424.誤魔化す偉い人
日も暮れかけるころ、私はクレントスから持ってきた資材や物品を、ようやく運び終えることができた。
容量がほぼ無制限のアイテムボックスを使ってこれなのだから、普通にやったのでは多くの人手が必要になるだろう。
そんなことを考えてしまうと、今日の自分の仕事っぷりが、何とも誇らしく思えてしまう。
「アイナさん、今日もお疲れ様でした。
明日は特にスケジュールはありませんので、ご自由にお寛ぎください。
……もちろん、いろいろと手伝って頂けるとありがたいのですが」
「了解です。
午前中にアドルフさんとお店の場所を見に行こうと思いますので、それが終わったらお手伝いしますね」
「かしこまりました。
私は拠点の方で事務作業をしていると思います。何かありましたらご足労ください」
そんな話をしてからポエールさんと別れ、私はルークとエミリアさんと一緒に、いつも泊まっている場所へと向かった。
泊まっている場所……とは言っても、テントを張るのに良さげないつもの場所、というだけなんだけど。
「……さすがにテントで寝泊まりするのは慣れましたが、やっぱりちゃんとした部屋が欲しいですね」
「はい! 職人さんを含めて全員がテント暮らしなので、あまり贅沢は言えませんけど……。
でも、それもアイナさんの家ができるまでですから、あと一か月と少しですね」
「そうですね。
家が出来てしまえば、メイドさんと警備メンバーと一緒にこっちに引っ越して……。
でもやっぱり、ルークはクレントスから離れるのは寂しいよね」
「いえ、問題ありません。
アイナ様がいる場所こそ、私の故郷ですから」
「何を言ってるんだね、君は」
「アイナさん、その言い方は酷い♪
でもルークさん、ずっと妹さんと離れるのは寂しくないですか?」
「いえ?」
「……っていうか、ルークは最近ケアリーさんと会ってるの?
こっちにいる時間も長くなるんだから、せめてクレントスにいる間はちゃん会っておかないと」
「むぅ……。それでは戻ったら、たまには会うことにしましょう」
「あんまり乗り気じゃないねー」
「きっと照れてるんですよ!」
「なるほど!」
……とは言え、実際のところルークとケアリーさんの関係はよく分からない。
仲が良いのは確かなんだけど、ルークには若干の苦手意識があるみたいなんだよね。
私が話す分には、二人とも話しやすいんだけど――
……でもその二人同士が話しやすいかというのは、また別の問題になるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちがテントを張るのは、職人さんの宿泊地区の近くだ。
昼過ぎに見た屋台街からは少し離れた場所になる。
……それにも関わらず、遠くの方からは静かな喧噪のようなものが聞こえてきていた。
お祭りの会場の遠くで、何となく賑やかな感じが伝わってくる……そんな感じかな。
「「「お帰りなさいませ!」」」
「おう、ご苦労じゃったな」
「ママー、お兄ちゃん、お姉ちゃん、お帰りなのー」
「先にやってるぞー。ひっく」
グリゼルダとアドルフさんはお酒を少し飲んでいるようだが、他の4人は私たちを待ってくれていたようだ。
「あ、夕食を作ってくれたんだね。ありがとー」
「いえ、これも私たちの務めですから」
「早速ですが、アイナ様に頂いた塩を使ってみたんですよ!
……でもここでは普通に使われているようで、少しショックです……」
「あはは、ここの塩は全部私が作ったんだけどね。
ところでジェラードがいないけど、どこかに行ったの?」
「はい。詳しくは教えて頂けませんでしたが、どなたかとお会いするようでした」
「え? 誰だろう」
「アイナ様たちと別れたあと、ポエール商会の職員の方と話をしていましたよ。
少しぽわっとした感じの、可愛い方でした」
「……もしかして、ナンパ師の血が」
「騒いでいるのかも」
「しれませんね」
ミラエルツのナンパ師時代を知っているエミリアさんとルークと共に、ひとつのシナリオが見事に完成した。
ジェラードと女性とくれば、これはもうナンパしか無いだろう。
「いやいや。昔とは違って、今回は情報収集かもしれないぞ?」
同じくナンパ師時代を知っているアドルフさんが、一応といった形でフォローしてくれた。
ポエール商会のみなさんには全幅の信頼を置いているものの、ジェラードと比べてしまえば、私はやはりジェラードを信用してしまう。
……となれば、ジェラードが独自の視点でポエール商会に接触するというのも、ありと言えばありかもしれない。
「そうですね。さすがに今さら、ただのナンパなわけは無いですよね。……多分」
「あはは、確かに♪
それではジェラードさんは放っておいて、夕食を頂きましょう!
