429.猪のボス
エミリアさんがずっと手を振り続けてくれるので、私はできるだけ急ぐことにした。
さすがに全力疾走とまではいかないけど、そこそこ息を切らせる程度には急いでしまう。
「アイナさーんっ!」
「ど、どうかしたんですか? ……はぁ、はぁ」
「ああ、すいません、急がせてしまいましたね!
それよりもこの猪! とっても大きいですよ!」
エミリアさんの指差す先には、筋肉隆々の猪が横たわっていた。
元の大きさは他の猪と同じくらいだけど、筋肉で肥大しているような状態だ。
「……マッチョですね」
「猪の群れの一番奥にいたのですが、コイツが猪たちを率いていたようです。
アイナ様、額のところは見えますか?」
「額? ……んん? 何だか黒い石みたいのがあるね」
その猪の額――目と目の間の、もう少し上のところ。
いわゆる漫画とかで第三の目があるような場所に、黒い石が埋まっていた。
「もしかして、ボスの証……なのかな?」
ボスといえば、以前『ゴブリンヒーロー』というやつと戦ったことがあったっけ。
冒険者ギルドに届け出たら、普通のゴブリンとして扱われた微妙な思い出があるけど……。
まぁそれはひとつの思い出として、この猪は一体なんなのかな?
どれどれ、かんてーっ
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【ワイルドボアヒーローの死体】
突然変異したワイルドボアの死体。
英雄の運命に導かれ、ワイルドボアたちを率いていた
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「……この猪、『ワイルドボアヒーロー』って言う……らしいですね」
「猪の英雄さんでしたか!」
「ふむ……。ヒーローと言えば、ゴブリンヒーローは昔倒しましたね。
いやはや、懐かしい限りです」
「それ、私も思い出してたよ。懐かしいよねー。
ところで額の石って宝石みたいな感じだよね。貴重なものかな」
「気味は悪いですけど……」
少し及び腰のエミリアさんに共感を得ながら、それでも鑑定をして、結果のウィンドウを宙に映す。
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【黒の欠片】
黒色の結晶体。
生命力や魔力を吸収して、周囲に負の感情を撒き散らす
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「――これは!」
「これは!」
「……お蔵入りにしたい系のアイテムですね……!」
軽く『創造才覚<錬金術>』で作れるアイテムを確認してみるも、やはり禍々しいアイテムばかりが並んでいた。
こんなものを使う気はもちろん無いけど、いざというときには私も分からないからなぁ……。
……何と言っても、感情のままに『疫病の迷宮』を創ってしまった実績があるのだ。
結果オーライだから良かったとは言え、やはり感情に支配されてしまったときは、自分で自分が分からなくなってしまうこともある。
「でも貴重そうと言えば貴重そうですよね……。
アイナさんが使うとしたらよっぽどなときでしょうから、一応取っておいてはどうですか?」
「そうですね……。まぁ、そうしておきましょうか。
壊すのももったいないし、他の人の手に渡っても面倒でしょうから――」
そう言いながら、私は『黒の欠片』をアイテムボックスにぽいっと投げ入れた。
使う気がない以上、扱いも少し雑になってしまう。
「しかし世界には不思議なアイテムがあるものですね。
もしかしたら、『白の欠片』というものもあるのでしょうか」
「あー、そっちなら凄く欲しいかも!
周りが幸せになりそうなアイテムが作れそうだよね」
やはり自分たちのまわりは幸せに満ちていて欲しい。
世界の平和も大切なものだけど、何よりもまずは自分たちの平和が大切だ。
『白の欠片』というものが本当にあるのならば、その平和を助ける何かがきっと作れるだろう。
「……アイナさんには幸せになってもらいたいですからね。
ルークさん、私たちでいつか『白の欠片』をプレゼントしてあげましょう!」
「おお、それは良い考えです!」
「えぇ? 『黒の欠片』と同じ価値だとしたら、結構貴重そうなものだよ?
……値段も鑑定スキルじゃ見えてこないし」
「貴重と言うのであれば、私はアイナ様から神剣アゼルラディアをお借りしていますが」
「そうですよ! 私だってその、ほら……?」
「はぁ」
エミリアさんが若干の上目遣いで私を見てきた。
はいはい、次の神器ですよね。前向きに検討させて頂きますよっと。
「さて、そろそろ村に戻ることにしましょう。
アイナ様、このボス猪はどうしますか? 魔物化をした状態なので、基本的には土に埋葬すべきかと思います」
「そうだねー。一応、火葬までしておく?
