391.貴女を追い掛けて
「――ど、どうしたの……? えー……? みんな揃って……」
私は呆然としてしまった。
ポエールさんに案内された部屋で、数か月ぶりに見た懐かしい面々。
私が王都でお世話になっていた、5人のメイドさんたち――
「アイナ様ぁああっ!!」
「うわっと!?」
とりあえずキャスリーンさんが私の胸に飛び込んできた。
先日リリーにも飛び込まれたし、私の胸は飛び込みやすいのだろうか。
「お会いしたかったですううぅうっ!!」
「あー、よしよし……。ごめんね、突然いなくなっちゃって……。
――えぇっと、それで……どゆこと?」
私が説明を求めると、クラリスさんが答えてくれた。
「アイナ様、お久し振りです。
それとこの数か月、とても大変な思いをされたかと思います。噂はいろいろと伺っております」
「クラリスさん、お久し振り。
……本当にね、何だかいろいろあったんだけど……何とか無事だったよ。はぁ……」
「ふふふ♪
アイナ様が王都を出られてから、ほどなくしてお屋敷は王国に没収されてしまったんです。
その際、使用人は全員散り散りになってしまいました」
「うん、そこら辺はポエールさんから聞いているかな」
「そうでしたか。
私もメイドを辞めて、他の仕事をしようとしていたところに……あの、キャスリーンさんが私の部屋にやってきたんです」
「ふむ?」
「それで、一緒に旅に出よう、って誘われたんです」
「……はぁ?」
私は変な声を出しながらも、胸の中で泣き続けるキャスリーンさんを見た。
……頭しか見えないけど。
「私もアイナ様と同じ返事をしてしまいました。
最初は要領を得なかったのですが、キャスリーンさんはアイナ様以外の方には仕えるつもりが無いと……。
……メイドを続けるなら、どこまでも追い掛けたいと言ったんです」
「そ、それはありがとう……?」
「……はい。……ぐすっ」
「う~……、もう勝手にいなくならないから。
ね? そろそろ泣き止んで?」
「……は、はい。申し訳ございません……」
キャスリーンさんはようやく私から離れて、涙を拭いながらソファーに戻っていった。
「えっと、それでキャスリーンさんに付き合ってくれたの?」
「そうですね、私はメイドを辞めようとしていましたから。
ただ、クレントスまで来て――またアイナ様がメイドを募集していると聞いて、心が揺らいでいます」
「クラリスさんが来てくれたら、心強いんだけどなぁ……」
「そ、そうですか? それではまた、よろしくお願いします」
「えっ」
「えっ!? ……あ、違いましたか?」
思わぬスムーズな流れに、私の方が驚いてしまった。
そんな私の言葉を受けて、クラリスさんも一緒に驚いてしまっている。
「う、ううん!? 助かるのは本当なんだけど、あれ? メイドを辞めるって話は大丈夫なの?」
「アイナ様と久し振りにお話をして、私もキャスリーンさんと同じだってことに気付いたんです。
メイドを辞めたいのではなくて、アイナ様以外の方に仕える気が無かったんだなって……」
「あ、あはは……。何だか照れちゃうけど……。
それで、マーガレットさんとミュリエルさん、ルーシーさんは? また働き口を探している感じ?」
「はい! クレントスでも新しいお店を発掘するように頑張ります!
私も何だか、他のお屋敷だとやる気が出なくて……」
そう言うのはマーガレットさん。
……顔が広い人だから、王都には少なからず思い入れがあっただろうに。
「私、もっともっとお料理が上手くなりたいんです!
