399.お買い物
アドルフさんがお店の奥の鍛冶場に戻り、グリゼルダもそれに続く。
作業の途中でグリゼルダが呪文のようなものを唱えると、魔石スロットの付与はあっさりと成功してしまった。
「――おお! 一発で成功したぞっ!?」
「ふっ。この程度、造作も無いわ。
その杖が終わったら、妾の鉄扇の準備をするのじゃぞ?」
「あ、ありがとうございますっ!
グリゼルダ様の武器は、今日は採寸だけに留めてもよろしいですか?」
「もちろんじゃ。良い感じの装飾も頼むでな、時間はめいっぱい掛けるが良い」
「かしこまりましたっ!!」
引き続きアドルフさんは、グリゼルダに対して畏まりまくっている。
真の正体も知ってしまったことだし、これはもう仕方が無いか……。
「――それにしても、ミスリルで作るのに『鉄の扇』なんですね」
「名前なんぞ『魔扇』でも『竜扇』でも何でも良いのじゃが、一般的には鉄で作るものだからのう……。
しっくりこなければ、できあがったときに考えるまでよ」
「そうですね、完成したら格好良い名前を付けましょうね」
……ちなみにミスリルは、単体では灰色から黒色の間を示す。
合金にすれば他の色も出すことができるから、最終的にどんな見た目になるのかはアドルフさんの腕に掛かっているのだ。
「それではグリゼルダ様。
アイナさんの杖がもう少しで仕上がりますので、そのあとすぐに着手させて頂きます!」
「うむ、期待しておるぞ」
「はいっ!!」
普段は落ち着いているアドルフさんだけど、グリゼルダを前にすると、まるで若手の鍛冶師のように見えてしまう。
実際に生きた年月を比べてみれば、グリゼルダの方がまさに桁違いに長生きしているから――それも当然かもしれないのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鍛冶屋をあとにして、私たちはお屋敷に戻ることにした。
外に出た用事と言えば、アドルフさんに歓迎会のことを伝えるくらいだ。
ポエールさんへの連絡は、お屋敷に常駐している彼の部下のクラークさんにお願いしたから大丈夫だとして――
「……ときにアイナよ。今日はこのまま戻るのかえ?」
「そのつもりですけど、何かありますか?」
「ちと買い物をしたいのう。
……もちろん妾は金を持っていないから、アイナの財布からになるのじゃが」
「……お小遣い、あげましょうか?」
神様の眷属に向かって言う台詞では無いが、何というか、この流れはそう言わずにはいられなかった。
「ママー、私にもお小遣いー」
「リリーはもう少ししてからねー?
まだ一人で出歩くのは危ないから」
「えーっ」
……いや実際のところ、リリーを一人で歩かせるなんてそんな怖いことはできないしね?
いくら『疫病の迷宮』だとは言え、か弱い女の子なんだから……!!
「しかし金銭的な感覚を掴ませるには、小遣いも少しくらいはやった方が良いと思うぞ?」
「そうですか? グリゼルダはいくら欲しいですか?」
「妾じゃなくて!!」
「……あ、失礼しました」
まずいまずい、リリーのことか。
ふむ……、確かに少しくらいなら問題無いかもしれない……?
今のところ、リリーは誰かと一緒じゃないと外に行かないし――
「それじゃ、リリーにもお小遣いあげるね。月に銅貨10枚で大丈夫?」
銅貨1枚は大体100円くらいの価値だ。
私の子供時代を考えれば結構多い額だけど、これくらいは特に問題無いよね。
「うん、大丈夫なの!」
リリーの満面の笑顔を受けて、私はその場で財布を広げる。
銅貨10枚……っと。
「アイナよ、妾には金貨10枚で良いぞ」
「はいはい、金貨10枚……っと。
――って、結構取りますね!?」
「腐っても竜王じゃからな! はっはっは♪」
その理由付けは……納得がいくような、いかないような。
「ママ、ありがとうなのー」
「それじゃ二人とも、毎月渡すことにしますね。
リリーも無駄遣い、しないようにね」
「はーいっ」
「さて、それではリリーよ。
折角の小遣いじゃ、妾と一緒に買い物でも行かぬか?」
「そうするの!