私はまだ見たこと無いけど、アンデッド化とかもあり得るんだよね?」
「念には念を……ってやつですね!
もしかしたら今まで培ってきた冒険の勘かもしれませんし、そうすることにしましょう!」
「それじゃ、村の人たちにも手伝ってもらいますか」
さすがに最後の最後まで、私たちだけで全部をする必要は無い。
誰でもできそうな仕事は、しっかり分担してあげないとね。……私たちも楽だし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボス猪の埋葬も終わり、漁村から戻ったときにはもう夕食時になってしまっていた。
今日は結局、ポエールさんに会って、猪を駆除しに行って、それだけで終わってしまったことになる。
気分転換にはなったけど、建築の作業進捗的に見れば、もう少し何かをやりたいところではあったかな。
夕食の準備をしていたルーシーさんと少し言葉を交わしたあと、焚き火の側でグラスを持ったアドルフさんが声を掛けてきた。
「――おお、アイナさん。やっと帰ってきたか」
「ただいま戻りました。
あれ? 今日は一人で晩酌ですか?」
グリゼルダは少し離れたところでリリーと遊んでくれていた。
何ともかんとも、仲が良くて睦ましいところだ。
……私もたまにはリリーと一緒に遊びたいなぁ。よし、明日はずっと一緒にいることにしよう。
「いや、これはただの水なんだ。今は少し考え事をしたくてな」
「お、職人組合の件ですか?」
「ああ。やるとなったら俺は本気で取り組むぞ!」
「……あれ? 鍛冶の方が優先だったのでは……?」
「ポエールさんと話をしていたら、無性にやる気が出てきてな!
妥協はしないぞ! 俺がアイナさんの求める組合を作ってやる!!」
「えぇ……?
あの、鍛冶の方でもお願いしたいことがあるので……そっちは大丈夫ですか?」
「あー……、もちろん覚えているとも。
両方ともこなしてやるさ! ポエールさんだってあんな無茶な仕事量をこなしているんだから、俺だって……!!」
……アドルフさん、何だか変なスイッチが入ってしまったようだ。
身体を壊さない程度にしてくれれば良いんだけど……。
「あまり無理はしないでくださいね……?」
「おう!
それでな、次にクレントスに行くまでに、ある程度のことを決めておこうと思うんだ。
クレントスに戻ったらそっちでも少し動こうと思ってな」
「ふむふむ、仕事が早いですね」
「で、今のところで何か要望は無いかな?
ポエールさんともよく会うことになるだろうから、メッセンジャー的な仕事も受け持つぞ!」
そう言うアドルフさんの表情はやたらとキラキラしていた。
職人組合の話を振る以前と比べれば、まるで別人のようだ。
「先に伝えておいたもの以外は、特には無いですね――
……あ、いや。冒険者ギルドのような、依頼の受発注ができるものが早めに欲しいです。
今日も猪の駆除に行ったんですけど、そういうのをこなす人手が足りていないようで」
「ああ、なるほどな。
建築の職人からも細かい要望が上がっているそうだから、そこに冒険者たちを充てることができれば……ふむふむ」
「でも、お願いしている職人組合の話とは別件ですからね。
これはポエールさんに話しておいてくれるだけで大丈夫ですから」
「ん、分かった。でも組合の立ち上げのときには、冒険者ギルドがあった方が便利そうではあるが……。
……それ以外では、もう無いかな?」
「手を広げすぎてもよく分からなくなっちゃいますからね。
ひとまずは大丈夫です!」
「了解だ。よーし、今夜は長くなりそうだぜ……!」
「えー……、そんなに頑張るんですか?
必要でしたら夜食も作ってもらってくださいね」
「そうだな……。それじゃ申し訳ないが、あとでメイドの誰かにお願いさせてもらうよ」
「ミュリエルさん以外でお願いします!」
「うん……? おう、分かった」
寝静まったあとに、アドルフさんの絶叫をこの辺りに響かせたくはないからね。
ここはあらかじめ、ミュリエルさんという選択肢だけは外させて頂こう……。




