385.暗闇から出でし
私たちは派遣団と別れて、三人で問題の場所を訪れることにした。
さすがに最初は大反対されたものの、『問題の場所』は恐らく『疫病の迷宮』になるため、そこは無理を押し通させて頂いた。
一体何が待ち受けているのかは分からない。
しかし私たちに不都合なことが起きたとしても、私たち三人だけであれば、情報操作も簡単に行うことができるのだ。
……『疫病の迷宮』を創ったのは私だけど、そのことはあまり世間には知られたくない。
何しろ、その存在自体が人間を滅ぼすようなものなのだから――
「――何か、嫌な雰囲気……」
馬車を一日走らせて、目的地に近付いていくと、何とも嫌な空気が身体に纏わりついてきた。
私の記憶によれば、『疫病の迷宮』を創った場所はもっと南のはずだ。
ここからで言えば、山をもうひとつ越えたくらいのはずなんだけど――
……私たちが今いるのは緑が少なく、岩肌と荒れ地が混在したような場所。
今日の天気は曇りで、何となく『疫病の迷宮』を創った日を思い出させてくれる。
「アイナさん、あそこ!」
突然のエミリアさんの声に反応してみれば、ずっと先の道端に人影が見えた。
どうやら地面に倒れているようだけど――
「ルーク、あそこまで行って!」
「はい、かしこまりました!」
馬車は進路を少し変えて、倒れている人影の場所へと急いで向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――死んでる……」
地面に倒れている人影は、すでに事切れた冒険者だった。
一人がもう一人を背負って、そのまま力尽きたかのように死体は折り重なっていた。
遠くを眺めてみれば、ここから遠くの地面に人影がまた見えている。
……あれもきっと、もう亡くなってしまった人間だろう。
「この人たち、どうしたんでしょう……?」
エミリアさんは祈りを捧げたあと、小さく呟いた。
「何かから逃げていた……? そもそも死因は――」
……そう思いながら遺体を鑑定してみると、案の定と言った感じで疫病の痕跡を見つけた。
その結果を知った私の表情を察して、ルークとエミリアさんも死因を把握する。
「私たち、このまま向かっても大丈夫でしょうか……?」
「うーん……。でも、放っておくわけにもいきませんし……。
せめて原因だけでも調べていきましょう。以前作った疫病無効の薬は、また新しく作っておきましたから」
「あれ? 素材にはガルルン茸が必要なんですよね? 無くなってませんでしたっけ?」
「時間がそれなりにあったので、私も少し育てておいたんです。
『疫病の迷宮』の様子は、手が空いたら見に行こうと思っていましたし」
「なるほど、あの薬があればひとまずは安心ですね。
……あれのおかげで、私たちは生き延びることができたんですから」
それはまさに、ガルルンの加護。
私たちを救ってくれたのは、そう言えばガルルンだったのかもしれない。
「ひとまずここら辺にも疫病が来てるかもしれませんし、早目に飲んでおきましょう」
そう言いながらアイテムボックスからポーション瓶を取り出し、三人でそれぞれ一気に飲み干す。
……とりあえずこれで安心かな。
「アイナさん、やっぱりガルルン茸は人類のためにたくさん育てないと!
やっぱりこれ、凄いキノコですから」
「そうですね。でも私、変に有名になっちゃったから――ガルーナ村の人たち、これからも手伝ってくれるかなぁ……」
「大丈夫です! アイナさんのことはしっかり受け入れてくれますよ!
今度一緒に遊びに行きましょうね!」
「……あはは、ありがとうございます」
私はひとまずクレントスでは受け入れてもらいはしたものの、それ以外の場所ではやはり不安がある。
人間、いざとなればどうなるかは分からない。今までが好意的であっても、何がきっかけで逆転してしまうかなんて分からない。
……そのことを、残念ながら私は学んでしまったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
岩肌の上を駆け続け、岩場の合間を走り抜け、私たちはどんどん進んだ。
道すがら、かなりの量の死体がそこかしこに転がっていた。
「……私が倒そうとした兵士では無いようだけど……。
みんな、冒険者? 一体こんなところで何を……?」
「おそらくは『世界の声』を聞いて、来たのでしょう」
「え? ……ああ、そういえば場所も、大雑把だけど聞こえてきてたっけ?
でも、何で――」
「それはもちろん『迷宮』だからです。
迷宮には危険もありますが、それに見合うだけの宝が眠っているものですから」
「なるほど、いわゆる好奇心ってやつだね……。
でも、『疫病の迷宮』だよ? 『疫病』だなんて、聞く限りではどう考えてもやばい気がするけど……」
私の知っている迷宮――『循環の迷宮』も『神託の迷宮』も、名前自体は穏やかなものだ。
それに引き換え『疫病の迷宮』なんて、イメージだけでも厄介なことこの上無い。
名前からして、好奇心が刺激されるのは分かるけど……。
「――ッ!!
アイナ様、エミリアさん! 向こうに何か……います!! ご注意を!!」
引き続き馬車を走らせていると、ルークが大声で伝えてきた。
辺りには生きている人間はいない。そんな場所に、いる何か。
薄暗く不気味な空の下、肌に感じる不穏の中で――
……それは、地平線の向こうから徐々に姿を現してきた。
「――何、あれ……」
それは大きな煙のような、影のような。
大地から空に向かって生えるように揺らめく、人間の形をした黒く不気味な謎の影。
そこまで大きくは無いとは言え、5メートルは優にある――……って、それでも十分大きいか。
「――……ヴァァアアアア……、ヴァアアアア……」
近くに寄るほどに、人型の影からは声のような音が聞こえてくる。
地面を震わせ、大きく揺らす声。聞いているだけでも身の毛がよだってしまう。
なおも近付いていくと、人型の影が生えている場所がようやく見えてきた。
その人型の影には足は無いものの、どうやら地面に空いた穴から出てきているようだ。
「……あの穴って、まさか――」
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【疫病の迷宮<深淵>】
第七神の加護を受けて創り出された深淵クラスの迷宮。
膨大な疫病に満たされ、生命の侵入を絶望的に拒絶する
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「――うぇっ!?」
思わず鑑定して、その結果に我ながら驚く。
『第七神』だの『深淵クラス』だの、何が何だか――
「――……ドォオオオオオ……、グォオオオオオ……?」
私が焦っている間にも、その人型の影は大きな声を上げている。
……正直、怖い。いろいろな経験を乗り越えてはきたものの、やはり怖いときは怖いのだ。
「アイナ様……、退却しますか?」
「……ううん、少し戦ってみよう。
こんなのが街の方に行ったら、きっと相手をできる人なんていない……。
見た感じは闇っぽいから、アゼルラディアでどうにかならないかな?」
「そうですね。効けばそのまま倒せば良いですし、もしもダメなら、そのときはまた考えましょう」
「光の力なら、私もお役に立てますので!!」
ルークの言葉に、エミリアさんも続いた。
そして馬車を止め、三人で外に出る。
人型の影との距離はまだ離れているとは言え、少し近寄れば戦闘圏内に入る距離だ。
「――……ヴァァアアアア……、ヴァアアアア……ッ!!」
よくよく見ると、当然のことながらその人型の影には目が無いようだった。
しかし何故か、向き合っているうちに目が合ったような錯覚を覚えた。
……何だろう、この感覚。
何だか分からないけど、その途端、私の目からは涙が溢れ出てしまった。




