396.平和な帰り道
「ふーむ……。お主は面白い存在じゃのう……」
「えへへ。おばちゃんも強そうなのー」
「おばっ!?」
『神託の迷宮』からの帰り道、私たちは行きと同様、馬車に揺られていた。
リリーとグリゼルダ様……もとい、グリゼルダは何となく良い雰囲気で話をしていた。
実はちょっと心配だったんだよね。
鑑定スキルによれば、『疫病の迷宮』は第七神の加護を受けているらしい。
そしてその第七神は、ルーンセラフィス教では異端視されている神なのだ。
……そこら辺の事情をまったく知らない状態で、ただ雰囲気で心配していただけなんだけど。
「――エミリアさん。もしかしてグリゼルダ様って、神話とか伝説に詳しいんでしょうか」
「そうですね、本人が神話みたいなものですから……。
……って、アイナさん、呼び方!」
「うぅ、さすがに呼び慣れない……」
笑顔のエミリアさんに、困惑顔の私。
神様の眷属を最初から呼び捨てにするだなんて、さすがにハードルが高いのだ。
しかし呼び方を間違えればすぐにツッコミが入りそうだし、これはもう慣れるしか無いのか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――む? アイナ様、道を塞がれているようですね」
御者台のルークが、馬車の速度を緩めながら言った。
少し先には松明の小さな灯りがいくつも見える。どうやらたくさんの人間が集まっているようだ。
「何あれ? バレバレじゃない?」
「私たちが街の外に出たという情報が漏れたのでしょうか。
ここで討ち取れば、クレントスの街門を通る必要はありませんから」
「ああ……。街の外で殺して、そのまま王国側に引き渡す――ってことね……」
無駄が無いというか、効率的というか――でもその分、街中で無暗に襲ってくる連中よりも、何だか腹立たしいというか。
「……アイナよ。お主は人間共に狙われているんじゃのう」
「はい、高額の懸賞金を懸けられているものでして。えーっと、金貨5万枚ほど……」
「ほう、さすがは『神器の錬金術師』よな。うんうん、良いことじゃ」
「良いって……。
あ、ちなみにふたつ名は『神器の魔女』で売り出し中なんです。王族からも『魔女』って呼ばれていたので」
「ふむ、それも良い響きじゃのう。妾は好きじゃよ、そういうのは」
「ルークに至っては『竜王殺し』ですからね?
光竜王様を殺したって思われてて、その流れなんですけど」
「ふふっ、『竜王殺し』とな。何とも武骨な名前よのう♪
それで、エミリアはどうなんじゃ?」
「えっ!?」
グリゼルダの突然の振りに、エミリアさんは戸惑った。
彼女にはまだ、これというふたつ名は無いのだ。
「一応、『暴食の賢者』というのが候補で――」
「それは嫌ですってば!」
私の言葉は途中で遮られた。
……やっぱり嫌なようだ。まぁ、まだ賢者じゃないもんね。聖職者だもんね。
「それもなかなか良さげではあるが、つまり未定ということじゃな。
強き者にはふたつ名が付くもの。時が来たら、素直に受け入れるが良いぞ?」
「うぐ……」
グリゼルダの言葉に、エミリアさんは言葉を詰まらせた。
仲の良い感じで話をしているが、グリゼルダの中身は光竜王様なのだ。
ルーンセラフィス教の教えが染み込んでいるエミリアさんにとっては、その言葉がどういうものであれ、軽視することはできないだろう。
「――ふむ。それにしても妾は今、とても気分が良い。
新しい身体にも馴染みたいところじゃし、あの連中は妾に任せるが良いぞ」
「え? もしかして、倒してくれるんですか?」
「お主たちには遠路はるばる迎えに来てもらったからのう。
これくらいの礼はさせておくれ。クールにびしっと決めてくる故にな」
そう言うと、グリゼルダは馬車を降りて、松明の方へと一人で歩いて行った。
ルークも続こうとしたが、グリゼルダに強く拒否され、御者台の上で待つことになってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ぬかったわ」
10分ほどもすると、グリゼルダは血まみれになって馬車に戻ってきた。
「ちょ……。血、大丈夫ですか!?」
「うん? ああいや、これは返り血じゃぞ?
妾に限って、あんな連中に後れを取るわけは無かろう」
「そ、そうですか……?
でも折角の着物がこんなに汚れちゃって……。綺麗にしちゃいますね」
そう言ってから、私は洗濯の魔法――ウォッシング・クロースを掛けさせて頂いた。
「おお、助かるぞ。
いやそれにしても、新しい身体は何とも柔らかくてのう。爪や牙で軽く倒してやろうと思ったんじゃが、それも叶わなくてな」
「武器は持っていなかったんですか?」
「うむ、何も持っておらんぞ。
仕方ないから、普通にパンチやキックで倒してやったわ!」
「まさかの格闘術……」
「グリゼルダ様、強いですね……」
「しかし同時に、お主らの苦労も察したぞ。
いつまでもこんな連中に絡まれていては落ち着くまい。早く平穏な日常を手に入れんとな」
「はい、いろいろと考えてはいるんですけど――」
……ただ、具体的には何も決まっていない。
しかし私を支えてくれる人もずいぶんと増えてきたのだから、そろそろ動き出すときではあるのだろう。
「ママー、ぐちゃぐちゃー」
……グリゼルダの戦いの痕跡を見て、リリーがそんなことを言った。
しっ! 見ちゃいけません……!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お屋敷に戻ったのは、22時頃だった。
何だかんだで、『神託の迷宮』の往復にはかなりの時間が掛かってしまった。
「……おお。アイナ殿、遅かったな」
「あ、グレーゴルさん。ただいま戻りました。
ずっと警備してくれていたんですか?」
「うむ、ポチが怪しげな連中を捕まえてきてな。
絞り上げたら仲間がいるって言うんで、全員とっ捕まえていたらもうこんな時間だよ」
「あー……。私たちも、外で襲われたんですよ。何か関係があるのかな?
そうそう、こちらのグリゼルダに倒してもらったんですが」
「そうだったのか。
グリゼルダ……新しい仲間か? それにしても、この雰囲気は――」
「ふむ、お主はグレーゴルと言うのか。
妾はアイナを加護する者。この度の働き、褒めて遣わすぞ」
「はっ、ははーっ!!」
グリゼルダの言葉に、グレーゴルさんはめちゃくちゃ恐縮した。
あまりの勢いに、こちらが怯んでしまうほどだ。
「え、えぇ!? グレーゴルさん、どうしたんですか!?」
「いや、アイナ殿!? この方はとても尊い方なんだろう!?
俺の六感がそう叫びまくっているぞ!!」
「……ほう、なかなか良い感性をしておる。
魔獣使いのようじゃが、なかなか珍しいものを使役しているようじゃしの」
「ありがたきお言葉……っ!!」
「ただそこまで恐縮されると、妾がアイナに注意されてしまうのでな。
もっと普通に喋ってもらって構わんぞ」
「かしこまりました……!
……それにしてもアイナ殿、こんな方まで仲間にしてしまうだなんて……さすがだな……」
「いやぁ、グリゼルダの凄さを見抜けるグレーゴルさんも凄いと思いますよ……」
私から見れば、グリゼルダは不思議な着物を着た艶っぽいお姉さんだ。
強さや凄さはやはり感じるものの、『尊い方』とまで言い切れるのは凄い――
……もしかして、角を見て言ったのかな?
いや、さすがにそんなわけは無いか……。




