404.国を作ります!
夕食を終わらせたあと、私は改めて話をすることにした。
客室に呼んだのはルークとエミリアさん、ジェラードの三人。
私の仲間になってくれた、最初の三人だ。
「アイナちゃん、今日はずっとアイーシャさんのところだったでしょ?
疲れていないの?」
「あはは、疲れてますよ……。
久し振りに勉強みたいなこともしてきましたし」
「お勉強ですか? 魔法の勉強はたまにやっていますけど、それです?」
「別件ですよー。今日のはまさに、THE・勉強って感じの勉強でした」
政治とか経済の話だなんて、最近の情勢を追うだけでも『勉強』という気がしてしまう。
今日は政治学とか経済学の話までにはならず、近年の出来事を追うくらいで終わってしまっていたけど。
……それなのにこの疲労感。人間、合う合わないがあるもんだなぁ……。
「では夜も遅いことですし、お話を早速お願いします。
アイナ様、今日はどういった内容でしょう」
雑談を打ち切って客室に呼んだものだから、何か話したいことがあるのはバレバレだ。
スムーズに話せるように、ルークが場を取り仕切ってくれた。
「実は新しい目標ができました。
私の旅は神器作成を目指していたものだけど、次は別件になります」
その言葉に、三人は軽く身体を揺らした。
特に表情には出していないが、何が来ても良いように身構えたのだろう。
「……次の神器の話では無かったんですね。
『火竜の魂』も手に入れていましたし、その話かと思っていたのですが……」
エミリアさんが少し、残念そうに呟いた。
確かに『火竜の魂』は神剣カルタペズラを消滅させたときに手に入れているし、元にする杖もアドルフさんがほぼ作り終えている。
「そうですね、その話もしないと……!
でもそれより、私たちの安全とこれからに関わることなので、今日はその話をさせてください」
「む、『これから』……ですか。分かりました、そっちの方が大切ですからね!」
最近は安定しているとは言え、私たちはまだまだ追われている身だ。
まずはここを解決したい――これは全員の悲願でもある。
「……新しいこと、ですか。
アイナ様には毎回驚かされてしまいますが、今回はどのようなことでしょう」
ルークは少し微笑みながら、そう言った。
あらかじめそう言うことで、話すハードルを下げてくれているのだろう。
「――実は、国を作ろうと思っています」
「「……国?」」
私の言葉に、ルークとエミリアさんは驚きを押し殺しながら言った。
さすがにやっぱり、スケールが大きいものだから仕方が無い。
……反面、ジェラードは腕を組みながら、静かに頷いていた。
「あれ? ジェラードさんは驚かないんですね?」
「ふふふ♪ 次はこう来ると思っていたよ♪」
「えぇー……。読まれていたんですか……?」
「外国に渡るとか、ヴェルダクレス王国を何とかするとか、安全を得るにはいくつか方法はあるだろうけどね。
今までのアイナちゃんの行動なら、思い切って国とか作っちゃうかなーって♪」
「ジェラードさん、アイナさんのことをとても理解しているんですね……」
エミリアさんは驚きながらも感心していたが、ルークは少し微妙な感じで黙っていた。
……もしかして、悔しかったのかもしれない?
「まぁまぁ、これはアイーシャさんに言われて考え始めたようなものだから……。
私としては、私たちの安全もそうだけど、リリーが普通に暮らせる街を欲しかった――っていうのが最初のきっかけなんです」
「リリーちゃん、ですか?
それじゃ、決めたのは本当に最近のことなんですね」
「はい。具体的には、以前のメイドさんたちがリリーを怖がって逃げちゃったとき……ですね」
「ああ……。あれは今でも辛いというか、切ないというか……。
リリーちゃん、とっても良い子なのに……」
「このお屋敷の者は全員がそれを知っています。
つまりアイナ様は、このお屋敷のような国を作りたいと……」
「うん、そういうこと。
ただ人が多くなれば、そんなに上手くはいかないとも思っているの。
だからまた、みんなを巻き込んでしまって申し訳ないんだけど……、また手伝ってもらえますか?」
私の言葉に、一瞬間が空いたあと――
「私はどこまでも、アイナ様に付いていきますから」
「国ですかぁ……。何だかいろいろ、面白そうですね。
王都で無くしたものも、たくさん作っていきましょう!」
「僕は準備をしていたから、もちろん参加させてもらうよ♪」
――三人が三人とも、好意的に受け入れてくれた。
さすがに大きな話ではあるが、今までの日々の中で、耐性が付いてくれているのだろう。
「……ありがとうございます!
それじゃ、これからもよろしくお願いしますね!!
