406.下見
国を作る――
……そのために、私はまず首都となる場所に街を作ることにした。
言うのは簡単だが、やること、やらなければいけないことはたくさんある。
話を進めていくうちに、やはり場所を見ておかなければいけないだろう、ということになった。
「――わぁ、海が綺麗ですね!」
馬車を走らせること3日。
私たちはクレントス北東部の端、海の見える浜辺にようやく辿り付いた。
綺麗な砂浜が広がっているが、ところどころに岩場もたくさん見える。
そんな中、風は穏やかで、潮の香りが優しく流れてきていた。
「街を作ったら、夏には人が集まりそうですね。
……今年みたいに寒かったら誰も来なさそうですけど」
エミリアさんは目を輝かせながら、楽し気な未来を夢見る。
「まぁ……、今夏は妾がいなかったからのう。
しかしこうして復活した今、多少なりとも気候は良くなっていくじゃろ」
グリゼルダは少し申し訳なさそうに呟いた。
最近の寒い気候は彼女が原因だとはいえ、彼女だって被害者だったのだ。
だから、あまり気にしないで欲しいところではあるかな。
「ママー、何で夏には良いの?」
「夏は普通は暑くなるから、海に入って遊んだり、泳いだりするんだよ。
冷たくて気持ち良いの」
「へー。それじゃ、来年を楽しみにしてるの!」
「……しかしクレントスの海辺がこんなにも美しいものだったとは思いも寄りませんでした。
クレントスの住民はここまでは来ませんし、結構な穴場のようですね」
ルークは住民を代表するように、そんなことを言った。
近くに住んでいるからって、全部が全部知っていることじゃないよね。
それに、近くに住んでいるからこそ分からないものもあるだろうし。
……っていうか、馬車で3日の距離はそんなに近いわけでもないし!
「来年はみんなで泳ごうね! ふふふ、僕の華麗なる泳ぎを見せてあげるよ!」
ジェラードはジェラードで、目的は別のところにありそうな気がする。
……まぁ、皆まで言いますまい。
そんな感じで私たちが話をしていると、他の馬車からポエール商会の面々が降りてきた。
「――いやぁ、ようやく着きましたね。
クレントスからの距離も丁度良い感じで、なかなか場所としてはよろしいのではないでしょうか!」
辺りを見まわしながら言ったのはポエールさんだった。
商会からは10人ほど来ているが、ポエールさんは彼らの取りまとめや今回の下見の段取りなどをしてくれている。
「そうですね、案外道も普通に通っていましたし。
ただ、少し細かったですかね?」
「ここに大きな街を作るのであれば、途中の道ももう少し整備しなければいけませんね。
資材の運搬などもありますから、それに合わせて検討していくことにしましょう」
「はい、よろしくお願いします。
それでは私たちは少し周辺を見てまわりますので、ポエールさんと商会のみなさんも調査をお願いします」
「かしこまりました!
私共はこの辺りを中心に調べることにします。計測なども行いますので、皆様はゆっくりと見てまわってきてください」
「はい、それではまた後ほど」
さすがに私たちは建築などのことは分からないから、そういった調査はポエールさんたちにお願いすることにしていた。
餅は餅屋、やはり専門的なことは専門家に任せるべきなのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――そうそう。ちょっと僕は用事があるから、ここで別行動をするね」
しばらく浜辺を歩いていると、ジェラードが唐突に言った。
「え? どこに行くんですか?」
「この辺りにはねぇ、かつてこの辺りを治めていた貴族の屋敷があるのさぁあああっ!!」
「お、あ、へぇ?」
まるで怪談話のような喋り方のジェラードに、私は変な声を出してしまった。
……いや、だって? 今は昼だし? めちゃくちゃ明るいし?
「――というわけで、僕はちょっとその場所を探索してこようかなって。
幽霊も出るそうだから、みんなは来ないで大丈夫だよ♪」
「幽霊なんぞ、妾の術で一網打尽にしてやるぞ?」
「ちょちょちょ、グリゼルダ様!?
