415.作業開始
4日後、私たちはクレントス北東の端、人気の無い浜辺を再び訪れていた。
前回と違うのはポエール商会が集めてくれた土木建築の職人さんが91人いるのと、護衛が12人いるのと、あとはクラリスさんを連れてきたことくらいかな?
「――海、ですね!」
馬車から降りると、クラリスさんが水平線の彼方を眺めながら興奮して言った。
表情がキラキラしているのが何とも微笑ましい。
「クラリスさんは、海は初めて?」
「はい! 私もずっと王都におりましたもので。
クレントスに向かう最中も、特に海岸線は通りませんでしたから……」
「ちょっと遊んでみる?」
「いえ、さすがにそれは……」
「あー……。
そうだ、私はこれからやることがあるから、その間にリリーの面倒を見てもらえると助かるなぁ。海で遊んであげるとか……。
ついでにグリゼルダの面倒も、よろしくしたいかなぁ……」
「ぐ、グリゼルダ様もですか!?
……かしこまりました、それではリリーちゃんと一緒に何とか……!」
「うん、よろしくね。
潮の流れが強いかもしれないから、あんまり海の中には入らないようにしてね」
「はい。水着も持ってきていませんし、それは大丈夫です!」
……おお、そう言えばこの世界、水着もしっかりあるのか。
今まで海とか川には縁が無かったから、水着を探したことはまだ無かったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ポエールさん、来ましたよー」
ルークとエミリアさんと一緒に、ポエール商会の集団に入っていく。
一番奥のところで、ようやくポエールさんを見つけることができた。
「アイナさん、ご足労ありがとうございます!
早速で申し訳ないのですが、アイナさんのお店はもう少し陸の方で考えています。
こちら問題ないでしょうか」
「はい、大丈夫です。
晴れているときは良いですけど、天気が悪いときは大変ですからね」
この辺りには台風のようなものは無いそうだが、それでも豪雨になったときは、海の近くは危険になってしまう。
海の近くにお店を構えたいという希望は特に無かったので、お店は安全な場所に構えることにした。
「ここから少し陸に入ったところに、開けた場所があるんですよ。
街の規模が大きくなったときには、ちょうと中心の辺りになると思います」
「……とすると、少し歩く感じですね」
そう言いながら、ポエールさんの開いた地図に目を落とす。
いつの間にやら、この周辺の詳しい地図を作成していたようだ。
「はい。この地図で言うと、この辺りになります。
アイナさんのお店の近くには専門的なお店を集めて、海側には大きな宿泊施設を作って……そこは観光スポットにしたいなと!」
「ふむふむ……。まさにオーシャンビューってやつですね!」
「はい! アイナさんのお店を作ってからの話になりますけどね」
「……それにしても、宿泊施設……ですかぁ」
「……あの、何か?」
「それ、ポエールさんのところで全部やっちゃう感じですか?
私も少し、噛みたいなぁ……って」
「ほう、神器の魔女様プロデュース……というわけですね!」
「私の街で宿泊施設に力を入れるなら、それを切り盛りしてもらいたい人がいるんですよ。
何も相談していないから、承諾してくれるかは分かりませんけど」
「なるほど! ……そうですね、ポエール商会としては問題ありません。
その方との契約は、ご本人様と相談させて頂きましょう……!」
「世界一の宿屋を目指していた方なので、できれば大きな権限をあげて活躍してもらいたいんです。
……すいません、我儘言っちゃって」
「いえいえ、ここはアイナさんの街になるのですから!
ああそうだ。後日、利益の分配的なところも相談させてくださいね。ポエール商会だけが利益を得るわけにもいきませんので!」
「……何だかポエールさん、やたらと良心的ですよね?
商人って何だか、もう少し自分の欲に忠実なイメージがあったんですけど」
「ははは。前にも言ったと思いますが、私だってアイナさんの仲間のつもりなんです。
仲間が国を作ろうというときに、自分ばかりが良い目を見るわけにはいきませんよ!」
「それは何とも、ありがとうございます……?」
「それにですね。私が私腹を肥やそうとしても、アイナさんが国主として実権を握るわけじゃないですか。
いざとなれば、ポエール商会の全財産を没収することも可能になるわけで……!」
「ああ、確かに」
「いや、本当にやるのは止めてくださいね!?
……とまぁ、仲間うんぬんを置いておいたとしても、やはり共存共栄が望ましいのです。
だからアイナさんは我儘でも何でも、私共にそれを素直にぶつけて頂ければ幸いです」
「分かりました、ありがとうございます。
この街、この国は私の夢を叶える場所ですが、ポエールさんたちの夢も是非、一緒に叶えていきましょう」
「是非とも!
それではお店の予定地に向かいましょう。途中では、例の仕事をお願いしますね」
「はい。配分が分からないので指示はくださいね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ポエールさんの言った『例の仕事』。
それは資材の運搬である。
街作りには大量の資材を使用するため、クレントスからここまで運ぶ必要があるのだが、まともにやっていたのではかなりの人手を要してしまう。
さらに馬車の手配なども別途必要になるため、金銭的にも負担になるところだったのだが――
……それをあっさり解消するものがあったのだ!
それが私の、収納スキルLv99!!
何を隠そう、容量はほぼ無制限! しかも時間経過も発生しない!
まさに今回、最大級に輝くスキルなのだ!!
「それじゃ、出しまーす」
「それではこっちには砂利をお願いします」
「はーい」
指示のあったものを、指示のあっただけ出す。
本来はかなりの重労働だろうが、私に掛かれば『えい、やあ、とう』くらいの仕事だ。
「凄い……。これが魔女の力か……」
「酒作りだけじゃなかったんだな……」
「一家に一台欲しいなぁ……」
私の働きに、職人さんたちからの評価も上々だ。
最後が何だか、どこかで聞いたことのある言いまわしだったけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼食を挟んで4時間後、私たちはようやくお店の建設予定地に到着した。
道すがらで資材を出してきたのは、私のお店までのライフラインを確保するためだ。
上水道と下水道は、しっかりしておきたいからね。
「このあたりはお話のあった通り、少し開けていますね。
……とは言っても、何も無いですけど」
「はい! 特に障害物のようなものもありませんし、すぐに作業に入れますよ!」
「家も一緒に建てるんですよね?
ああ、そうだ。アドルフさんの鍛冶屋の件って、どうなりました?」
「はい、そちらも恙なく!
大枠は事前に協議済みですので、あとはアドルフさんに来て頂いて、内部はそれから……という流れです!」
「相変わらずのフットワークの軽さですね。
では必要な資材を出しますので、指示をお願いします」
「かしこまりました!
ここが今回のメインなので、量が多いのですが――」
私はポエールさんの指示に従って、大量の資材を出し続けた。
その量には我ながら自分でも驚いたけど、よくよく考えればアイテムボックスに入れるときも、大量の資材に驚愕していていたっけ。
実際、街には全部入らないから、アイテムボックスには街の外で入れていたくらいだし。
……そんなこんなで、そこからはさらに1時間が掛かってしまった。
もうすぐ夕方。
ジェラードには時間を取るって言ったけど、そっちはもう明日にしようかなぁ……。