ところでジェラードさん? 準備って何ですか……?」
「まぁまぁ、それはあとのお楽しみさ♪
それで、国を作るっていってもなかなか難しいとは思うけど……どうやって作るの?」
「大まかに言うと、まずは街を作ります。将来、首都になる場所が良いですね。
そのあと周辺地域を取り込んで経済圏を作って、人や物の流れができたら国として宣言しようかなって」
「……なるほど。
まずは街か。いろいろ整うまでに、王国からの妨害を防がなくちゃいけないね」
「はい。……まだ広まっていない話ですが、王様が先日亡くなったそうです。
王位継承問題も起きているそうで、さらに冷害などの対応もあるらしく――」
「確かに王国は混乱していくだろうね。
それなら今が、事を進めるチャンスだ……っと」
さすがにジェラードは理解が早い。
実際、私の考えにも甘いところはあるだろう。でもきっと、その辺りは飲み込んで話してくれているんだろうなぁ。
「それでアイナさん。国を作るっていっても、どこに作るんですか?」
「アイーシャさんと連携したいので、クレントスが隣接するように作りたいんです」
「ふむ……。それでしたら、私は北部を推したいですね」
ルークが思いがけず、具体的な提案をしてきた。
私は北東部で検討していたけど、北部は北部で……いや、もう少しいくと大きな山が並んでいて、少し狭そうなんだよなぁ……。
「ちなみに何で北部が良いの?」
「北部には『神託の迷宮』があるじゃないですか。
そこに国を構えるのであれば、アイナ様の神秘性も増すかなと……」
「そうですね! 何と言ってもアイナさんは、絶対神アドラルーンの使徒ですから!
私としても、それは推したいです!」
「なるほど、その気持ちはとても分かります……。
でもあそこ、クレントスから近いんですよね。馬車で1時間くらいの距離だし、もっと遠くにしたいです……」
「「確かに」」
クレントスはこの辺りで最も大きい街だから、さすがにその距離で首都を作るのは避けたかった。
当然のことながら、アイーシャさんからも文句も来てしまいそうだ。
「……そうすると、北東部になるかな。
結構な広さの土地があるし、魚も少しくらいなら取れるからね」
ジェラードはそう言いながら、彼のアイテムボックスからこの大陸の地図を取り出して広げた。
なかなか使い込まれており、風格のようなものすら滲み出ている。
「位置的には北東部か、南部か、西部かなと思っていたんです。
でもルークの話を聞くに、『神託の迷宮』は領地に含めたいですね」
「迷宮は世界にいくつかあるけど、その数も国のステータスになっているからね。
『神託の迷宮』だけは例外だったけど」
「あそこには何もありませんでしたからね……。
でも私にとっては、グリゼルダと出会った大切な場所になりましたよ!」
「……『出会った大切な場所』というなら、ガルーナ村も領地に入れたいですね!」
私の言葉を受けて、エミリアさんは地図上でガルーナ村の場所を指差した。
「む……。
それなら僕だって、ミラエルツを入れたいよ!」
ジェラードも、負けじと地図上でミラエルツの場所を指差した。
「え、えー……?
ミラエルツまでって、結構な距離と広さじゃない……?
ねぇ、ルーク?」
「私としましては、クレントスが入っていれば大丈夫です」
ルークはルークで余裕の微笑みを浮かべている。
これはいわゆる『勝ち確定』が故の表情だろう。
……っていうか、何で張り合ってるの!?
っていうか、いつの間にか領地が広がってるし!?
「う、うーん……。
まぁ国として宣言するのはもっと後になるから、とりあえず首都の場所を決めたいんだけど……」
「さっきの三択なら、北東部で良いんじゃないかな。
海を渡れないっていうのは、ひとまずのところ防衛にもなるわけだし」
「それに南部や西部だと、まわりから一気に攻められると辛いですもんね」
「私としても、北東部が良いかと思います」
……おお、自然な感じで票が集まってしまった。
それじゃひとまず、北東部で進めてみようかな。
進めていって、もしダメなようなら別のところに街を作り直せば良いわけだしね。
「……それにしてもアイナちゃん。
国や街を作るだなんて、とっても凄いことだけど……お金はどうするの?」
話の切れ間で、ジェラードが現実的なところを突いてきた。
確かに自分たちですべてのお金を賄うのは無理なんだけど――
「住みたい人に、自分たちでいろいろ作ってもらおうと考えています。
私には私しか作れないもの――錬金術がありますから。それを見返りにして、みんなにお金を出してもらおうかなって」
……例えば病気に苦しんでいる、貴族や富豪。
例えば研究素材が手に入らなくて困っている、魔法使いや学者。
不死を望む、強欲な連中――
求めるものが手に入るなら、大金をいくらでもはたく人間はたくさんいるだろう。
そこまでいかなくても、より快適な生活を目指す人だってたくさんいるはずだ。
そんな人たちの願いを、欲望を、私は錬金術でひとまとめにしていく。
私の国は、そこが根本になる。
――これが私の、私の国が示すことになる方針なのだ。




