419.謎の少女
「――おお、これは凄い!」
洞窟から出てみると、先ほどとは違う光景が広がっていた。
そこは絶海に浮かぶ孤島のようで、海の向こうには水平線しか見えない。
もちろん私たちがここまで歩いてきた道も無く、まったく別の場所だということが窺い知れる。
「……ジェラードさん、ここってどこでしょうか?
どこってことも無いんでしょうけど」
「人魚が住む場所、くらいしか分からないからねぇ……」
「お姉ちゃん、いろおとこー。人魚さんはどこー?」
リリーは無邪気な様子で、エミリアさんとジェラードに聞いていた。
私としても、たくさんの人魚が戯れている岩場――そんな光景を想像していたものだけど。
「……うぅーん、少し歩いてみましょうか。
ここは孤島のようだし、まずは少しでも調べてみないと」
その提案に全員が賛成したところで、私たちは島をまわってみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
波の音が聞こえる中、私たちはまわりの様子を見ながら歩いていった。
今日はここに泊まるのは避けたいから、探索できたとしても4時間程度だ。
2時間くらい進んだら、何も無くても帰ることにする――今日はそんな感じで進めてみようかな。
「ところでジェラードさん、『螺旋の迷宮』っていうのはご存知ですか?
私はグリゼルダから、あの浜辺の近くにあるって聞いていたんですけど」
「それね! 僕も人魚伝説を調べていたら、その名前が出てきたんだよ。
話によれば海底にあって、そこから凄い海流を生み出しているらしいんだ」
「え……? 海底にあるんですか?
それ、そもそも入れなくないですか……?」
「さらにあの一帯の海域を難所にしているわけだからね。
いや、まさに深淵クラスって言うか――ああ、そうそう。『螺旋の迷宮』は深淵クラスだそうだよ」
「はい、そこまではグリゼルダから聞いていました。
……確かに深淵クラスの条件は満たしていそうですよね……」
何せ攻略以前に、そもそも入れないのだ。
海底というのは潜水艇のようなものを用意できれば解決できるかもしれないけど、入口から凄い海流が出ているとなれば、やはり入るのは難しいだろう。
「でも、ここにいるっていう人魚が海流を操っているそうだから。
まずは人魚を探し出して、彼らの話を聞いてみよう」
「そうですね、上手く見つかれば良いんですけど……」
……そもそも私は、まだ人魚という存在を信じ切れていない。
何はともあれ、不安はそこから始まっているのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドドドドドドド……
島の四分の一ほどをまわったあたりで、私たちはとんでもないものを見つけてしまった。
それは海に空いた大きな穴。
周囲の海水が吸い込まれるように、ひたすらその穴に流れて落ちていく。
……何だかあれ、ネットで見たことがある。
確か『ダム穴』ってやつだ。……ダムじゃないから、ダム穴では無いんだろうけど。
「アイナさん、あれは凄いですね……」
「そうですね……。何という迫力……。
それにしても、近付いてからようやく音が聞こえてきましたよね。何だか不思議な感じ……」
音の規模的に、最初の洞窟から聞こえていても良さそうなものだけど……。
やっぱり何だか、この島にはおかしいところがあるというか。
「もしかして、あの中に迷宮が……?」
ルークがふと、不穏なことを言い始めた。
もしかすると、こっちの結界の中からは別の入口が繋がっているのかもしれない。
「多分、そうなの!」
リリーは迷宮の気配を察知したようで、ルークにそのことを教えてあげていた。
「う、うーん……?
海底からよりは入りやすい……のかな? でもどっちにしても、入るのは難しそうだよね……」
船で向かっても穴に落ちてしまうし、空中からなら何とかなるのだろうか。
そういえば空を飛ぶ魔法って見たことが無いけど、そういうのが使えれば入れるのかな……。
「まずは島の中を探索しましょう。
今の私たちでは、あんな穴に入っていくことはできませんから」
「確かに……。
それじゃルークの言う通り、引き続き島をまわってみましょう」
「「はーい」」
「おっけー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――とは言いつつも、なかなか人魚も見つかってくれないわけで。
1時間も歩いたところで、私たちは少しだけ休憩することにした。
陽射しが柔らかく、海の水もほんのりと温かい。
靴を脱いで水の中に足を入れてみるのも、疲れた身体には気持ちが良いというものだ。
「はぁ……、海は良いですねぇ……。
それじゃアイナさん、私はそろそろお茶の準備をしてきますね」
「ああ、私もやりますよー。
……って、綺麗な貝殻を発見!」
「本当ですね!
