417.伝説の楽器
翌日は朝から天気が良かった。
海の彼方まで明瞭に見渡すことができ、世界の広さなんてものをふと感じてしまったくらいだ。
ポエールさんに今日の作業の確認をすると、私の作業は特に無いようだった。
昨日の時点で、持ってきた資材をあちこちに置いてきたばかりだからね。
……とは言え、明日からは少しずつやることが増えていきそうな気配がする。
「――と言うわけで、今日は時間があるみたいです。
ジェラードさんが案内したい場所があるそうなんですけど、みんなで行きましょうか」
「うん、ついにこの時間がやってきたね!」
私の言葉に、ジェラードが明るく元気に反応した。
「ちなみに私も何も聞いていないんですけど……、行くのはこの近くですか?」
「ちょっと歩くけど、そんなでもないよ~」
「ジェラードさんは以前、幽霊屋敷に行っていましたよね。
もしかして、そこです?」
「今日は違うよ。もっと良いところさ! ……多分!」
「多分って……」
「上手くいかなかったら、絶景を眺めて帰ることにしよう!」
「……あ、予防線を張りましたね」
「あの、私も行った方が良いのでしょうか……?」
私とジェラードが話していると、クラリスさんが不安そうに尋ねてきた。
……そもそも私だってどこに行くのか知らないから、ここは判断なんてできないんだけど。
「そうだねぇ……。
もしかしたら、クラリスさんにはショックな映像かもしれない……」
「……ジェラードさん、私たちに何を見せる気なんですか……」
「あはは、冗談さ♪
そうだね、クラリスさんはお留守番の方が良いかもしれないかな。もしかしたら危ないかもしれないし」
「いよいよもって、どこに連れていくつもりなんですか……」
「それでは私は、今日は控えておきます。
職人のみなさんの様子でも眺めていますね」
私が眉をひそめてジェラードを見ていると、クラリスさんはあっさりと来ないことを決めた。
「ごめんね。土産話はしっかり持ち帰るから!」
「はい、楽しみにしています。
それに私もこの辺りは初めてなので、少し歩いてみたいということもありまして」
「人気の無いところに行くときは注意してね。
一緒に来た護衛の人にも声を掛けておこうか?」
「ふふふっ、アイナは心配性じゃのう。
それでは妾がクラリスの護衛をしてやろう」
「え? 良いんですか?」
「うむ、任せておくが良い。
ジェラードが見せようとしているものは、妾には何となく想像が付いておるからな。
そっちはそっちで、ゆっくりしてくるが良いぞ」
「グリゼルダ様、私ごときの為にそんなお手間は……」
「こんな場所に一人は危険じゃて。
商会の護衛の者だって、結局は有象無象じゃからな。アイナの大切な使用人を、そんな者には任せておけんわ」
「それではすいません、よろしくお願いします。
クラリスさんも、何かあったらグリゼルダを頼っちゃってね」
「はい、ありがとうございます!」
――と言うわけで、ジェラードと一緒に行くのは私、ルーク、エミリアさん、リリーの4人。
懐かしのメンバー、プラス、リリーって感じかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジェラードのあとをしばらく付いていくと、海に面した切り立った崖の、ひっそりと口を開けた洞窟に案内された。
足場は悪く、海からは絶えず飛沫が上がっている。
ここを歩いているだけで、何だか口の中がしょっぱくなってしまった。
「はぁ、こんなところに洞窟が……」
「ふふふ、凄いでしょ? 何だか海賊の隠れ家って感じがして、格好良いよね!」
「え? もしかして海賊の宝が……!?」
「無い無い! そんなドラマチックなものは無いから!」
「ちぇー」
「残念です……」
「おたから無いのー?」
女性陣3人は口々にぼやく。
ルークは私たちが転ばないように、後ろから注意深く見守ってくれているようだった。
「まぁ、無いんだけどね! でも、ここにはあるんだよ!!」
「……ジェラードさん、お若いのにもうボケちゃったんですか?」
「アイナさん、違いますよ。あれはきっと、いわゆる禅問答ってやつです」
「なるほど、哲学ですね……」
……いや、哲学というか宗教か。
しかしこっちの世界に『禅』なんて無いと思ったけど、似たようなものはあるのかな?
