390.逃げる人、残る人
次の日の朝、私は食堂で朝食の準備をしていた。
メイドさんたちは全員逃げてしまったが、他の人たちは残ってくれていたからだ。
具体的には警備メンバーが2人と、ポエールさんの部下が1人。
リリーは飛ばないでいたけど、滲み出す気配はそのままにしておいてもらった。
どうせそのうちにバレるだろうし、逃げたら逃げたで、今日の朝食の準備が楽になるからね。
……しかし結局、驚きはしたものの、みんな逃げないでいてくれた。
「――お嬢ちゃん、すげぇなぁ……。さすが神器の魔女様の娘さんだ……」
「えへへ♪」
警備メンバーの一人、チェスターさんがリリーの何か(?)を褒めてくれた。
リリーは素直に喜んでいるけど、そのままだと変に誤解されそうな気がする……。
「あの、チェスターさん。リリーは私が産んだ子ではありませんからね……?」
「えーっ」
私の言葉に、リリーは不満がありそうだった。
いや……、えー? でも、うーん……。
「……で、でも! 私の子ではありますから!?」
「わーい♪」
「……神器の魔女様も、何やら大変ですねぇ……」
チェスターさんは手元のお茶を飲みながら、しみじみと言った。
彼は40歳を越えた熟練の戦士で、精悍な顔付きをしている。
いろいろな経験を積み、それなりの強さがあるからこそ、リリーの気配にもまったく動じていないのだろう。
警備メンバーの残りの一人は、チェスターさんの横でパンをもぐもぐと頬張っていた。
名前はノーマンさんと言って、20過ぎの、少し甘さの残る青年だ。どうやらチェスターさんの一番弟子らしい。
「チェスター師匠は子供が好きですからね!
俺だってこれくらいの殺気には負けませんよ!」
「おいっ!」
「はひっ!」
リリーの前で物騒な単語を出した途端、ノーマンさんはチェスターさんに叱られていた。
ノーマンさんには脇が甘いところもありそうだけど、チェスターさんと一緒ならバランスは良いのかな。
「……お二人はこれからどうしますか?
メイドさんは全員逃げてしまいましたし、自由にしてくださって構いませんよ?」
私がそう言うと、チェスターさんがすぐに返事をしてきた。
「いや、私たちはこのままお世話になろうと思います。
神器の魔女様のところで働けるなんて、一生の財産ですよ」
「俺も一緒に働きますんで、よろしくお願いします!!」
「あー、はい。……それで良いなら、私としても助かります。
チェスターさん、ノーマンさん、これからもよろしくお願いしますね」
「「はい!!」」
思いがけず、警備メンバーの二人は残ってくれることになった。
これはこれで嬉しいけど、それよりも嬉しいのは、リリーの気配を感じても逃げない人がいるということだった。
つまりこんな人たちばかりを集めた街なり国を作れば、私たちの将来は明るいものになるわけだ。
……まぁ、それが難しいんだろうけど。
「――それにしても、神器の魔女様のメシは美味いっすね!」
「アイナさんって、お料理にも錬金術を使うんですよね!
だからとっても美味しくなるんですよ~♪」
私の料理が褒められて気を良くしたのか、食事の準備を手伝ってくれたエミリアさんも嬉しそうだ。
引き続き談笑をしながら朝食をとっていると、ポエールさんの部下――クラークさんが食堂に入ってきた。
「おぉ、食事中でしたか!
アイナ様! ポエールさんと連絡を取りまして、10時過ぎに来て欲しいとのことでした!」
「調整、ありがとうございます。それでは後ほど伺いますね。
ところで朝食をとっているところですけど、クラークさんも食べます? よね?」
「一緒に食べるの!」
「は……はいっ!」
正直、クラークさんはリリーのことを怖がっているようだった。
しかし商人根性なのか、笑顔を絶やさないでいてくれるため、リリーは遠慮なく彼に話し掛けている。
……まぁ、普通はメイドさんたちみたいな反応になってしまうとは思うんだけどね。
警備メンバーと取引相手には恵まれたって感じかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クラークさんの用意してくれた馬車に乗って、私とルーク、エミリアさんとリリーの四人で移動する。
10時を過ぎるころには、東門近くにある一軒の大きな建物に案内された。
「……ここは?」
「はい、こちらがポエール商会の本部になります!
