426.昼間の大活躍
「アイナちゃーん♪」
積み上げられた煉瓦を錬金術で補強していると、何ともにこやかなジェラードの声が聞こえてきた。
空を見上げれば、そろそろお昼どき……といったところか。
作業に集中していると、時間が経つのも早く感じられてしまう。
「あれ? ジェラードさん、どうしたんですか?」
「え? アイナちゃんが呼んだんじゃないの?
アドルフさんに言われて来たんだけど……」
「ああ、そうでした、そうでした。
でもまさかジェラードさんが来るとは思いませんでしたよ」
「あはは、そうだねぇ。こういう役回りは大体、ルーク君かエミリアちゃんだもんね♪」
「でしょう?
ちなみにその二人はどうしたんですか?」
「近くの村で問題があったようでね。
ちょっとそっちの方に行っちゃったんだよ」
……問題?
その単語だけで不吉というか、不安な気持ちがもたげてくる。
「それ、大変な感じですか?
私も行った方が良いです?」
「ううん、アイナちゃんは行かないで大丈夫だと思うよ。
どちらかといえば、ルーク君の方が得意な案件だろうし」
「はぁ……、それなら良いんですけど……。
それで、何があったんです?」
「えっとね、猪が出たんだって」
「いのしし、ですか?」
……ジェラードの口からは、私がイメージしていたものとは違う単語が出てきた。
確かに猪の駆除なら、私よりもルークの方が得意そうなところではある。
「最近ちょこちょこと目撃されていたらしいんだけど、ついに人を襲うようになったらしいんだ。
山に暮らしていた猪が、餌を探して下りてきたのかなって話でね」
「あー……、少し前までは寒かったですもんね。
最近は少し暖かくなってきましたけど、餌はすぐに見つかるようにはならないでしょうし」
「だね♪ そんなわけで一番強いルーク君と、その補佐役としてエミリアちゃんが駆り出されたってわけ。
おかげで僕は、お姫様の護衛を買って出ることができたんだよ♪」
「はぁ……」
「ふふふ、気の無い返事もアイナちゃんの魅力のひとつさ♪」
「はぁ……。
……ところでお呼びしたのは、私一人だと不用心だって思われそうだから……ってだけなんですよ。
なので、特にやることは無いですけど、どうしましょう」
「そうなんだ?
それは確かにルーク君の案件だね……」
「ですね。ジェラードさんは逆に、いつもどこかを飛びまわっているイメージがあります」
「ま、僕がずっとアイナちゃんの側にいたら、ルーク君が嫉妬の炎に包まれちゃうからね。
トータルで見れば、それは僕の望むところでは無いんだよ」
「嫉妬も何も、まぁ、何というか……まぁいいや。
そうだ。もうすぐお昼の時間ですし、せっかくなので手伝って頂けますか?」
「いいよー♪ 何をすれば良いの?」
「昼食の準備です!」
「……え? それ、アイナちゃんがするわけ?」
「基本的にはみなさん、持ってきているんですけどね。
でも熱いスープのひとつもあれば、食事が潤うじゃないですか」
この世界、魔法瓶のような便利なものは無い――
……いや、もしかしたら炎の魔導石あたりを組み込んだ便利なものがあるかもしれないけど、さすがに一般には流通していないはずだ。
そんなわけで、ここは私がお節介を焼かせて頂くのだ。
「なるほど、了解♪
僕も料理ならある程度できるし、何でも言ってよ!」
「おお、ジェラードさんはお料理もできるんですね!
それじゃせっかくなので、2、3品くらい作ることにしましょう」
「……え?」
「え? ほら、せっかくですし?」
あれ、何かおかしなことを言ったかな?
……ジェラードが固まってしまった。
「職人さん……、結構な人数、いるよね……?」
「はい? そうですね、作り甲斐があります!」
「……え? 全員分、作るの?」
「もちろんですよ? ささ、時間がもったいないですから!
