393.傘下というか
――そして一週間が過ぎた。
メイドさんたちも新しいお屋敷にはすぐに馴染み、王都のときのような勢いで仕事をこなしてくれている。
警備メンバーはまだ2人しかいないので、新しい人をポエールさんに打診しているものの、こちらはなかなか良い人が見つからないでいた。
……何人かとは面談したんだけど、どうにもリリーを怖がってしまって。
戦闘力の無いメイドさんたちの方があっさりと慣れてくれたのは、一体どういうことだろう――
……とは思ってしまったのだけど、その答えはクラリスさんが教えてくれた。
「私たちがリリーちゃんを怖がらないのは、アイナ様への信頼があるからですよ」
――なるほど。
確かに王都ではいろいろなことがあった。
その上で、懸賞金まで懸けられた私を、メイドさんたちはクレントスまで追い掛けてくれたのだ。
さすがにそれなりの信頼というか、危険なことに対する耐性はあるのだろう。
……つまり、私が関与してなければ、リリーのことは普通に怖いということだ。
いくら見た目や行動が可愛くても……ね。
「わーい♪」
お屋敷の1階から2階の吹き抜けになっている空間で、リリーが思い切り飛びまわっていた。
それを眺めながら、ミュリエルさんとキャスリーンさんが楽しそうにはしゃいでいる。
「……た、楽しそうだね……」
「あ、アイナ様! そうなんですよ、リリーちゃんって楽しそうに飛びますよね!」
ミュリエルさんがリリーを目で追い掛けながらそう言った。
……いや、ミュリエルさんのことも入っているんだけど。
「ははは……。
それにしても二人とも、リリーが飛びまわってるのって……受け入れるの、早かったよね……」
正直、リリーにはもう少し隠しておいて欲しかったんだけど……。
……何だかいつの間にか、普通にバレてしまっていた。
「さすが、アイナ様が保護しているお嬢様ですね!」
キャスリーンさんに至っては、何やら誇らし気な表情さえ浮かべている。
『さすが』が私以外にも順調に飛び火してしまっているようだ。
「でも、誰かが来たときにはちゃんと止めてね……?
リリーも、みんなの言うことを聞くんだよ」
「はーいっ♪」
リリーは宙に止まり、浮かびながら私に返事をしてきた。
それにしても空中に浮けるのって、凄い便利そう……。そういう魔法、何かあるのかな……。あったら覚えたいな……。
「ところでアイナ様、これからお出掛けですか?」
「うん。鍛冶屋のアドルフさんのところに行ってこようかなって。
お願いしているものがあるから」
「ママ、お外に行くの? リリーも連れていってー」
「それじゃ一緒に行こうか。気配を抑えるのと、空を飛ばないように注意してね」
「分かったの!」
「アイナ様、行ってらっしゃいませ」
「ルークさんとエミリアさんは外にいらっしゃいますので、お声を掛けていってくださいね」
「りょうかーい」
「なのー」
私とリリーは、ミュリエルさんとキャスリーンさんに見送られてお屋敷の外に出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお、アイナ殿。……と、そちらがリリー殿か」
「おじさんだーれ? わぁ、鳥さんだー♪」
「グリュ!?」
玄関の外では、ルークとエミリアさん、グレーゴルさんと彼の魔獣たちがのどかに場を囲んでいた。
その中でも、リリーは身体の大きなポチに興味が向いていったようだ。
「リリー、あの人はグレーゴルさん。
大きな鳥さんがポチで、小さな鳥さんがルーチェだよ」
「初めまして! よろしくなの!」
「ああ、よろしくな!
……ふむ、確かにただならぬ存在感を感じるなぁ。しかし、アイナ殿の娘さんだからな。
ポチもルーチェも仲良くするんだぞ」
「グリュリュ!」
「ピィッ」
……あ、ルーチェってそう鳴くんだ。
「えーっと、グレーゴルさんは今日はどうしたんですか?」
「ああ、アイナ殿に育成の経過を見てもらいたくてな!」
「経過、ですか? そう言えばルーチェも少し大きくなりましたよね」
「だろう? ただ、アイナ殿の飼料を使えばもっと身体が大きくなると思っていたんだが――
……実は栄養が、よく分からない方向にまわってしまってな」
「よく分からない?」
栄養を摂れば、普通は身体が大きくなるものだけど――そうじゃなくて?
