427.職人組合
「はぁ……」
夕食後、焚き火にあたりながらまったりしていると、アドルフさんがため息をついていた。
「……どうしたんですか?
慣れない環境で、疲れちゃいました?」
「あー……、そうかもしれないな。
でもそれ以上に、これからが楽しみで楽しみで仕方なくてなぁ……」
「ええ? 楽しみなのに、ため息なんですか?」
「今はまだ、俺は見ていることしかできないからさ。
アイナさんとは違って、俺が建築を手伝えるわけじゃないし……」
うぅーん? ああ、でも何となく分かる気はする。
みんなが一致団結して街作りをしているときに、自分は何もすることが無くて、少し除け者になっているような寂しさ……っていうのかな。
「それじゃ、お仕事あげましょうか?」
「お? 何かあるのか?」
「これ、どうしようかなって思っていたんですけど……。
私のお店のまわり、専門的なお店を集めたいって言ったじゃないですか。
そのお店同士で、職人組合みたいなやつを作りたいんですよ」
「ほう……。それは面白そうだな!」
「それで、私は要職に就くつもりは無いんですが――
……アドルフさん、職人組合の責任者をやりませんか? お仕事、たくさんありますよ」
「む、そういうことか……!
しかし、俺よりも年上の職人もたくさんくるだろうしなぁ」
「逆に、私みたいな若い人間もいるわけですよ。
だからその間を取る感じで、あまり高齢の方は避けたいかなって」
「ふむ……」
「それに私の管理下には置くので、アドルフさんは自由にできると思いますよ。
基本的には全部お任せしますから」
「そうだなぁ……。鍛冶場ができたら鍛冶に集中したいから、それも時間次第かな……」
「時間を優先するなら、誰か代理を探して仕事をお願いする……とかでも良いかもしれませんね。
決められた方針の通りに進んでいけば、私としては問題ありませんので」
「んー……、なるほど。それじゃその役目、俺が引き受けることにしよう。
アイナさんの仲間の俺だからな。少しくらい、責任のある立場につかないといけないだろう!」
「はい、その意気込みです!」
「……とすると、俺は先に引っ越してきちまうかなぁ……。
責任者なら、ずっとここに留まっていた方が良いだろ?」
……おお。アドルフさんがノリノリだ。
クレントスでやり残したことがもう無いのであれば、確かに早く引っ越してしまった方が良いかもしれない。
そうすれば後から来た人たちと、順次顔繋ぎもしていけるわけだし。
「それは良い考えですね。
私はまだ往復しなければいけないので、私たちのテントの管理も一緒にお願いすることにしましょう」
「ちょっと待て!? ……それは体の良い押し付けじゃないか!?」
「あ、バレました? テントって、いちいち設置し直すのが面倒なんですもん」
「素直だな!? ……まぁ良いさ、大した手間じゃ無いし。
しかし俺もこの場をよく離れることになるだろうから、そうすると他にも誰か残った方が良いんじゃないか?」
「メイドさんはダメですよ!!」
「も、もちろんだっ! 俺がそんなこと、言うと思ってるのか!?」
私の言葉に、アドルフさんはとても慌ててしまった。
いや、でもそれ以外だとすると――
「……誰か希望はあります?」
「うーん、順当にいけば、ジェラードかグリゼルダ様だよなぁ……」
「変な趣味ですね」
「趣味って言うなよ!!
ほら、エミリアさんを残すわけにもいかないだろう? リリーちゃんはアイナさんと一緒にいたいだろうし……。
ルーク君も残るわけが無いしな」
「消去法でいくと、確かにジェラードさんかグリゼルダですね……。
でもグリゼルダには手を出しちゃダメですよ。今は女性なんですから」
「アイナさん……。手を出して、俺が無事で済むと思うか……?」
「……そうでしたね!」
「それに俺は女性を口説くなんて、そっちの元気はもう無いぞ?