ルーシーさん、私も何か手伝いますか?」
「ありがとうございます。それではテーブルを拭いて頂けますか?
あとはこちらで盛り付けていきますので」
「分かりました!」
さすがにこういう場所だと、メイドさんたちとの距離感も自然と近くなってくる。
せっかくなので、私はいつもと違う空気を楽しむことにした。
全員がテーブルを囲んで、料理が盛りつけられたお皿が配られて――
そして和やかな雰囲気で食事が始まった。
メイドさんたちも給仕はせず、一緒に食事をしているのが何となく嬉しかった。
「私たちはいろいろ仕事をしてきたけど、そっちはどうだった?」
「そうですね……。
とりあえずマーガレットさんが、長時間どこかに行っていました」
私の質問に、ルーシーさんは落ち着いた様子で答えた。
「あー……。またいろいろと、ご挨拶にでも?」
「はい。職人さんがたくさんいらっしゃったので、少しお話を伺ってきました。
いろいろと情報を仕入れてきましたよ!」
「情報?」
「例えば、アイナ様の噂とか、ポエールさんの噂とか……。
……あとは不満に感じていることがあるようですね。
そろそろ我慢できなくなると言っていましたので、ちょっとルーシーさんに相談しようと思っていたんです」
……んん? それって何だか、どこかで聞いたような話かも……?
そういえばポエールさんから、職人さんが風俗街の要望を上げていたことを聞いていたっけ。
我慢できないって、まさか風俗街のこと?
……え? それを何でルーシーさんに相談するの……!?
「そ、それってルーシーさんじゃなきゃダメなこと?」
「この中では一番得意だと思いますよ!
ミュリエルさんよりは大丈夫かと思いますが、私もダメな方ですし……」
えぇ!? ルーシーさん、大人しそうな顔をしてそんな……!!?
でもでも、うちの大切な使用人に、そんなことはさせられません!!
「いやいや、あんまり無茶なことはしないでよ? それに何よりも、自分を大切にね……」
「え?」
「え?
……あれ? 何の話?」
「職人の方が、ここには甘いものが無いから我慢できない……っていう話です。
アイナ様は何の話だったんですか?」
「へ? ……あ、あー、いや?
ああ、うん、いや、甘いものだね。うん、甘いものだよ!」
まさか甘いものと風俗街を勘違いしていただなんて言えるわけが無い……。
……ああ、先入観ってとても恐ろしい!
「ルーシーは甘いものを作るのが得意じゃからのう。
ほれ、この前作っていたシュークリームはなかなかのものじゃったぞ!」
「あ」
グリゼルダが楽しそうに話す横で、ルーシーさんが短い一言を発した。
そしてそのまま、少し挙動不審な目を私に向ける。
「……それ、初耳だけど?」
「す、すいません。アイナ様の分もご用意したのですが、グリゼルダ様が、その……」
「すまんすまん、とても美味かったものじゃから……。
おお、そうじゃ! ところでアイナには妾のとっておきレシピを教えることにしよう!!」
「えぇー……。
それは嬉しいですけど、教える理由が誤魔化すためなんですか……?」
「は、はて? 誤魔化すとは、一体何のことじゃろうのう……?
そうそう、せっかくじゃし、ここは甘いもので攻めてみるとしようか! 酒のつまみにもぴったりなんじゃよ♪」
「結局お酒に繋がるわけですね……」
「いやいや、本当にオススメなんじゃよ!?」
……もしかしたら本当にそうなのかもしれないけど、今の話の流れではなぁ……。
でも『竜の秘宝』に続く、グリゼルダのとっておきレシピの話には興味がある。
私も甘いものは大好きだから、病みつきになってしまう可能性もあったりして……?