すいませーん、ちょっと昼食の支度してきますねー!」
「「「「「「「「「「ありがとうございます!!」」」」」」」」」」
「うわっ!?」
私の言葉に、職人さんが一斉に返事をしてくれた。
さすがにその迫力に、ジェラードは驚いてしまう。
……私は2回目だから予想はしていたけど、初めてこれを聞くと、やっぱり驚いちゃうよね。
「それじゃ私は野菜を切るので、ジェラードさんは火の準備をしてくださいな。
はい、お鍋はこれをどうぞ」
そう言いながら、アイテムボックスから大きなお鍋を取り出して、ジェラードに渡す。
「……結構大きいお鍋だね……。
もしかして、いつも昼食を作ってるの……?」
「いえ、前回来たときは調理器具が小さいのしか無くて、断念していたんですよ。
だから今回は、クレントスに戻ったときにいろいろと準備をしてきたんです♪」
「へ、へぇ……?」
「ほらほら、野菜や肉も結構買い込んできたんですよ。
さて、何を作ろうかなー」
「……アイナちゃんも、大概だねぇ……」
「えー。それはひどい」
今までを振り返ってみれば、出先で料理をすることなんて、いつものことになっているからなぁ……。
確かに人数は多いけど、大鍋で作ればそこまで大変ってことでもないし――
……って、ジェラードからすれば、そこがきっと『大概』なんだろうけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食も大好評のうちに終え、午後も少し作業をしてから、私とジェラードは自分たちのテントに戻ることにした。
戻ったら少し休憩をして、そうしたら夕食の準備を――って、向こうにはメイドさんたちがいるのか。
それなら私はもう、これからゆっくりしちゃおうかな?
「――アイナちゃん、お疲れ様。今日は大活躍だったね!」
「ありがとうございます。でも今日の時間はまだまだありますよ。
……ゆっくりする気、満々ですけど」
「アイナちゃんも、本来は人を使う側なんだけどねぇ……。
まぁ細々としたものをやっちゃう辺り、アイナちゃんらしくはあるんだけど」
「あはは、基本的にはただの人ですからね。
今はいろいろあって国作りなんて目指していますけど、もともとはただの一労働者でしたし」
「労働者? アイナちゃんって、錬金術師になる前は働いていたの?」
……あ。
まずい、口が滑った。それ、前世の話だった……。
「まぁまぁ、そんな昔もありました。
そうですね、錬金術師の前は……何だろう。雑用みたいな、そんな感じの仕事だったかな?」
「アイナちゃん、17歳だったよね……。
うぅん、何だか昔も大変だったんだね。詳しくは聞かない方が良さそうだけど……」
「あれ、ありがとうございます?」
「いえいえ、何の何の」
……思いがけず、ジェラードから気を遣われてしまった。
知り合ってからはそれなりに時間が経つし、言い難い一線を越えないでいてくれるのはとても助かる。
それにしてもこの世界、いろいろある世界だけど――他の世界から転生してきたなんて言ったら、一体どういう反応が返ってくるんだろう。
グリゼルダも転生をしたはしたんだけど、あれは同じ世界の中での話なわけだし……。
「――ところで、ジェラードさんと二人っきりで歩くのも珍しいですね」
「あはは、確かにね。
これからは何回、そんな機会があるんだろう。僕はその一回一回を大切にしていかないと……」
「そ、そんな大したものでは無いですよね!?
一緒に歩くくらいなら、別にいつでも歩きますよ!?」
「いやー、やっぱり自然な感じが良いんだよ。
……さぁさぁ、それよりももっと楽しい話をしようよ!」
「た、楽しい話ですか……?
そういえばジェラードさん、ポエール商会の女性職員の方と密会していたのって、本当ですか?」
「ちょっ!? 楽しい話をしようよ!?」
「え? 楽しそうじゃないですか?」
「えぇーっ!?」
……ダメ?
私としては、とっても楽しそうなんだけど……。




