420.血塗られし
『海鳴りの竪琴』を使って訪れたのは不思議な孤島。
そこで私たちは、『螺旋の迷宮』への入口と、人魚の少女を見つけることができた。
片や入る方法が分からず、片や急襲を仕掛けられる――そんな状態ではあったのだけど。
「ん……ううん……」
人魚の少女を浜辺の浅いところに寝かせてしばらくすると、彼女は可愛い声を上げながら目を覚ました。
「大丈夫? 目は覚めた?」
「……あっ! わ、私は一体……!?
ちょ、ちょっと! 何で私、縛られてるのっ!?」
「えぇー……。だってあなた、急に襲ってくるんだもん……。
暴れないなら解くけど、どうする?」
「……分かったわよ。大人しくしておいてあげるわ……」
「リリー、それじゃ解いてあげて」
「分かったの!」
「ひっ!?
ちょ、ちょっと!? この子は一体何なのよっ!?」
リリーが近寄ると、人魚の少女は突然怯え始めた。
ああ、そうか。リリーは今、普通に気配を放っちゃってるからね。原因はきっとそれだろう。
……でもまぁ、今は怯えさせておいた方が良いかな。
申し訳ないけど、ここら辺は駆け引きのひとつということで。
人魚の少女は縄を解かれている間、神妙な面持ちで静かに耐えていた。
しかし縄が解けると――
「……あ、逃げた」
「に、逃げてないわよっ!!」
少女は海の中を少し泳いでから、遠くの方で頭をぴょこんと出してこちらを見ている。
立ち泳ぎって言うのかな? なかなか器用な真似をするものだ。
「その状態が話しやすいならそれでも良いんだけど……。
それであなたは一体、何で襲ってきたの? ……っと、その前にお名前を教えてくれる?」
「……私はマイヤ。この島に暮らす人魚よ。
あなたはアイナ――……神器の錬金術師、よね?」
「え? そうだけど、何で知ってるの?」
「『世界の声』がここにも聞こえてきたのよ。
この島は『海鳴りの竪琴』が無ければ入ってこれないし、それにお仲間さんがあなたのことを『アイナ』って呼んでいたでしょ?
それでピンときたってわけ」
……おお、これはなかなかの名推理だ。
少し荒っぽかったりお間抜けにも見えたりしたけど、マイヤさんって結構頭が良いのかもしれない。
「うん、ご明察。私の名前はアイナ・バートランド・クリスティア。
マイヤさん、よろしくね」
「ええ、よろしくね。
それで、まわりの人たちはあなたの仲間だと思うんだけど――……でも、何なのよ! その子は!」
挨拶もそこそこに、マイヤさんはリリーに向かって強い口調で言った。
……そういうの、リリーが怯むから止めて欲しいんだけどなぁ……。
「この子は……何て言うのかな。
迷宮の力を持った、私の娘……っていうか?」
「え? あなた、もう子供産んでるの!?
見掛けによらないものね!」
「え、違う違う! 産んだわけじゃなくて!
……ほら、錬金術でちょっと、ね?」
「ああ、そういうこと……。
そうよね、あなたもまだまだお子様みたいな顔をしてるもんね」
……いやいや? 私だってそれなりに苦労はしてきたんだよ?
そうは思うものの、ここでそれを言い始めても仕方が無いので言葉は飲んでおくことにしよう。
「それで、ここにいるみんなは私の仲間だから。
マイヤさんが大人しくしてくれていれば、危害は加えないから安心して?」
「……うーん……。ま、アイナさんの言うことなら信じてあげるわ。
神器を作るだなんて、それこそ神様や竜王様の加護が無いとできないんだからね。きっと、信じるに足りる人でしょ」
「そう言ってもらえると助かるかな。
……いっそグリゼルダがいてくれた方が、話が早かったかもしれないけど」
「グリゼルダって誰?」
「えっと、私が神器を作ったときに手伝ってくれた、光竜王様の生まれ変わりの――」
「な、なんですって!!!?」
「うひゃっ!?」
光竜王様と聞くや否や、マイヤさんは大きな声を張り上げた。
「そ、そっか……。光竜王様、生まれ変わったんだね。良かったぁ……。
――っていうか、アイナさんと一緒にいるの!?」
「うん、ここには来ていないんだけどね。
それにしても、マイヤさんって物知りなんだねぇ……」
「立場上、ある程度はね。
……アイナさんたちには一方的に襲っちゃったし、お詫びの意味も含めていろいろと教えてあげるわ。
ちょっと、場所を変えても良い?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
マイヤさんの申し出に、私たちは移動の準備をしてから、彼女に付いていくことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちがマイヤさんと出会った場所から、さらに島を半周ほどする。
すると次第に、たくさんの木の枝が刺さった浅瀬が見えてきた。
「……何だろう、あの枝……」
「あれはね、私の仲間のお墓」
「えっ!?」
思い掛けない言葉に、私は驚いてしまった。
お墓だと言うたくさんの木の枝は、あまり古い感じはしないのだけど――
「……何かここであったのかい?
