403.後ろ盾
次の日、私はアイーシャさんのお屋敷を訪れた。
――国を作る。
それを決めたことを、伝えるためだ。
もちろん、そんな大それたことを一人で出来るわけも無い。
だからこそ、私はたくさんの人たちに手伝ってもらわなければいけない。
……アイーシャさんにも、そんな人たちの一人になってもらうのだ。
「アイナさん、ありがとう。よく決心してくれましたね」
私の大それた決心を聞いたあと、アイーシャさんは静かに微笑んで言った。
「どこにどんな国を作るかなんて、まだ決めていません。
すべてはこれから……。でも、始める前にアイーシャさんに知っておいて欲しかったんです」
「そうですね、すべてはこれから……。
でも私としては、クレントスの近くにして欲しいんですよね。折角ですし、共存共栄をしたいですから♪」
「クレントスの近くって、選択肢が割とありませんよね……?」
さすがにこの辺りの地理も、少しは分かるようになっていた。
十分なスペースなんて、現実的にはクレントスの北東部、南部、西部しか無い。
その内、南部と西部はクレントスよりも王都の方面になってしまう。
さらに国の広さ次第ではあるが、かなりの方角を王国に囲まれることになる。
北東部は王都の逆側になるが、辺境のさらに辺境……という位置付けだ。
海には面しているものの、船が通れないという海の難所になっているため、他国と交易を行うことは絶望的な状態だ。
「……いずれにしても、ヴェルダクレス王国と全面戦争はできませんからね。
どこに国を作るとしても、条件を折り合わせながら、上手く付き合っていくしかないでしょう」
仮に戦争することにでもなったら、戦力差がさすがに大きすぎる。
先の戦いではクレントスは王国軍に勝ったものの、所詮は辺境で起きた内紛という程度の認識に過ぎない。
強力な七星を投入したりはしていたけれど、王国軍の本体がまるで出てきていないのがその証拠だった。
「……とすると、どこに作っても同じですか……。うぅん、北東部が良いのかな……。
ちなみにクレントスって、王国と私の国に挟まれたらどっちに付くんですか?」
「心情的には、もちろんアイナさんの方ですよ。
ただ、時流や条件などがありますから……」
アイーシャさんはちらっと私を見た。
何だかお茶目な目線をくれたような気がする。
「あはは……。何ができるかは分かりませんけど、最大限の配慮はします。
私としても、アイーシャさんとは一緒にやっていきたいですから」
「うふふ、ありがとう♪
でも立場上、仮でもこの時点で答えを出すことができないんです。ごめんなさいね」
「いえ、さすがにそれは仕方が無いかと……」
実際のところ、アイーシャさんは今のクレントスでは一番偉い人なのだ。
そんな人があっさりと感情だけで動いてしまったら、むしろ怖いというか、責任感が無いというか……。
「――さて、国を作るということなら、後ろ盾が必要になってきますね。
もちろん私は全力でお手伝いをしますけど、他に誰か心当たりはありますか?」
「そうですね……。
貴族で言えば、ファーディナンドさんくらいかな……。
王族で言えば、レオノーラさんくらい……?
信仰で言えば、ルーンセラフィス教の大司祭様……。
――でも、私は王都から逃げてきましたから、その辺りは絶望的ですよね……」
王国から疎まれそうな国を作るというときに、王国での人脈は使えないだろう。
そもそも王都までは距離があるし、手伝ってもらえる未来がどうにも見えてこない。
「無いものは仕方がないですね。では、私の人脈を使いますか……」
「アイーシャさんはいろいろ持っていそうですよね。
……私も、人間に限らなければあるんですけど……」
「え?」
私の何となく放った言葉に、アイーシャさんが反応した。
「実は先日、『神託の迷宮』に行きまして……光竜王様の生まれ変わりの方と会ったんです。
これって、結構な人脈ですよね?」
「え!? 光竜王様……ですか!?」
……あれ?
あ、そうか。最近グリゼルダと普通に話しているからありがたみが無くなってきたけど、光竜王様ってとても凄い存在だったんだ……!
「え、えーっと……。今は私のお屋敷で寝泊まりしてもらってます。
もしよろしければ、今度紹介しますよ」
「ほ、本当に!? 是非! 是非、お願いしますっ!!」
アイーシャさんにしては珍しく、慌てた感情が前面に出てきていた。
そうそう、グリゼルダは本来そういう存在なんだよね。……慣れって怖いなぁ。
「本人にも伝えておきますね。
あとは……うーん、人脈と言うには全部弱いでしょうか……。
戦闘力のある人はいっぱいいるんですけど――」
「確かにそうですね。
……そういえばグレーゴルなんですが、アイナさんのところでお世話になっているんですよね?