今はまだまだ小さいですが、これから大きくしていきますよ!」
「おー」
これからきっと、私はポエールさんたちにたくさんお世話になるだろう。
街なり国なりを作るのであれば、彼らにはいっぱい働いてもらわなければいけない。
……とは言え、今日の用件はそれではなくて、ひとまずメイドさんの件でやって来たのだ。
逃げてしまったメイドさんをあれこれ言うつもりは無いけど、最初の斡旋から時間も空いたことだし、他のメイドさんが見つかっていないか――というのが用件だ。
建物に入ると、先日お屋敷を訪れていた以上の人数が働いていた。
私からの仕事を当てにしてきたというのに、まさかこんなにも人員を割いてくれていたとは。
……ポエールさん、自分の『商人の感覚』に自信を持っているんだなぁ。
そういうところは私も見習わないと。
立派な部屋に通されて、待つこと数分。
ポエールさんが真面目な顔で登場した。
「おはようございます、アイナ様。
……この度の斡旋したメイドたちの粗相、誠に申し訳ございませんでした!」
「いえいえ、まぁ仕方が無いかと。
リリー、ちょっと気配を解放してくれる?」
「はーい!」
私の言葉に、リリーから突然強い気配が発せられた。
「お、おぉ……。これは……」
ポエールさんは驚きながらも、クラークさんと同様、怯むことは無かった。
ここら辺はさすがに名の知れた商人、ということか。
「普通の人がこの気配を浴びたら、まぁ仕方が無いかなと……。
ですので、逃げたメイドさんたちは特にそのままで大丈夫です。他の方を斡旋して頂けますか?」
「む、むぅ……。それならいっそ私が」
「いやいや、それは却下します」
「そ、そうですか。そうですよね」
ポエールさんもさすがに平常心ではいられなかったのか、変なボケを入れてきた。
しかし早々に断って事無きを得る。
「ふーむ、それにしても……うぅーん、どうしたものか……。
いや、ここは何としてでも解決はさせて頂きますが!」
「……心当たり、まだ無いですかね……?」
「いえ、無くは無いのですが、いやー……。
私としても、少しシナリオ外の紹介となってしまうのですが……」
「え? あるんですか?」
メイドさんは、リリーを怖がらないでくれる、それなりの人ならもう誰でも良い。
そもそも私はお屋敷のことにはあまりうるさくはない方だし、真面目に働きさえしてくれれば問題無いのだ。
「……仕方ありますまい。
アイナ様だけ、少し別室に来て頂けますか?」
「あ、はい」
「リリーも行く~!」
「リリーはお姉ちゃんと遊んでてね~」
「えーっ」
「あはは。エミリアさん、よろしくお願いしますね」
「はい、任されました! ほら、リリーちゃん! こちょこちょ~♪」
「うわ~んっ! ママ~っ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
廊下をポエールさんと一緒に歩いていく。
部屋数も多く、今後の規模拡大をかなり視野に入れているようだ。
「――そのうち、ポエールさんにサプライズのお知らせができると思いますよ」
「おぉ、本当ですか! その言葉を待っておりました!
ならば今日は、私からのサプライズをお楽しみください!」
「え?」
「……ただまぁ、これはメイドの斡旋とは別物ですので、そこはご容赦を……」
「あはは。強気なのか弱気なのか、分かりませんね」
「メイドの件が無ければ、とても強気に出れたんですが……。はぁ……」
私の言葉に、ポエールさんは少し落ち込んでしまった。
「まぁまぁ。ポエールさんの失点だとはまるで思っていませんので!
だからまたお世話になろうと思ったんですし!」
「そう言って頂けると私も救われます……。
――ささ、お待たせしました。こちらの部屋になります!」
「誰かいるんですか?」
「ふふっ」
ポエールさんは怪しげに笑うと、扉をノックしてから思い切り開けた。
そこには――
「「「「「アイナ様っ!!」」」」」
「……へ?」
――思い掛けない、私の来客が待っていたのだった。