「それでね、ここに取り出したるはこの宝石! 幽霊屋敷から持ってきたものなんだけど――」
「とっても綺麗ですよね。何だか不思議な雰囲気がありますし」
「うん、それ! 実はこの宝石は魔法アイテムの一種でね。
伝説によれば、この宝石を使って特殊な楽器を作ることができるらしいんだ」
「特殊な楽器?」
私がジェラードに聞き返していると、彼は自身のアイテムボックスから白い竪琴を取り出した。
片手で持つにはギリギリの大きさだが、私でも何とか持つことはできそうだ。
「それでね、さっきの宝石に――
……こっちの『ゲルミルテの髭』と『海月の花』、『水の封晶石』を掛け合わせるの♪」
そう言いながら、ジェラードは器用にそれぞれのアイテムを両手に出して広げた。
「……何だか見慣れないものがありますね。世界は広いなぁ……」
「結構貴重なものだからね。
僕も手に入れるには、ちょっと苦労したよ。
それじゃアイナちゃん、これを素材にして作ってみようか!」
「え? ああ、これ錬金術の素材だったんですか?
それで、何を作れば良いんでしょう」
一応、『創造才覚<錬金術>』で調べれば出てくるだろうけど、一般的じゃないものは調べるのが少し手間なのだ。
かなりレアなアイテムなんかは、重箱の隅を突くように調べないとなかなか出てこなかったりするから。
「えっとね、『海鳴りの竪琴』っていう楽器が出来るはずなんだ。
どうかな、作れそう?」
「モノが分かってれば大丈夫ですよ。
それじゃ、れんきーん」
バチッ
いつもの音のあと、私の手元には綺麗な竪琴が作り出された。
外観は元になった竪琴とほぼ同じものの、宝石と封晶石が埋め込まれ、全体的に不思議な雰囲気を纏うようになっている。
「おお、さすが♪」
「素敵になりましたね!」
「ママ、綺麗~」
「アイナ様、綺麗ですね」
……ちょっとリリーとルークの台詞が気になったけど、あくまでも竪琴が綺麗ってことだよね?
私はいつも通りなわけだし。……そもそもルーク、酔っぱらってないよね?
「これで大丈夫なんですか?
そもそもこれって、どういうものです?」
えーい、かんてーっ
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【海鳴りの竪琴(S+級)】
特殊な空間結界に干渉する竪琴
※追加効果:魅了(小)
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……よーし、分からない!!
「ふふふ♪ この竪琴を奏でるとね、何と人魚の世界に導いてくれるのさ!」
「「「え?」」」
「人魚さん、いるのー?」
私とルーク、エミリアさんが聞き返している中、リリーが目をキラキラとさせてジェラードに聞いていた。
「僕も弾いたことがあるわけじゃないけどね?
でも伝説によれば、この竪琴で人魚たちと交流していた人がいたそうなんだよ」
「おぉー、それは凄いです!
……っていうか、亜人がいるのは知っていましたけど、人魚なんてのも実在するんですね……」
「私もおとぎ話くらいかと思ってました!」
「……ところでジェラードさん。
人魚に会えるのは分かったんですけど、何で会うんですか?」
いや、会えること自体は凄いことだし、会ってみたくはあるんだけど……。
……でも、会ったところで用事が無いとね?
「伝説の中のひとつにね、この辺りの海流は人魚たちが操っているっていう話があったんだよ。
だから人魚たちにお願いして、海流を緩やかにしてもらえば……?」
「緩やかにしてもらえば……?
……あ! 船が通れるようになります!?」
「うん、正解♪」
「おお!!」
この場所に国を構えるにあたって、一番の問題というか、がっかりポイントだった交易の話。
もしかして、上手くいけばクリアできてしまうかもしれない……!?
「さすがジェラードさん! 凄い着眼点です!!」
「さすがですね!」
「さすがです」
「いろおとこー!」
まさかの展開に、全員がジェラードを褒め称える。
……ああ、これ、言ってる方は結構楽しいかもしれない。
私、いつも言われる側だったし……。