先日、私との契約を解除する申し出を受けたんです」
「あ、すいません。
そちらの契約をまったく承知していなくて……」
「いえ、そこは問題無いですよ。
ただ、私のところにいたときよりもグレーゴルは楽しそうで……。
アイナさん、彼は良い働きをきっとしてくれるから、頼ってあげてくださいね」
「はい! 他にはジェラードさんとも合流できましたし、神器持ちのルークもいるし――」
「……それに、商人のポエールさんとも交流があるんですよね?
先日、彼も私のところにも挨拶に来たんですよ」
「そうだったんですか。
ポエールさんもやる気十分なので、いろいろとお世話になろうと思っています」
「ええ、それはとても良いことだと思いますよ。
ピエール商会のポエールさんと言えば、王都でも注目されていた商人の一人ですから。
……そんな人に目を付けてもらえるだなんて、アイナさんもさすがですよね」
「その辺りは錬金術師としての成果ですね。
そもそもは王様にピエールさんを紹介してもらったのが始まりでしたし……」
……そう考えると王様も100%、害ってわけでは無かったんだよなぁ。
最初はお屋敷もくれたし、私の実力も高く評価してくれていたし……。ただ、進む方向が違っていたことが悔やまれる……のかもしれない。
「国王陛下、ですか……。
このタイミングで、ということには、もしかして何かの因縁があるのかもしれませんね……」
「え?」
ふと、アイーシャさんが思わせ振りなことを口にした。
私はその意味を推し量ることはできなかったが――
「……昨日ね、情報が入ってきたんです。
長らく生死の狭間を彷徨っていた国王陛下が、お亡くなりになられたそうです」
「!」
私が逃亡生活を送ることになったひとつの理由。
『白金の儀式』で致死ダメージを受け、瀕死の状態で生きながらえていた王様が――
「情報にタイムラグがあって、それももう3週間前の話だそうですが……。
そのあと、当然ながら王位継承の問題が出てきているようでね。……ほら、オティーリエ様の」
「ああ、『白金の儀式』のせいですよね。
王位継承順位の第1位が、一時的に変わっていたときに王様がああなったわけで……」
「そうなんですよ。それで、本来の第1位のテオドール様と対立が起きて……。
これからしばらく、王族内で小競り合いが続きそうなんです」
小競り合いかぁ……。
私としてはもうこのままオティーリエさんが討ち死にをして、テオドールさんとやらが引き続き王国を治めてくれれば良いと思うかな。
さすがに本来の第1位なら考え方はまともだろうし、こと為政については前の王様とはそんなに変わらないだろうし……。
……まぁ、あくまでもただのイメージだけど。
「情報ありがとうございます。
むしろこの辺りに国を作るというのであれば、今がチャンス……ということですね!」
「アイナさんも前向きな考えをなさいますね♪
冷害や内紛で行き場を失う人も多いでしょう。そういう人をある程度誘導するなら、今のうちだと思いますよ」
「確かに、国なんて人がいてこそですもんね……」
数百人が集まったところで、国はおろか、街はおろか、村にしかならない。
その規模で国を名乗って、諸外国と渡り合えるならそれはそれでありだけど――それはなかなか難しいだろう。
……となると、やはり人口もそれなりには欲しいわけで。
「ただ、クレントスにも少しずつ人が流入してきているんですよ。
アイナさんのおかげで食事情は良くなっているでしょう? だから、少し離れた街や村から人が集まってきているんです」
「なるほど……。
クレントスの人を奪うわけにはいきませんけど、そっちは頂いちゃっても大丈夫ですか?」
「むしろお願いしたいくらいです。
先の戦いで減った人数以上となると、急な増加はこの街の処理能力を超えてしまうので……」
「であれば、早々に動かないといけませんね。
何も問題の無いときに、わざわざリスクを負って怪しげな国に移る人なんて少ないでしょうから」
怪しげな国――
……それは自分で言っていて、何とも奇妙な印象を受けた。
もちろん作ろうとしている国はまともにするつもりだけど、魔女が自分のために作る国となれば、やはりどこかはおかしいものになるだろう。
「人間のやることなんて、最後は後世の人間が判断するものなんですよ。
だから今は、めいっぱい理想の国を目指せば良いんじゃないかしら。
……誰が何と言おうと、これから作るのはアイナさんの国なんですから」
「そうですね……、ありがとうございます!
少し勇気が湧いてきました!」
「それは良かったわ。ではこれから、少し難しい話をしてあげましょう。
政治や経済、地理――覚えておいた方が良いことなんて、たくさんありますからね♪」
「うぇ……。よ、よろしくお願いします……」
さすがに詳しいことは他の人に任せることにしても、最低限はやはり知っておいた方が良いはずだ。
……でも多分、これって今日中には終わらないよね。
しばらく勉強漬けになりそう……かも……。




