
「そうですね、ルークさんがやはりお強かったですね。このまま旅を続ければ、いずれはもしかして英雄クラスにまで――」
私の言葉に、エミリアさんも続ける。
エミリアさんは自身のことを完全にスルーしたが、エミリアさんも含めて格好良いと思ったんだけどな。
「いえいえ。エミリアさん、それはさすがに買い被りすぎです。英雄だなんて、それこそ実力や資質が問われますし……」
「でも私は、ルークがあんなに強いだなんてまったく思ってなかったよ」
私の言葉に、ルークが食いついてきた。
「え? 何故ですか……?」
「だってあんなに強かったら――クレントスでもう少し違う仕事あったでしょ? あんなに強いのに街の守衛だなんて、もったいなくない?」
「……あぁ、なるほど」
ルークは私の真意を察して頷いた。そしてしばらく考えた後、言葉を続けた。
「実は私、あの――どうやら、とある方に気に入られていなかったので……守衛に回されたんです。
それで、それならばと生まれ育った近くの東門に希望を出していたわけです」
「へぇ……? ルークでも嫌われるんだね?」
特に嫌われる要素が見当たらない好青年に見えるのだが――。
「ははは……。まぁ、お名前を出してしまうとアイナ様にも分かってしまうので――」
「ルーク君? そこまで言ってしまうと、ヴィクトリア以外には思い浮かべられないよ?」
「あっ……」
私はルークをじとっとした目で見つめると、ルークはルークで『しまった』という表情を浮かべた。
「はは……。ご、ご明察です……。理由はちょっと言えないのですが、そんなわけでして……」
……はぁ。ヴィクトリアは何人の運命を変えているんだ……。
私が不在の間に、是非ともアイーシャさんには頑張って頂きたいところだ。
「――クレントスですかぁ。いろいろあったんですねぇ……もぐもぐ」
エミリアさんがマイペースに独り言をつぶやく。何となく……全部持っていかれた気がした。
「――あ、そうだ。ミラエルツに来てずっと依頼を受けてましたけど、明日は自由行動にしてみません?」
私はおもむろに話題を変える。少しくらいはのんびりしても良いよね――という提案だ。
「自由行動ですか……。それなら私はアイナ様をお護りするために、ご一緒させて頂きますね」
「あ、ずるい! 私も一緒に行きます!」
え? それって、そうすると――いつも通り、三人一緒?
……自由行動とは、一体。
「えぇ……? そ、それじゃ明日は三人で……街でも見て回ります……?」
「それは良いですね。昼と夜ではまた違いますし、しっかり昼も見ておきましょう」
「色々お店も開いてますしね!」
お店……かぁ。
そういえばミラエルツって、鉱山都市だけあって鍛冶屋も多いんだっけ?
色々なお店を見て回るのも楽しそうだ。……お金はそんなに無いけど。
「それじゃ明日はそんな感じで。行きたいところがあったら考えておいてくださいね」
「「はい」」
……というわけで明日はミラエルツの街を回ることになった。
良いものがあったら買いたいけど、逆に欲しいものを目指してお金を貯めるのも良いよね。
むしろ後者の方が衝動買いが無い分、計画的に買い物が出来そうだし。
ああでも衝動買いも楽しいんだよなぁ……後で割と後悔する感じだけど。
そんなことを悶々と考えながら、夜は静かに更けていった。