こんなにたくさんのお墓だなんて……」
ジェラードが傷ましそうに、マイヤさんに尋ねた。
「……半年くらい前にね、ここに凶悪な人間が現れたの。
そいつは私たちから情報を聞き出して、この島にいる全員を皆殺しにしようとしたわ」
「えぇ? それって、この島の部外者……だよね? 人間、だもんね……」
「そうよ。最初は私たちもね、久し振りの来客だから歓迎したの。
古い考えの長老たちは、人間を信じるべきじゃない……って言っていたけどね。
……でも大半が、そんな忠告よりも好奇心を取っちゃったんだ」
「そして裏切られて、やられてしまった……?
……でも、この島に来れる人なんていたんだね……」
「うーん……。僕が調べた限りでは、ここに来れる人はいないはずなんだけどね。
『海鳴りの竪琴』に使った宝石は、世界に2つしかないって言われてるものだし……」
「それならもう1つ、竪琴があったのでは?」
「もう1つは既に失われているっていう話なんだ。
だからそれを信じるなら、ここには僕たちしか来れないって思ったんだけど……」
「……ううん。実はもうひとつ、来る方法があるのよ」
ジェラードの言葉を切って、マイヤさんが言った。
「そうなんだ? それって一体?」
「この島はね、『螺旋の迷宮』を管理するために存在する場所なの。
そして『螺旋の迷宮』は、水竜王アルドラム・フェルニーサの加護を受けた場所。
……つまり例外として、水竜王様やその眷属の力を以ってすれば、入れる場合があるのよ」
「へぇ、なるほど。
……あれ? そうすると、マイヤさんたちを襲った人間っていうのは……?」
「……水竜の魂を持つ剣。
それを携えた、人間の英雄……」
「え、英雄ですか!? もしかして――」
ルークが思わず、と言った感じで割って入ってきた。
その心当たりは、私も一人しか浮かんでこない。
「シルヴェスター……。
アイツは自分のことをそう名乗っていたわ。神剣を振るう、血も涙もない冷徹な男……!」
「まさか、そんな……」
……英雄シルヴェスター。
私は彼の持つ神器を見て、神器作成を夢見るようになった。
面識はないけれど、まさか彼がそんなことをしでかしてしまうだなんて……。
「アイツは『螺旋の迷宮』に用があるみたいだった。
長老たちから情報を聞き出して、仲間を惨殺してから迷宮に向かったあと……まだ、ここには戻ってきていないの。
迷宮からまだ戻っていないのか、知らない間にこの島から出て行ったのかは分からないんだけどね……」
マイヤさんは忌々しそうな表情を浮かべながら、悔しそうに言った。
そんな背景があるのであれば、突然この島に来た私たちを襲い掛かってしまうのも無理はない。
このタイミングで『海鳴りの竪琴』を使って入ってくる人間がいるなんて、まさか思いもよらないだろうし……。
「……でも、マイヤさんが生きてて良かった。
あの、聞きにくいんだけど……、他に誰か……?」
「不幸中の幸いでね、10人くらいは助かったのよ。
……9割方、死んじゃった計算になるんだけど」
そう言うと、マイヤさんは海の方を見渡してから、少し特徴的な口笛を大きく吹いた。
しばらくすると、海の向こうから――
バシャンッ
バシャバシャンッ
、――他の人魚たちが、水面を跳ねながらこちらに向かってきた。
「……わぁ、綺麗……」
宙に散る水飛沫と、人魚たちの不思議な輝きを放つ鱗の色。
それは光に照らされて、とても幻想的な光景に映った。
……でもそれは、彼らに起こった悲しい出来事がそう見せていただけなのかもしれない……。