「……ちょっと見てもらおうか。
発動はさせないから、安心していてくれ」
「はぁ……」
グレーゴルさんが合図をすると、彼の腕に留まっていたルーチェは空に舞った。
そしてそのまま青い光に包まれる。それはかなり眩しく、寒気すら感じてしまうほどで――
……と言うか、本当に寒い!!
「わー、鳥さん凄いのー♪」
「ちょ……。これ、割と凄い魔法じゃないですか……?」
少し離れた距離でこの寒さなら、触れただけでも凍ってしまいそうだ。
最低でも、凍傷にはなってしまうだろう。
「うむ……。栄養のほとんどが魔法にまわってしまっているようでな。
そっちの方はかなり期待できるんだが……」
「ポチも同じ飼料を食べているんですよね?」
「ああ、ポチに関しては力と俊敏さが増したぞ!
……ルーチェもそうなると思っていたんだけどなぁ……」
グレーゴルさんが再び合図をすると、魔法の発動を止めたルーチェが彼の腕に戻ってきた。
まだまだ育成中ではあるものの、今の時点でもかなりの強さになっていそうだ。
「――ところでアイナ様、どこかへお出掛けですか?」
「うん、アドルフさんのところに行くの。
ちょっとお願いごとをしてて、状況はどうかなーって」
「それでしたら私もご一緒いたします」
「あ、私も行きます!」
「はい、よろしくお願いします! ……グレーゴルさんはどうしますか?」
「いや、俺は今日はいいかな。ルーチェの訓練もしたいから」
「ピィ!」
グレーゴルさんの言葉に、ルーチェもやる気満々のようだ。
「分かりました。
……えーっと、それじゃ警備メンバーの2人に声を掛けて行こうかな。
ルークとエミリアさんも抜けちゃうわけだし」
実は警備メンバーの人員不足は、ルークとエミリアさんに補ってもらっていた。
エミリアさんはルークの付き添いって感じなんだけど――つまり結局、今回もルークに頼りっ放しの状態なのだ。
「……そういえばアイナ殿。人手が足りないんだってな?」
「そうなんですよ。警備してくれる人を探しているんですけど、なかなか見つからなくて……」
「ふむ……。裏でいろいろと話は聞いているぞ。
神器の魔女の屋敷で働くためには、『魔女の試練』というものがある……ってな」
「は、はぁ!? それって一体――」
……と言い掛けて、私はすぐに心当たりを見つけた。
リリーの気配に耐えられるかを全員に試してもらっているんだけど、きっとそれのことを言っているのだろう。
一応、口止めはしていたんだけど、やっぱり漏れちゃうよね……。
私が少し微妙な気持ちでいると、そこにエミリアさんが思わぬ提案をぶち込んできた。
「それならグレーゴルさん! このお屋敷で、警備のお仕事をやってみませんか!?」
「え? ちょっと、エミリアさん!?」
私は反射的にツッコんでしまったが、しかしよくよく考えてみればそれも――
「……それもありだな!
アイナ殿と太いパイプができるのは俺にとっても良い話だし、警備の仕事ならポチとルーチェも適任だろう。
そんじょそこらの連中には負けないぞ!!」
「ほ、本当ですか?
そんじょそこらと言うか、この大陸でも上の方の強さですよね!?」
「はははっ、そうだと良いんだけどな。
まぁ実際のところ、アイナ殿にはかなり世話になったし――
……それに何だか、これからも長い付き合いになる気がするんだ。それならアイナ殿の傘下に入るというのも良いだろう?」
「えぇ……。傘下って……」
「クレントスに来てから、今まで知り合った人たちがアイナさんのところに集まってきましたからね!
何だか大所帯になってきて、私も嬉しいです♪」
そんなことを嬉しそうに言うエミリアさん。
……確かに逃亡生活のときからは信じられないほど、今は順調に人が集まってきている。
「ではもう少し考えて頂いて――もし良ければ、警備のお仕事をお願いしたいです。
お給金や条件は後ほど、ということで」
「そうだな、それじゃ警備の練習でもしながら考えておくとしよう。
ルーク殿とエミリア殿は、アイナ殿をしっかりお護りするんだぞ!」
「ははは、分かりました」
「了解でーす!」
グレーゴルさんの言葉に、二人も笑いながら返事をしていた。
……それにしても、元獣星のグレーゴルさんが警備に、かぁ……。
何だかめちゃくちゃ強力な人を採用できてしまうかもしれない。
グレーゴルさんなら、リリーの気配もきっと大丈夫だろうし……!!




