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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
第8章 魔女に集いて
386/911

386.疫病の迷宮①

「――行きますッ!!」


「ルークさん、支援を!!」


 目の前の巨大な影に、隙なんていうものがあるかは分からない。

 意思も無く、ただ揺らめいているようにすら見える。


 しかしルークはどこかでタイミングを計り、神剣アゼルラディアを抜いて、猛然と巨大な影に斬り掛かっていった。


 実際のところ『あれ』は影のようには見えるが、きっと影では無いだろう。

 おそらくは疫病の力が集まって形を成している、不定形の存在だ。



「はぁああああああっ!!」


 ルークは高く飛び上がり、鋭い刃で影を斬り裂いた。

 影の右腕が千切れ飛ぶと、そのまま宙に霧散するように消えていく。


「効いた? ……でも、不定形ってことなら――」


 私の嫌な予感は早々に当たり、右腕はすぐに元通り復活してしまった。

 その光景に、エミリアさんも思わず不満を漏らす。


「えぇー……。これ、どうすれば良いんですか!?」


「こういうタイプって、中心核みたいなものがありそうですよね。

 でも迷宮から生えている感じだから、もしかして迷宮内にあったり……?」


「なるほど! でもあの影? ……が邪魔して、中には入れませんね」


 『影』とは言ってもそれは見た目の話で、実際には物理的な堅さもあるようだった。

 ルークは神剣アゼルラディアでスパスパと斬ってはいるものの、合間合間ではしっかり攻撃を受けている。

 たまに吹き飛ばされたりもしているし、さすがに『実は霧みたいに捉えどころが無いんです』とは言えないだろう。


 ――そんな物質的なものが迷宮の入口から隙間なく出ているわけだから、つまりこれをどかさない限りは中に入れないのだ。



 話の合間にもルークは攻撃を続け、エミリアさんも光の魔法で攻撃を仕掛けている。

 もっと大きな攻撃で――例えば一気に光で包み込むとかすれば、もしかしたら倒せるかもしれない……?


 ……うぅーん、下手な妄想を含めたとしても、それ以外には上手い方法が見つからないなぁ……。


「アイナさん、ダメみたいです……!」


 しばらく魔法で攻撃したあと、エミリアさんが弱気に言ってきた。

 魔法を使うのもタダでは無い。魔力という対価が必要であり、無制限に使えるものでは無いのだ。


「ルークはどう!?」


「攻防は成り立つのですが、回復が早すぎます!」


 ――見た通りの展開だった。

 どこかを斬り飛ばしたところで、次の攻撃に入る頃には斬り飛ばしたところがすでに回復してしまっている。


 頑張れば倒せるということも無い。このままでは体力だけを削られていってしまうだろう。

 神剣アゼルラディアには体力回復の効果もあるけど、決め手に欠けるということが何よりの問題だ。


 ……これ、ゲームで言うと、いわゆる『負けイベント』ってやつだよね。


 しかしこれは現実だ。

 本当に勝てないのか、もしかして他の解決策があるのか――



「……戦って勝てないなら、話して何とかならないかな……」


「「え?」」


 私の言葉に、ルークとエミリアさんは驚きの声を上げた。

 敵は聞く耳を持たなさそうな魔物だが、『疫病の迷宮』から生まれた存在なのだ。

 そして『疫病の迷宮』は私が創った存在――


 ……つまり、もしかしたら私の言うことを聞いてくれるかもしれない?

 迷宮自体はある程度、制御をできていたわけだし。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――静まりなさい!

 私は『疫病の迷宮』の主、アイナ・バートランド・クリスティア!! この名のもと、私たちを迎え入れなさい!!」



 ……なんちゃって!!


 大層な啖呵を切ってから、頭の中で何かを誤魔化す。

 やっぱりこういう台詞、なかなか照れちゃうよね。冷静になると、やっぱり恥ずかしいし!


「――……ヴァア……、ヴァアアア……?」


「……おや?」


「影が……小さくなっていく……」


 私の啖呵を受けて、影はみるみる内に小さくなっていってしまった。

 そして最後には、迷宮の入口に吸い込まれるように消えていった。


「……アイナさん、すごーいっ!! 本当に何とかなっちゃいましたよ!?」


「あ、あれー……? 本当ですねー……」


「さすがアイナ様です。まさかこのような深淵クラスの迷宮の魔物まで従えてしまうとは……!」


「え? う、うーん……?