クレントスと言えば、魚が新鮮そうじゃないですか? アイナ様とクラリスさんの元で、また勉強させてください!」
そう言うのはミュリエルさん。
レアスキルのおかげでメシマズ状態なんだけど――新鮮な魚を使えば克服できるのかな。(いや、できない)
「……実は私、他のお屋敷で働き始めていたんです。
でもクラリスさんとキャスリーンさんに誘われて、3日で辞めてきました」
そう言うのはルーシーさん。
大人しそうに見えて、案外やりおる。
それにしても必ず雇われる確証も無いのに、こんな遠くの土地まで来てくれるなんて……。
ただ、数日前ならこのまま即採用ではあったけど、今はそうもいかないのだ。
「……みんな、ありがとう。本当に嬉しいよ、ありがとう。
でも、ちょっと今は条件があるの。ひとつだけクリアしてもらえれば、昔通り、また一緒に過ごしていきたい」
「条件、ですか……?」
クラリスさんが思いがけず、といった感じで聞いてきた。
私の性格から、条件が付くのは想像していなかったのだろう。
「ごめんね。でも今は、それが何よりも大切なことなの。
ちょっと待っててくれるかな?」
私は5人が頷くのを待ってから、一旦その部屋をあとにした。
再び雇用するための条件――それは、リリーを怖がらないでいてくれること。
ただそれだけ。怖がらないでいてくれれば、本当にそれだけで良かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リリーを連れて改めて部屋に戻ると、全員が驚いた顔をしていた。
突然見知らぬ女の子を連れてきたのだ。その意味を図りあぐねているのだろう。
「――お待たせ。この子は私が旅の途中で知り合った子なんだけど……」
「初めまして! リリーなの!」
リリーが元気に挨拶をすると、5人とも顔をほころばせた。
ちなみに今は、強い気配を完全に抑えてもらっている。
「わぁ、可愛い子ですね!」
「黒い髪に黒い瞳……。エキゾチックですねー」
キャスリーンさんとミュリエルさんが、リリーの顔を覗き込みながら嬉しそうに話した。
それを見ているだけで、私としても本当に嬉しい。
「ママー。この人たちは?」
「マ……っ!?」
「あ、アイナ様!? まさかこんなお子様が……!?」
マーガレットさんと、珍しく取り乱すルーシーさん。
ルーシーさんのこんな表情、初めて見たかもしれない……。
「も、もちろん産んだわけじゃないからね!?」
私の返事に、ルーシーさんは心底ほっとした表情を見せた。
……いや、えーっと? 逆に、それってどういうことだろう……。
そんな中、クラリスさんだけは冷静だった。
「アイナ様、この子が『条件』なのですか?」
「うん。……あのね、本当に無理はしないで良いから。ダメっていうのは、これに関しては普通だから。
実は昨日も、メイドさんが3人逃げちゃったんだ」
「え……? それは、一体……?」
「リリー。それじゃ、気配を抑えないでくれるかな?」
「うー……。分かったのー」
昨日の嫌な記憶を引きずっているのか、リリーは少し躊躇したあとに、気配を解放した。
私としてはもう慣れてしまった感じだけど、初めての人にとってはやはり厳しいはずだ。
「……ひっ? な、なるほど。これは……」
「これ、リリーちゃんの……力……?」
「ふお……」
「ひゃ、ひゃー……。何だか涼しい……」
「……凄い……ですね」
5人とも、それぞれ驚きながらリリーを見ている。
しかし恐怖のようなものは感じられなかった。
「――うん。リリー、ありがとう。もう大丈夫」
「分かったの!」
リリーは返事をすると、気配をすぐに抑えてくれた。
その場にいる全員が一息ついて、身体を小さく揺らしながら緊張をほぐしている。
「……この子は私にとって、大切な子なの。
身近にいてくれる人には怖がってもらいたくない。私のところでまた働いてくれるなら、この子とも毎日接することになると思うんだ。
だから……それでも構わないと言うのであれば、また働きにきてください」
「……リリーからもお願いなの! よろしくお願いしますの!」
私の言葉に、リリーも続いてくれた。
本当、何て可愛い子なんだろう。
「――アイナ様」
「はい!」
「……私は問題ありません」
クラリスさんが最初に涼しい顔で言い切った。
それに続いて――
「私も全然、大丈夫です!」
「これくらいじゃ私たちは諦めませんよ!」
「ふふふ、可愛い子ですしね♪」
「やっぱりアイナ様のところは、飽きませんね」
――他の四人も問題無い、と言ってくれた。
さすがにこれには、私も感謝の気持ちしか出てこない。
「ありがとう……。
……それじゃ、またよろしくお願いします!!」
「「「「「はい!!」」」」」
「なの!」
「リリーはそっち側じゃないでしょ!?」
「えーっ」
……やはり最後はリリーに持っていかれてしまった。
でも最後は明るい空気で終わることができたし、きっとこれも、リリーの力なのだろう。