あ、でもママをお屋敷まで送ってからなの!」
「うむ、そうじゃな。それではアイナよ、急ぎ戻ることにするぞ!」
「えぇー、私は除け者ですかー……?」
「お主にはこれから仕事があるじゃろう?
妾たちを歓迎する準備をしておるが良い♪」
「とほー……」
……まぁ、確かに私は歓迎する側だからね……。
さっさとお屋敷に戻って、ルークとエミリアさんと一緒に準備を手伝うことにしよう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お屋敷の敷地内まで戻って来ると、グリゼルダとリリーは早々に街へと戻って行った。
今さらだけど、二人とも賑やかなところには慣れていないだろうし、大丈夫かな……。
グリゼルダは大丈夫そうに見えるけど、前世ではずっと神殿に封じられていたわけだし――
「……お、アイナ殿。戻ったのか」
「ああ、グレーゴルさん。お疲れ様です」
「そうそう、今日から正式に契約を交わしたんだ。
頑張って働くから、アイナ殿は大船に乗ったつもりでいると良いぞ!」
「いや、本当に助かります。
グレーゴルさんに任せていれば、もう絶対に大丈夫ですからね!」
「ふふ、アイナ殿もお世辞が上手いな。
ところで他に、新しい警備のヤツが来ていたぞ。アイナ殿の知っている人物らしいが……」
「レオボルトさんですよね?
王都でお世話になっていたんですよ。メイドさんたちと一緒に、クレントスまで来てくれたそうで」
「確かに実力はあるようだったな。
……あとはその、口数がもう少し多ければ良かったのだが……」
グレーゴルさんはそう言いながら、苦笑いをした。
その気持ちはとても分かる……。
「上手く意思疎通ができなかったら、メイドのミュリエルさんに相談すると良いですよ。
レオボルトさんの一番の理解者ですから」
「了解した。今は不在のようだから、次に会うのは夜になるだろう。
……ああ、夜と言えば、歓迎会を開いてくれるんだってな。俺も警備の合間を見て、参加することにするよ」
「よろしくお願いしますね!
警備メンバーは入れ替わりという形で、申し訳無いのですが」
「いやいや、気持ちだけでも嬉しいものさ。
ひとつ我儘を言うなら、最初のうちにエミリア殿とたっぷりと食い明かしたいものだなぁ……」
そう言えばグレーゴルさんも、エミリアさんほどではないにしろ、結構な量を食べるんだったっけ。
しっかりメイドさんに伝えておかないと、もしかしたら食べるものが枯渇してしまうかもしれない……。
「一応、量はたくさん作るように言っておきますね」
「ははっ、普通の量でも構わないぞ。食い放題でなければ、俺だって自重はするさ!」
「あはは、できる限りのことは……ということで」
……とすると、ポチとルーチェ用の何かも準備しておいた方が良いかな。
あの子たちも、お屋敷をしっかり護ってくれているわけだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メイドさんたちに相談しながら歓迎会の準備をしていると、グリゼルダとリリーが戻ってきた。
二人の手には、それぞれ小さな包みが抱えられている。
「お帰りなさい――って、早速買い物してきたんですね」
「うむ、妾の買い物なんじゃがな。リリー、その荷物はこっちのテーブルに置いておくれ」
「分かったの!」
リリーが荷物を置くと、グリゼルダもその横に荷物を置いた。
「えっと、何を買ったんですか?」
「ふふふ、酒の材料じゃよ♪」
「お酒……作るんですか?
グリゼルダも、思わぬ特技を持っているんですねぇ」
「いや? 妾は作らんぞ?
酒も錬金術で作れるじゃろ? ささ、バチッと作るが良い」
「えぇー、私がですかー……?」
いや、作るのは一瞬だから別に良いんだけど……。
何だかこれからずっと、作らさせられる気がする……。