死者の魂を滅ぼしちゃダメですよっ!!」
「いや、むしろ中途半端なまま現世に残っている方がじゃな……」
「それじゃ僕は行くから! また明日っ!!」
そう言うと、ジェラードはさっさと走って行ってしまった。
「……幽霊は置いておいて、昔の貴族の屋敷っていうのは面白そうですね」
「アイナも幽霊は苦手なのかえ? 妾やリリーを従えとるくせに、そんなものを怖がるんじゃのう……」
「いやー、やっぱり見えないっていうのは怖いものですよ。
想像力が恐怖心を増す、と言いますか」
「ふむ、それなら妾の力で、幽霊を見通す霊眼を授け……」
「あ、あー! そういうのは要らないですから!!」
幽霊なんて見ることができるようになったが最後、何だか後戻りできなくなりそうな気がする。
どこからどこに戻るのかはちょっと分からないけど、そういう能力は今のところ要らないかなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あ! アイナさん、あそこに人がいますよ!」
しばらく歩いていくと、エミリアさんが人影を発見した。
浜辺から少し離れたところの掘っ建て小屋から、一人の女性が釣り竿を手にして出てきたようだ。
「この辺りに住んでいる人でしょうか。ちょっと声を掛けてみます?」
「そうですね――……って、こっちに来ましたよ」
私たちが話していると、遠くの女性も私たちに気付いたようで、陽気な感じで話し掛けてきた。
肌が小麦色に焼けた、緑色の瞳が印象的な二十歳くらいの女性だ。
「やっ、こんにちは!
大勢連れ立って、こんなところに何の用?」
「こんにちは。えっと、この辺りに引っ越そうかと思って下見に来た者なんですけど……」
「えー、こんなところに引っ越すの?
何も無いよー? 王都とかの方が良いんじゃない?」
「ええ、王都ですか……」
「そうそう! あんたらクレントス辺りから来たんでしょ?
クレントスだってそれなりに栄えているけどさ、王都は比較にならないくらい栄えてるって言うじゃん?
やー、やっぱり引っ越すなら王都だよ、王都!!」
……この女性、謎の王都推しである。
いや、もしかして田舎人は都会に憧れるというアレなのかも……。
「私も少し前まで王都にいましたけど、この辺りだって良い場所だと思いますよ?」
「え!!? あんた、都会人!?」
「ま、まぁ数か月だけでしたけど……。
都会人と言えばエミリアさんじゃないですか? 小さい頃から王都に住んでいたわけだし」
「私はずっと大聖堂にいましたから……。
あんまり都会人っぽいこと、してませんよ?」
「お主ら……。都会人という単語自体、田舎者まる出しじゃぞ……?」
そう言うグリゼルダこそ、一番王都歴が長いのでは……?
……まぁ、地下にずっと封じられていたわけだけど。
「はははっ、何だかあんたら面白いねぇ♪
折角だし、私の村にでも寄って行く? 魚が獲れたら魚料理ぐらいは振る舞ってあげるよ!」
「……獲れたら」
「ごめんね、あんまり家計に余裕が無くてさ。
でも魚なら海で獲れるから、実質無料だよ!!」
「そ、そうですね……。
でも私、釣りなんてあんまりやったことが無いからなぁ……」
ジェラードとかは得意そうだけど、ここにいるメンバーで他には――
「……ここは私の出番ですね」
突然、ルークがずいっと歩み出た。
ああ、確かにルークもこういうことは得意そうだ。
割とアウトドア的なものは一通り押さえているし、結構やりこなす印象が私にはある。
「ふふふ、あんたが挑戦するんだね。
強そうに見えるけど、魚の前じゃその気配は断たないといけないよ!」
「お任せください。そう言うのは得意ですから」
「ふふん、言うじゃない!
……釣り竿はあと1本あるけど、他にも誰かやる?」
「ふむ、それでは妾が挑戦してみよう。
釣りなんぞ初めての経験じゃが、お主らには負けぬぞ」
「おー、雅なおねーさんが挑戦だーっ!
……あ、私の名前はジャニスって言うんだ。よろしくね♪」
「よろしくお願いします!
えっと、私の名前はアイナです。それでこっちから、グリゼルダ、ルーク、エミリア、リリーです」
「了解! あはは、一気には覚えられないけどね!
それじゃ代表として、アイナさんだけ覚えておこうかな。
……ん? アイナさん? どこかで聞いたことがあるような……」
「あー……、それなりに有名な錬金術師ですから……」
「錬金術師さんなんだ? ふーん、どこで聞いたんだろ……?
……まぁいいや、それよりも釣りだよ、釣り! さー、金貨1枚を賭けて大勝負だーっ!!」
「えっ!?」
「ほう、金貨とな! ふふふ、ならば妾も全力で挑もうではないか!!」
「よーし、お姉さん! 勝負だーっ!!」
「望むところよっ!!」
盛り上がるジャニスさんとグリゼルダの横で、戸惑う残りの人たち。
「……アイナ様? 金貨というのはどこから出るのでしょう……」
「少なくても私……じゃないよね?」
「でもジャニスさん、家計に余裕が無いって言ってませんでしたっけ……?」
――謎が謎を呼ぶ、唐突な釣り勝負。
まぁ最悪、金貨1枚くらいなら私が出しても良いけど――
……ひとまずルークとグリゼルダが負けないことだけ、祈っておくことにしよう。