ただ、グリゼルダ様は一緒に酒を酌み交わしていると、とても面白い方でなぁ」
「精神年齢は一応、高いですからね」
「一応って……」
……だってお小遣いをせびってきたり、喜々として買い食いに向かったり、最近はそういうところばかりを見ているから……。
「逆に、アドルフさんとジェラードのコンビっていうのも、なかなか想像がしにくいですね」
「二人きりになったら、多分何も話さないと思うぞ……?
俺はミラエルツ暮らしが長かったからさ、ナンパ師ジェラードの噂もよく耳にしていたんだよ。
だからアイナさんの仲間だとは分かっていても、何となく壁があるんだよな」
「ふむー、そういうものですか。
それじゃ、精神衛生上はグリゼルダの方が良さそうですね」
「しかし俺のために残ってもらうっていうのも、畏れ多いよな……」
「それならもう、三人で残れば良いんじゃないですか?」
「え? お、そうだな? うーん……」
「では話を詰めてしまいましょう。
ジェラードさーん、グリゼルダ―っ!」
私が声を掛けると、少し遠くにいた二人が近くにきてくれた。
「はいはーい♪ アイナちゃん、呼んだ?」
「妾もかえ? アドルフがおるということは、酒かのう」
「違いますよ!」
……ほら、すぐにこういうことを言う。
これを見て精神年齢がしっかり高いかと聞かれれば……、ねぇ?
「それで、何かな?」
「はい。アドルフさんに、職人組合の責任者をお願いすることにしたんです。
私たちはこことクレントスをしばらく往復しなければいけないんですけど、アドルフさんは先に引っ越してもらおうかなって」
「ほうほう。アドルフは実力もあるし、責任感も強いからのう。良い人選じゃと思うぞ!」
グリゼルダの言葉に、アドルフさんは良い笑顔で笑っていた。
本心からの笑顔というものは、見ていて嬉しくなるというものだ。
「それで、一人だけじゃ危ないじゃないですか。(テントの管理もあるし)
だからジェラードさんとグリゼルダも一緒に、引っ越してきてもらえないかなーっていう相談です」
「なるほどのう、妾は構わないぞ。
ただし酒を少し寄越すのじゃ。駄賃代わりじゃてな」
「そうきましたか……。
まぁ良いでしょう。実際、護衛みたいなこともお願いするわけですし」
「ほほ、そうこなくてはな♪
アドルフよ、安心安全は妾に任せるが良い」
「ははっ、ありがとうございます!」
「……アイナちゃん。それってずっと、アドルフさんと一緒にいなきゃいけないの?」
「そんなに厳密なものでも無いですよ。
それに私たちがこっちにいる間は、のんびりしてもらっていて構いませんから」
私の言葉に、それでもジェラードは考え込んでしまった。
「……調整してもらえれば、夜中は出て行っても大丈夫ですよ!」
「あ、そうなんだ。分かった、おっけー♪」
……おお。ジェラードは夜中に出掛ける気が満々だったのか……。
やっぱりこれはあれかな。密会していたというポエール商会の女性職員に会うためかな……。
「ありがとうございます。
次回クレントスに戻ったとき、そこで引っ越しの準備をしてしまいましょう。
私のこっちのお屋敷ができるまでは、申し訳ないですがテント暮らしをお願いすることになりますけど……」
「あはは、テントなんてもう慣れちゃったよ。気にしない、気にしない♪」
「屋敷は屋敷で良いが、やはり自然の中というのも良いからのう。
アイナがいる間に、酒とツマミを確保しておけば何の問題もなかろう」
……何だかツマミの話が増えてる……。
まぁ良いけど……。
「それじゃアドルフさん、明日はポエールさんとお話をしに行きましょう。
職人組合の話自体は、ポエールさんにはもうしてありますので」
「おっ、そうか!
明日からは俺も頑張らないといけないな。しっかり働くとしよう!」
一通りの懸念が無くなると、アドルフさんは元気に言い放った。
職人組合の責任者の件は私もどうしようかと考えていたところだけど、あとはアドルフさんに任せておけば大丈夫だろう。
……丸投げというわけではなくて、信頼の証……という意味でね。