 ところでさ、『深淵クラス』ってどういう意味なの?」


「はい、この世界には20程度のダンジョンがあるのですが、難易度によって格が付く場合があるのです。

 深淵クラスが最高難易度でして、『入ることすら難しい』『周辺環境に大きな影響を持つ』などといったものが該当します」


「ふむふむ……。今回なら、近寄るだけで疫病になっちゃうわけだからね……。

 私もガルーナ村で経験はあるけど、疫病は冗談じゃ済まないし……」


「おかげで、何とか中には入れそうですね!

 『循環の迷宮』や『神託の迷宮』とは違って、本当に穴って感じですけど」


 エミリアさんが影のいなくなった穴を眺めて言った。

 確かに、迷宮の入口というよりも、洞窟の入口って感じなんだよなぁ。


「……しかし疫病は何とかなるとはいえ、内部はどうなっていることか……。

 アイナ様は把握されているのですか?」


「ううん、さっぱり。

 でも、私は中に進まなければいけない気がするんだ」


 私としても、この『疫病の迷宮』の『動き』は想定外だった。

 創ったとき、数時間後には完全に入口を閉ざすように設定していたのだから。


 ……そしてそれ以外にも、どこか気になることがあるような気がしていた。



「ここまで来たんです。アイナさんがそう言うのなら、中に入ってみましょう。

 ね、ルークさん!」


「そうですね……。正直不安ではありますが、他の誰が来たところでこの不安は拭えないでしょう。

 ならば、この三人で入ってみるのも良いかもしれません」


「あと連れて行けるとしたら、ジェラードさんくらいだもんね。

 ……こういうときには大体いないけど」


「あはは……。でも今は仕方ありませんよ。人魚伝説を調べてくれているんですから!」


 ……人魚伝説。


「それって何かに必要なんですかね……。

 最終的に必要無ければ、それならこっちを手伝って欲しいというか……」


「それも、今さらかと」


「あはは、確かに。

 それじゃ、中に入ってみるとしますか」


「「はい!」」


 私たちは不安や恐れを抱きながらも、『疫病の迷宮』へと足を踏み入れた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 迷宮の中は『循環の迷宮』と同じような広さのようだった。

 しかしかなり印象が違う。まず、壁がすべて漆黒色なのだ。


 光が届かない中、それでも視界が遮られないのは、迷宮独特の不思議な光が放たれているからだろう。

 壁が真っ黒なだけあって、私たちがぼんやりと浮かび上がって見えるのが不思議な感じだけど――いや、これは光竜王様と会ったときと大体同じか。


「さて、ひとまず入ってみたものの……どうしようか」


 分かりやすい敵もおらず、目の前の空間はひたすら広がっている。

 そもそもこのまま最後まで進められるのだろうか。


 『循環の迷宮』だって、1日に進められるのは2階程度だった。

 どこまで伸びているか分からない迷宮にあって、ろくな準備もできていない今の現状を踏まえると――


「……現実的に、あまり奥までは進めなさそうですね……。

 目標や時間を決めて、ある程度のところまでにしますか?」


「そうだねぇ……」


 それしかないか。

 こういうときだからこそ、冷静に判断しなければいけないのだ。



「ところでアイナさん、この迷宮、何だかおかしくないですか?」


「え? 何がですか?」


 エミリアさんがおもむろに、疑問を投げ掛けてきた。


「さっきまでもそうですし、この迷宮が生まれたときもそうだったんですけど――

 中から大量の黒い煙みたいのが出ていましたよね? ……ということは、迷宮の中にも充満していると思ったんですけど……」


 ……言われてみれば、迷宮の中の空気は普通のようだった。

 こんな普通の空気から、外に向かって煙を噴き出していたというのもおかしな話だ。


「……確かに? 中に無いものが、外に出るはずもありませんし……」


「もしかすると、アイナさんを歓迎してくれて、煙を引っ込めてくれたのかも?」


 エミリアさんの言葉が聞こえた次の瞬間、私の周囲がぐにゃりと曲がる様な錯覚に陥った。

 ……いや、これは錯覚じゃないて、実際のこと!?


「ッ!! 地面が崩れて……!!」



 床が崩れるというよりは、砂が崩されていく。そんな感じで――

 ……私たちは悠長に感想を述べる間もなく、下へ下へと落とされていった。

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