407.姉と弟と
「まさかダブルスコアで負けるとは……」
「さすがグリゼルダ様。一歩及びませんでした……」
突然行われた釣り勝負の結果は――
グリゼルダが15匹
ルークが14匹
ジャニスさんが7匹
……という形で終わった。
「ふむ、釣りとはなかなか面白いものじゃのう。
ジャニスはもう少し精進すると良いぞ。ルークはなかなかやりおるわい♪」
「ありがとうございます!」
最後の最後はグリゼルダとルークの一騎打ちで、ジャニスさんは少し置いてけぼりを食ってしまっていた。
言い出しっぺであるにも関わらずその体たらく。少し気まずかったものの、それよりも他の二人のデッドヒートが見応え十分だった。
「はぁ~、負け負け!
でもあんたたちがうちの村に来てくれれば、漁獲量も増えて安泰だよ!」
「それは何よりじゃが、妾たちは漁などはせんぞ?」
「え!? それじゃ、何のためにこんなところに引っ越してくるの!?」
ジャニスさんは意表を突かれたように、驚いて聞いてきた。
「えーっと……、私がこの辺りで錬金術のお店を出したいなぁ……って。
ほら、自然に囲まれたところで……みたいな?」
「またまたー! こんなところにお店を出しても、誰も来ないよ?
もしかしてアイナさん、お金持ちなの? 道楽?」
「いやいや、そういうわけでは無いんですけど……」
「アイナさんはSランクの錬金術師なんですよ!
だからこの辺りでお店を出しても、お客さんはきっと来ると思います!」
私が少し言い淀んでいると、エミリアさんがフォローしながらアピールをしてくれた。
……自薦よりも他薦。エミリアさんが言うことで、私の凄さが自然な形で伝わってくれる……と信じたい。
「ふぅん、Sランクかぁ……。
そういうランク付けは詳しくないけど、聞くからに何だか凄そうだね!」
「あはは……。まぁ、ぼちぼちですね……」
自分から詳しく言い直すのも何となく面倒……もとい嫌らしい気がしたので、ここは適当な感じで終わらせておくことにした。
「――まぁそれよりも、じゃ。
ジャニスよ、約束通り魚料理を用意してもらおうかのう♪」
「ぐぬぬ、銀貨5枚です!」
何故かお金を求め始めるジャニスさん。
それは話がちょっと違うんだけど、その流れでグリゼルダがお金の話に念を押す。
「そうそう、賭け金の金貨1枚も妾に寄越すようにな!」
「今なら銀貨5枚の食事が金貨1枚で無料になります!
お得ですね、毎度あり!!」
……へ?
よく分からない流れで、ジャニスさんは金貨1枚の賭け金をうやむやにしようとした。
別に賭けなんて、誰も本気にしてなかったからいいけど――
「ふむ、仕方の無いやつじゃな。まぁ金貨1枚はいいじゃろ。
妾はアイナから小遣いももらっておうからのう」
「アイナさん、私にもお小遣いちょーだい!」
「……いや、何で会ったばかりの人にあげなきゃいけないんですか……」
ジャニスさんは何やら、テレーゼさんとは違う感じで、ぐいぐいとくるタイプのようだ。
よく分からない流れを遠慮無くぶち込んでくるから、しっかり自分を保って流されないようにしないといけない。
「まぁ、勝負は勝負だからね!
約束通り、釣った魚で魚料理を振る舞ってあげるよ!
それじゃ私の村に、れっつごー!!」
勝負は勝負……! しかしそうは言うものの、賭け金の金貨1枚はどこかに行ってしまったようだ。
うーん、まぁいいけど……。いや、いいのかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジャニスさんの明るく無責任なトークに振り回されながら付いていくと、寂れた空気が漂う村に到着した。
規模としてはガルーナ村よりも小さくて、それこそ細々と暮らしている……そんな感じだった。
「――お客さん、姉貴が迷惑を掛けて、申し訳ありませんでした」
「なによぉ! 折角お客さんを連れてきたのに!」
ジャニスさんの家で、がっちりした体型の弟さんと会うや否や、突然姉弟ゲンカのようなものが勃発した。
弟さんの様子を見るに、ジャニスさんの言動や行動はいつも通りのことらしい。
……私は面白い人は好きだけど、万人受けするかと言えば、きっとしないんだろうなぁ……。
「どうせ姉貴の無茶な話に強引に付き合わせたんだろ?