アイナさんはそれを拾ってからきてください♪」
「分かりました! エミリアさんの分も取っていきますね」
「あと、リリーちゃんとクラリスさんの分もお願いします!」
「そうですね、クラリスさんにもお土産に持って帰りましょう!」
……そうすると、他のメイドさんたちにも持っていった方が良いかな。
あの5人は良い意味で公平に扱いたいというか、何かをあげるなら等分にしてあげたいというか。
「っていうと、8人分だから――」
バシャアアアンッ!!
「……え?」
しゃがみこんだ状態で、突然上がった水飛沫に驚いて見上げると――
……そこには見知らぬ少女が、海水を滴らせながら銛を掲げてこちらを見下ろしていた。
ウェーブの掛かった青い長髪に、青い瞳。
あどけなさを残した端正な顔立ち。
胸だけは布で隠されているけど、他は一糸まとわぬ出で立ちで――
……って、いやいや!? そんなのただの痴女じゃないですか!?
だって下半身は――
……あ、魚だ。
「人間め! 覚悟しろっ!!」
「え? え? ちょっと危な――うひゃっ!?」
少女の銛攻撃を何とか避けて、襲われたときの癖で密着する。
このままクローズスタンを撃てば――
……って、海水に濡れたままで電撃を撃ったらどうなるんだっけ!?
「ちっ、避けたか! でも逃がさないッ!!」
少女は再び距離を空け、鋭い銛が再度繰り出される。
陸の様子を見れば、さすがにこちらの異変には気付いたようではあるが、それでも救援を待っている時間は無さそうだ。
「ま、待って! お願い、私たちは敵じゃないからっ!!」
「ふざけるな! お前たちもアイツの仲間なんだろう!?
こんなところまでやってきたのが証拠だ! 我が一族の恨み、今ここで――」
……ああ、よく分からないけど何か誤解があるみたい!?
このままやられるわけにはいかないから、ここは私の十八番――
れんきーんっ
「……熱ッ!?」
錬金術の射程内に入ったところを見計らって、少女の銛に大きな熱量を叩き込む。
突然の熱さに、人魚の少女は思わず銛を手放してしまった。
落ちた銛は、海水に蒸気を上げさせながら砂の上に沈む。
「ごめんね、正当防衛だからっ!」
「ぬぬぬ、奇怪な術を……!
こんなことに負けていられるか! 食らえ、イクス・ハイドラ・エスク――
――んがっ!?」
少女は何だか凄そうな魔法を使おうとしたところで、遠くから飛んできた鞘が頭に当たり、大きく悶絶を始めた。
鞘が飛んできた方向を見てみれば、それはルークが思い切り投げ飛ばしたもののようだった。
「すいません、遅れました! ご無事ですか!?」
「うん、何とか!
それよりも見て! この子――」
「む……。に、人魚ですか!?」
陸からはそこまで見えていなかったようで、ルークを始め、みんな驚きながら彼女を見下ろした。
リリーははしゃぎたそうにしていたけど、私を襲ったこともあって、少し微妙な表情をしていた。
「な、何で急に襲い掛かってきたんでしょう……。
アイナさん、思い当たることは――」
「あ……アイナですってぇ……?」
エミリアさんの言葉に反応したのは、思いがけず人魚の少女だった。
海に半身を沈めたまま、そこからふらふらと起き上がろうとしている。
「え……? 私のこと、知ってるの?」
「し、知ってるも何も――
……あふん」
バシャンッ
少女の奮闘虚しく、彼女は倒れて気絶してしまった。
そういえば頭から血が出てるし、この間に治してあげることにしよう。
……また暴れられても困るから、治したあとはリリーに縛っておいてもらおうかな。