まぁ、釣ってきた量は凄いけど……。
みなさん、少し待っていてください。じゃんじゃん料理を作っていきますので!」
「弟の料理は絶品なんですよ! ほらほら、早く~!」
「姉貴は手伝えよ!!」
私たちが呆けている中、ジャニスさんと弟さんの会話は止まらない。
何とも間が絶妙で、長年の付き合いが感じられる。
……ちなみに弟さんの名前は、ロブさんと言うらしい。
「ロブさん、ご迷惑をお掛けします。
何か手伝いますか?」
「いえいえ、お客様はゆっくりなさってください!
クレントスからここまではやはり遠いですし、きっとお疲れでしょう?」
ジャニスさんに対して、ロブさんの心遣いがキラリと光る。
ダメな姉に、デキる弟……そんな感じがびしばしと伝わってきてしまう。
「ありがとうございます、それではお言葉に甘えさせて頂きますね」
「よーし、リリーちゃん! ゲームして遊ぼう!!」
「分かったの! ゲームって何をするの?」
「デルポリング! ルールは知ってる?」
「初めて聞いたのー」
離れた場所では、ジャニスさんとリリーが楽しそうに話をしている。
他のみんなはその様子をまったりと眺めているようだ。
「……ジャニスさんって、何だか面白い人ですね」
「ははは、やかましいくらいに賑やかでしょう? お客さんたちも無茶なこと言われたんじゃないですか?」
「釣り勝負を持ち掛けられました。金貨1枚を賭けさせられて……」
「ええ……? も、申し訳ありません……。
もしかして、払わさせられましたか……?」
「いえ、私の仲間が1位と2位だったので大丈夫でした。ジャニスさんが3位で」
「……漁師が釣り勝負を持ち掛けて、しかもビリだとは……。
お客さんたちには申し訳無いですが、何とも嘆かわしい……」
「あ、あはは……」
こと今回については相手が悪かったような気もするけどね。
何せ万能超人と光竜王様が相手だったのだから。
「それよりも台所は大丈夫ですから、向こうでみなさんとゆっくりしていてください!」
「えっと、やっぱり手伝っちゃダメですか?
私も旅先でよくお料理をするんですが、魚料理ってあまり作ったことがなくて」
「旅先で、ですか。凄いんですね!」
「アイテムボックスを持っているから、材料を結構持ち運べるんですよ。
その関係で、食事は私が準備したりするんです」
「ふむふむ、なるほど……!
食事は旅先での楽しみですからね。それでは申し訳ないのですが、お手伝いをお願いできますか?
……姉貴は、あの……すいません……」
ジャニスさんの方を見ると、リリーと何やら騒いでいるようだった。
どうやら今はフィーバーモードに入っているらしい。……どんなゲームをやっているんだか。
「いえ、うちの子たちも楽しそうなので、このままにしてあげてください。
私はロブさんのお料理を見せて頂きますので!」
「分かりました。所詮は漁師の料理ですが、お教えできることはお教えしますね。
俺は祖母から教わったので、それなりにいろいろ作ることができますよ!」
「わぁ、楽しみです!
ちなみにジャニスさんは、お料理できるんですか?」
「……できると思います?」
「ワンチャンで……?」
「残念ながら、ハズレです……」
ジャニスさんとリリーたちが楽しく遊ぶ中、私とロブさんは話をしながら料理を作っていった。
教わることも多く、これからの旅先でも役に立てることができそうだ。
やっぱりレパートリーが増えれば、食事の楽しみも増えるというものだし、ね。




